第二話「吸血鬼、中学生と邂逅する」
ちひろにこってりと叱られてしまったロベルトは、安易に中学生へ声を掛けることができなくなっていた。
まぁ、彼としても想像に任せてあれやこれやと語ってはみたが、現実的ではないし――何よりも運命的でないと感じていた。
何より不審者の道を自ら歩むわけにはいかない。
そう。ロベルトは運命的な出会いというものを大事にする。屋敷の住人が誰でもいいというわけではないし、それなりに巡り合いの物語が欲しいとも思うのだった。
というわけでロベルトは外出する意味を失い、学校へ向うちひろを見送ってからは自室でパソコンに向かって趣味となったネットサーフィンに勤しむ。
ちなみに部屋はちひろにもきちんと個室を与えており、ロベルトはこれから入居してくるであろう家族全員に一つずつ部屋を与えるつもりでいた。
まぁ当然といえば当然ではあるのだが、それだけの人数を迎え入れられる屋敷の規模が若干、異常とも言えた。
ちなみにロベルトのネットサーフィンで得た知識はことごとくちひろに訂正されるのであまり意味はない。訂正してきちんとした意味で把握できるのならば、ある意味で調べてくる甲斐のようなものはあるかもしれないが。
そんなネットサーフィンによってちひろのメイド服も探し出されていたりする。最近のメイド服というと、アニメ文化の発展により日本におけるそのイメージはコスプレ方向に傾倒しつつある。
しかし、ロベルトは本物のメイドを知ってる。それゆえにネット上から納得いくものを探し出して自分の記憶と符合する「あの頃のような」メイド服を手に入れることに成功した。
いつの時代も本物というのはきちんと存在している。
そういうことかも知れなかった。
まぁ、そんなわけでロベルトの屋敷に移り住んでからの日常というのは寧ろ、それまでの日々よりも色褪せたものであるかも知れなかった。
パソコンでネットにひたすら入り浸り、それに飽きてくれば買い漁った漫画や小説を読む。だが、睡眠を必要としない吸血鬼にとって二十四時間、自分を飽きさせない環境があるというのは幸せだった。最高だった。
それはもう、生きてきた中で今が一番幸せだと感じ、過去に暮らしていた家族に慌てて心の中で謝ってしまうほど。
ロベルトはインドアな楽しみで満たされていた。
とはいえ、彼は外出することが嫌いではない。
そして急遽予定は変更。奇しくもそんなインドア趣味であるネットサーフィンによって彼は出かけるべき用事を与えられてしまった。
それは――お気に入りの吸血鬼もの小説の新刊発売日である。
○
屋敷の門を通り抜け、さて本屋に行こうかとロベルトが歩み始めるタイミングで、道を挟んで向かい側に住んでいる住人が扉を開けて現れ、目が合う。
実はロベルトと向いの住人、すでに面識があり顔合わせれば挨拶をする程度の仲にはなっていた。
確か夫婦で暮らしていて、年代からしてそこまで大きくない子供もいそうな家庭。ちひろも見かければ挨拶するくらいには見知っているようだった。
挨拶を交わし、ロベルトは最寄りの書店へと歩き始める。
ちなみにロベルトの服装は黒を基調としたゴシックな感じのものではある。来日するまえに仕立てたマントはちひろに止めるように言われて封印することとなってしまったので、ゆったりとしたコートで代用している。
さて、今日ロベルトが買いに行く小説はネットで検索した情報によれば、アニメグッズを専門に扱ったお店で購入することで特典としてイラストレーター描き下ろしのポストカードが付属している。
すっかりと日本文化にはまったロベルトはこういったグッズに対する収集欲もたくましく育っており、できれば手に入れておきたかった。
しかし、屋敷があるこの住宅街からは電車を使わないとアニメグッズのお店がある電気街まではいけない。
ロベルトはまだ電車のシステム、路線図だったり券売機にいくら払えばいいのか……その辺の仕組みを把握していないので行動範囲が広くないのだ。
ちひろに電車の乗り方を教えて欲しいとロベルトは頼んでいるが生憎、彼が興味のあるお店に彼女が一切の興味を示さないので、利害は一致しない。
(……そういう意味では趣味を理解し合えるような同志が家族に一人は欲しいような気もするなぁ)
駅まで行って電車の仕組みを知る勉強がてら、挑戦してみてもいいとロベルトは思った。駅員に聞けば手順をきちんと教えてくれるはず。そう思いながらも、時間を考えてロベルトはそうしなかった。
もう昼下がりである。
ロベルトは何となく漫画や小説で日本の学校が終わる時間帯を把握していたので、あまり外でウロウロしていたくはないと思っていた。
なるべくなら彼女が帰宅するのを出迎えてあげたい。
帰ってきて誰もいないのは何か嫌だ――と、思うから。
というわけで今回は限定特典は諦め、最寄りの本屋で購入することに。
徒歩で十分もしない距離にある本屋へと入るロベルト。そしてライトノベルの最新刊を陳列したコーナーへ向かうと、ロベルトお目当ての本が大量に平積みされている。
(おお……流石は正体不明の大人気作家、マサキ先生の新刊だなぁ。これだけの量を仕入れ、それでも売り切れるだろうという書店側の信頼を感じる)
純粋なファン心理として、好きな作品が世間から評価されているという事実が嬉しいという気持ちはやはりロベルトの中にもあるのか、頬が緩んでしまう。
……まぁ、そのような表情で店内に佇んでいるのも、それはそれでちひろに指摘された不審者として数えられるかも知れない。
そのように思い、ロベルトがお目当ての最新刊に手を伸ばした時だった。
同じように隣から手を伸ばした誰かと、ロベルトの手が空中で触れ合い――刹那、お互いは反射的に手を引っ込め、申し訳なさと少しの羞恥を携えて両者は視線を結ぶ。
相手はロベルトよりも少し背が低い、男子用と思われる制服を身に纏った少女だった。……いや、ただ単に可愛らしい顔をしているだけの少年かもだった。
ロベルトは瞬時に頭を回転させ、自分の知識に符合するその存在が「実在はする」ことを確認して目を丸くし――興奮した。
(知っている……日本には愛らしく女性と見まごうような少年がごく少数だけれど存在していると。その名を確か――男の娘!)
一方、少年である。
自分より少し体の大きな……それも金髪の外国人。そして、真っ黒な衣装を身に纏った得体の知れない人物と手が触れ合い、どこか気まずい空気が形成されてしまったこと。それに気が気ではなかったのだ。
少年としては長く、女の子でいえばショートカットに相当するような髪。睫毛にギリギリで触れていないくらいに垂れ流した前髪の向こう、奇異な外国人と対峙して困惑する瞳が揺れる。
しかし、ロベルトはそんな彼の瞳を見つめながら、先ほどの幻獣でも見つけたかのような興奮を――どちらかといえば自分が幻獣に近いにも関わらず抱いていた未知との遭遇はすでに払拭して、ひたすらなトキメキを感じていた。
(そうだ、思い出した……! 同じ本へ同時に手を伸ばし、互いにそれを引っ込めて見つめ合う……それは運命的な邂逅、そして物語の始まり! 丁度、背丈は中学生くらいだろうし、趣味もどう考えたって合う! いいね、実に運命的だね!)
そのように勝手に感動して少年の瞳を見つめ、ひたすらに――ただひたすらに自分が享受した運命の素晴らしさでニヤニヤと笑みを浮かべているロベルトは、誰がどう見ても不審者だった。
○
「へ、へぇ……じゃあ、ロロさんもマサキ先生の大ファンなんですね!」
そのようにどこか遠慮がちなボリュームで確たる少年。あと一歩のところで外国人がトラウマになるところだった彼――高嶺一樹の心の壁を何とか取り除きつつあったロベルト。
それは簡単なことで、同じく好きな作者の新刊へ手を伸ばしていたのだから、そこから話を発展させていけばいいだけのこと。
彼に早速、愛称で呼ぶことを許可し、話の流れで一樹が偶然にも中学二年生であることも判明。
そのような会話を交え、互いに同じ趣味であることを知ったロベルトと一樹はとりあえず新刊を購入してから書店を出て、何となく歩き始めていた。
一樹の歩む方向に合わせているつもりだったロベルトであったが、今の所は偶然にも帰路を辿っているようなので好都合だった。
「そうなんだよ! マサキ先生の作品を読んで日本へやってきたといってもいいくらいだからね! 特にこの先生は吸血鬼の心理を細かく描いてて……そこがいいんだよねぇ」
「あ、分かります! 永遠を生きるからこそ生じている人間とのすれ違いっていうか。そういう細かい心の動きみたいなの、マサキ先生は本当に上手ですよね!」
お互いが熱のこもった弁舌。食い入るような語り口調はロベルトだけでなく、一樹にも共通しており彼も語れる相手を暗に欲していたことが推測できた。
「うんうん、分かるよ。マサキ先生、実は本物の吸血鬼なんじゃないかって思うくらいによく出来てるなって感動してるよ」
「何かそれありそうですよねー。リアリティが凄いですもん。……いいなぁ、吸血鬼かぁ。本当にいたら会ってみたいですよ」
先ほどの熱弁とは一転して、一樹が何故か溜め息交じりに語った言葉。落ち込んだ時に出てくるような言葉、それは彼の語った言葉通りに推測するなら--吸血鬼が存在しない現実への失望?
無論、それをロベルトは聞き逃さなかった。
「そうだ。一樹、君に一つとっておきの事実を教えてあげよう」
「え、何ですか?」
「実は僕ね、本物の吸血鬼なんだよ」
あっけらかんと告白したロベルトに対し、苦笑を漏らす一樹。
「はは。だからそんな恰好してるんですね。どこかマサキ先生の作品に出てきそうな衣装ですもんね。外国人の人ってノリがいいんですねー。なりきるってのも楽しそうで、何か良いですね。そういうの」
軽くあしらわれ、ロベルトが好かない面白外国人扱いさえされる結果に。とはいえ、あの程度の告白では幼稚園児を信じさせられるかも怪しいのはロベルトも分かっていた。
彼なら、吸血鬼であることをすんなり受け入れてくれるだろう。
そのような楽観的な認識はロベルトの気分が高揚した時に出る悪い癖ではあるが、確かに今回は勝算があるように思えた。
「それがなりきりでもないんだよねー」
そう言って口を人差し指で左右に引っ張り、吸血鬼の牙を見せつけるロベルト。
それを黙視した瞬間、一樹は目を丸くして硬直する。
吸血鬼の牙は人間にとって自分を捕食するための器官。
端的に言って凶器である。
銃口を向けられれば弾が入っていないと言われても怖くなるような心境に似て、本能的に訴えるものがそこには強烈に存在している。
それはちひろが最初は畏怖として受け止めたのと同じ。しかし内心では怖がっても表に出さないことができる程度の威圧といえば、そうなのである。
だが、ちひろよりも--いや、同級生と比べても実はそういった精神的衝撃に弱い一樹に見せつければ、
「ちょっと、一樹!」
過度な情報量によって脳が処理落ちを起こしたかのようにダウン。一樹はその場にふらふらと力なく倒れてしまったのだった。
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