第二話「吸血鬼、エゴサーチする」

 拾ったスマートフォンを屋敷に持ち帰ったロベルト。


 発光する板としか認識していない段階では彼のなかでスマートフォンは「足元を照らすには便利かも知れない」というレベルだった。


 しかしその発光は永続ではなく、拾ってから一分と経たない内にその輝きは失われてしまった。


 全く原理を理解していないロベルトは困惑する。


 それでもスマートフォンの側面には突起があり、それが操作に関係するボタンであることをロベルトは感覚的に把握していた。


(現代人はこんなものを明かりとして使用している……はずはないだろう。だとしたら発光の持続時間が短すぎる。なら他の用途があるのか?)


 ロベルトの中でスマートフォンの認識がどんどんと不明瞭になっていく。


 ボタンを触っていると再び発光を始めたため、体をびくりとさせるロベルト。


 とりあえず再び操作が可能になったことを把握しつつ、画面を見つめながら屋敷を歩む。私室のある二階へと足を運ぶ……つもりだったのだが、あまりにも集中力をスマートフォンに奪われていたため階段で躓いて転んでしまう。


 体を真正面から段差に叩き付けられ、人間と同じく存在している痛覚に顔を歪めるロベルト。


 例えばここで人間なら打ち所が悪くて骨にヒビが入る、なんてことがあるかも知れないが、吸血鬼はそういった部分における再生能力が特徴といってもいい。


 仮に銃弾で撃ち抜かれても死にはしないのでこの程度の痛み、訳はないのである。

 訳はないのだが……、


「……ま、まさか自宅で転ぶなんてね。情けないにもほどがあるよ」


 こういった羞恥は他人の目がなくとも感じる。

 そこは人間と同じなのかも知れない。


(本当に明かりとして足元を照らせば転ばなかったと思うと、何だか皮肉だな……)


 奇しくもロベルトは現代で問題視される「歩きスマホ」に伴う危険性を把握することになり、スマートフォンの操作はとりあえず一旦保留として足早に私室へ戻ることとした。


 ロッキングチェアに腰を降ろし、ゆらゆらと揺られながらスマートフォンの操作を行う。暇を持て余した若者がスマホで暇を潰している図、と言われれば納得できなくもない光景ではあった。


 しかし彼は一般的とはかけ離れたスマートフォンの持ち方をしているため、やはりあくまでも世間から隔絶された吸血鬼なのだという感じでもある。


「指先の指示に反応して示す内容を変えるのか……どんな技術で出来ているのかさっぱりだなぁ」


 今更言うまでもないが、ロベルトは世間知らずである。


 しかし、吸血鬼となった時点で世間への認識が完全に更新を止めたのかと言われれば、流石にそんなことはない。


 あまり人間と関わらないようにしているロベルト。本当は絡みたくて仕方ない本心を隠しながら夜、人間が暮らす街を歩くことは稀にあるのだ。


 暇潰しとなる本を購入するためであったり、普段見ない景色を目の当たりにすることでの気分転換という意味合いだったりもする。


 その町は明らかに田舎であるが、それでも時を同じくする現代である。そのため、長い時を世間知らずで生きているとはいえ電気を知らなかったり、機械を魔法呼ばわりするほどではないのだ。


 とはいえ、こういった人間の持ちものたるスマートフォンには知識がなく、やはり現代の文化には理解が及んでいない部分の方が圧倒的に多い。


 先ほど語った本も、買いはするが結局、自分の知識と作中の常識が大きく乖離しているために、飽きて読むのを止めてしまう。


 そんなわけで彼からすれば想像の遥か上に存在する文明の結晶たるスマートフォン。それを、好奇心は強い方であるため、普段発揮できない分を放出するかのようにロベルトは夢中で操作する。


 彼は生きてきた年月も手伝って、頭はそこそこキレる方である。人生経験の差、とでも言えばいいのだろうか……少なくとも、人間一人が一生で溜めこめる知識量は遥かに超えているため、それに裏打ちされた思考能力は存在しているのだ。


 よって、試行錯誤する楽しさから始まれば、あっという間にスマートフォンの本質だって看破してしまうのである。


 このように――、


「なるほど。書籍とはアプローチが逆だけれど、何らかの情報を記したものであることは間違いないみたいだね。書籍は欲しい情報に対して一冊を選ぶけれど、これは欲しい情報に対して中身が切り替わる。すごいなぁ……もう本買わなくていいじゃないか」


 切り口はやはり世間知らず的ではあるが、何となく本質を突いてしまう。そして、ついでのように紙の書籍が売れない現状も当ててしまうのである。


 そこからのロベルトは面白くなってきたのか、玩具を与えられた子供のようにスマートフォンの操作に夢中になっていた。目を輝かせて齧りつくように、食い入るように画面をのぞき込んで自分の知識欲をひたすらに貪る。


 やがて、いじり回す中でネット世界における巨大コンテンツ――SNSサイトにも辿り着く。人々がそのサイトに住所を持っているかのように存在し、交流していることも知る。


「へぇ……これ、僕でも人間と会話が出来そうだなぁ。っていうか、こんなのあったら外でわざわざ誰かと会ったりする意味が失われるんじゃないか? そうでなくてもこうやって色々と調べ物ができる時点で外出の意義がなくなりそうなのに……。そう考えるとあんまりこういうのはよくないなぁ」


 最早ロベルトが聡いというよりも、ネットとは自ずと抱えている闇を開示してくるものなのではないか、という気もするが……とにかく彼はあっさりとスマートフォンに順応したようだった。

 

 そして、慣れたからこそ、余裕が生まれ――彼は思いつく。


「……そういえばこれ、吸血鬼って検索したらどうなるんだろう」


 歩きスマホに始まり、アナログ書籍の衰退に引きこもり加速の指摘まで行ったロベルトはとうとう「エゴサーチ」へと踏み込んでいくのだった。


        ○


 彼の何となく行ったエゴサーチ。それはロベルトのこれからの生き方を一変させ、そして決めてしまうほどの影響力を持っていた。


 ロベルトがスマートフォンを拾ってから一か月の時が流れた。他人から端末のみを拝借したために、彼の拾ったスマートフォンはすでに充電を切らして使用は不可能になっていた。


 もっともそのことを彼は検索によって把握していたため、画面右上の電池マークの意味は知っていたようである。残量に気をつけながら、悔いのないよう情報を引き出しきった。


 そして、その情報を頼りに彼が動いた結果は今日という日に結びつくのである。


 時は一か月前、スマートフォンを拾った日に遡る。


 吸血鬼というワードのエゴサーチ。


 検索結果は、空想上の吸血鬼を紹介するページに続いてヒットしたのは、人々が思い思いに作り上げた創作の数々。


 吸血鬼を題材にした小説の販売ページであったり、もっと深くまで検索を進めていけばイラストや個人サイトで公開されている物語まで……そのどれもがロベルトを興奮させた。


 今までに感じたことのないような高揚。血液が沸騰しているような気分の高まりを感じつつ、すでにネットから多数の最新言語を取り入れた彼は廃屋敷の中でこう叫んだ。



「ヤバっ。吸血鬼……今、大人気じゃん!」



 ――と。

 そうなのである。


 ロベルトはあまりに世俗から離れており、吸血鬼は人間にとって畏怖の対象。嫌われているという思い込みが強い。


 まぁ、過去には吸血鬼の存在が明るみに出てしまい生きていきにくい時代もあったので、そのような印象で固まっているのは仕方ないのかも知れない。


 それゆえに自分のような存在を受け入れてくれた家族。彼らが特別だったのだと……そう思っていた。


 しかし、検索結果は吸血鬼を好意的に捉えたものばかり。退治される物語かと思いきや、吸血鬼が主役なのである。


 数多に描かれた吸血鬼のイラストも愛情に溢れており、中には「吸血されたいです!」というコメントが書き手に寄せられていた。


「酔狂な時代になったなぁ……しかもハートマーク! ハートマークまでついてる。僕も『吸血鬼最高!』って書き込んでおこうっと」


 ――と、完全に彼の価値観は崩壊。音を立てて崩れていくそれにロベルトは途方もない気持ちよさを感じていたのだ。


(知らなかった……。いつの間にか時代は動き、吸血鬼はこんなにも人々の心を掴む存在になっていたのか。忌み嫌われる存在では……なくなっていたの! ならば、僕はその英雄視されているとさえいえる存在の一人として、こんなボロ屋敷にいていいのだろうか……。いや、いいわけがない!)


 そのようにしてあっさりとロベルトはある決断をする。


 そして、その決断がさせた行動によってロベルトは、時間が戻って今日――全ての準備を終えたのである。


 決意、それは――人の輪に再び入るということ。


 あわよくば、あの時と同じように家族が形成できる明日を信じて、廃屋敷を出る。人間の社会で生き、共存の道を求めていきたい……そんな決断で。


 それはエゴサーチによって「今の人間なら自分を受け入れてくれるかも知れない」と予感しなければ到底、踏み切れないものだった。

 

 そして、そのための準備。


 永遠の時を生きる吸血鬼には現代社会を生きるために必要な権利、書類諸々が存在していなかったのだ。


 もしも彼が生まれた時代に例えば戸籍のようなシステムが存在していたとすれば、百年経っても死亡届を出すことのない不審なやつとして、あっさり吸血鬼という正体を看破されていたかも知れない。


 そうならないだけ昔はよかったのかも知れないと思ったことがロベルトにはあった。が、今となってはそういうシステムに認識されていない、という現状がロベルトにはかなりの問題となっているのだ。


 ただし、それも情報としてスマートフォンで調べていた。


 だからこそ彼は長年屋敷に溜め込んでいた財宝ともいうべき物品を換金し、膨大なお金で解決できるだけのことを解決した。


 ……まぁ、ぶっちゃけてしまえばブラックな方法でブラックなお兄さんから、人としての権利を購入したのである。全然褒められた手段ではなかったが、複雑な事情を抱える彼に残された手段はそれしかなかった。


 ――と、いうわけで彼のこれからを始めるために必要なもの全てを揃えられたのが今日だったのである。


 あまり多くない荷物をトランクに納め、屋敷を出る。

 もちろん、あの写真も一緒に。


 昼間の内から出かけるのは彼らと共に過ごしていた日々、以来だった。


 屋敷を出て、木々の合間から差し込む陽の光をうっすら開けた目で見つめる。


 人々の創作で笑わされた。吸血鬼はこんな光で消滅したりしない。にんにくも食べられるし、十字架だって平気だ。そんなことを教えてやれば人間達は面白がるだろうか?


 ――などと思いながら、妙におかしくて浮かんだ笑みのまま歩くロベルトの足取りは軽かった。


 彼は赴くのである。アニメやマンガ、小説でひたすらに吸血鬼を取り上げている、最も信仰深いといえる国――日本を目指して。

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