144 オリジナルコンロ案とブランダー
「うーん…」
「どうだ?作れそうか?」
ロットで買ってきた家電類の設計図集を眺めながらパブのカウンター席で俺は図面に目線を走らせていた。
この世界で主流なコンロというのは、コンロ部分のみならずその下に鍋類が収納できる棚部分と上に小さな換気用パイプがついている結構大型のものだ。電気で動かすものなので、配線さえどうにかすれば移動可能だという点が大きいのだろう。
DIYで作るので自分好みにカスタマイズできるとあって、コンロ部分のみならず収納部分も色々と工夫が凝らされているパターンがいくつも掲載されている。これでも一例なんだろうから、この世界に存在しているコンロは千差万別なんだろう。
「やっぱり二口コンロの方が使いやすいんですかね?
三口コンロの設計図ってあんまり載っていませんし」
「奥の部分がどうしても使いにくいのと、三口になった途端に配線が複雑になるからだろうな。無理して三口で作るより、二口コンロを二台作った方が使いやすい」
「なるほど」
たしかにマスターも二口コンロを二台並べて使っている。店はそこまで大きな規模ではないが、絶えず客から注文が入るのでそれに対応しきる為だろう。
「それとこの換気パイプの部分って、これでも機能するんですか?
パイプの中に小さなプロペラは入っているみたいですが…」
どう見てもパイプの太さがスリムすぎる。コンロで料理する時に出る煙やなんかを全て吸引できそうにはとても見えないのだが…。
「匂いだけ逃がせればいいのに、そんな大きなものが必要か?邪魔だろう?」
「いえ、肉とか魚とか焼いたら煙が沢山出るじゃないですか?
二口コンロの真ん中に換気パイプがあってもうまく煙が逃げていかないような気がして」
「だったらコンロの真上に大きなカバーをつけたらどうですかね?」
「うおっ!?」
不意に肩の付近から声がして思わずのけぞってしまった。
首だけ動かして振り返ると、ドグが俺のすぐ背後から設計図の図面を覗き込んでいるようだった。
その手には俺が配ったばかりの土産の総菜パンが握られている。渡した時は“俺までもらっちゃっていいんですか!?いやー、あなたはこそ救世主だっ!まさにメシス!”とかいつものように大袈裟なくらい感激していたのだが。
ニュクスィーが熱を出し人間湯たんぽをした日の夜、何時間も廊下で眠りこけているのを見かねて声をかけたのが始まりだった。あの時は飯を奢っただけで涙ながらに感激されて、それ以来、ことあるごとに救世主呼びされるようになってしまった。
「驚かせちまったみたいですみませんね。こういうの見ると、つい黙っていられなくて」
ハハハと笑っているが悪びれている風は一切ない。
別にドグに見せているつもりはなかったし、どちらかというと自分から俺の手元を覗き込んでいるんだが…細かいことは言うまい。
というか無駄だ。ドグは陽気でおおらかで…マイペースで大雑把な人間だからだ。
酒に酔ってニュクスィーとタッグを組むと、本当に手がつけられなくなる問題児だった。
「ここ、こういう感じにカバーをつけてですね」
「お?おぉ…」
俺が見ている設計図の上部に指先を滑らせて見えない線を描き始める。ペンで書き込んでいるわけではないので、じっと見つめていないとどう指が動いたのか分からなくなってしまう。
ドグの案はどうやらコンロの上部にコンロ全体をの煙を誘導するようなスカート型のカバーをつける形のようだ。スカート部分で集めた煙を細いパイプに繋げ、上にのぼった煙を逃がさないようにするらしい。
「すごいな。ドグの家ではそういうコンロを使っていたのか?」
「いやいや、とんでもない。
肉も魚も生で齧りながら酒を呑みつつ工作してる方が楽しいですし」
「生…?」
なんたって冷蔵庫どころか清潔な調理室を用意するのすら難しい世界だ。
そんな世界で肉や魚を生食するのはちょっとデンジャラスな気がするのだが、ドグ本人はまったく気にした様子もなく笑っている。
「ブランダーはそういう種族だからな。
工作好きが高じて料理する時間も惜しむ様になったのか、それとも料理が不要な胃袋をもっているからそのぶん好きなことに没頭できるようになったのかは分からんらしいが。
でも陽気な奴が多くて手先が器用な傾向はある。
大がかりな建築となると話は別だが、小物とか日用品の類はブランダーが手作りした物がよく市場にも出回っているぞ」
「は、はぁ…」
マスターの話を信じられないわけではないのだが、ドグという人間を知っているとどこまで鵜呑みにしていいものか迷う。
付き合いは短いもののとても大雑把な人間だというのはいやというほど見てきた。そもそも部屋の中でぶっ倒れているニュクスィーに付き合って自分も餓死しかけていたなんて、本当に笑えない。手に技術をもっているのなら、何故それで稼ごうとしなかったのか?
そう尋ねてみたら、逆に驚いた顔をされてしまった。
「そうは言われても、1コマンも手持ちがありませんでしたからね。
材料はもちろんですが、工作するためのツールや工房もなくちゃ、いくらブランダーだって何も作れませんぜ?」
「あぁ…そうだよな」
言われてみればその通りだ。ドグはもともとスクラ盗賊のアジトで拘束されていたのだ。金はおろか手荷物だって没収されていたのだ。
干し肉を買う金もないのに、何かを作ろうなんてそれこそ無茶な話だろう。
「それでこのコンロはいつ作るんです?
今夜?それとも明日ですか?」
ドグがキラキラした目で俺を見つめてきた。よほど好きなんだろう。
無精ひげを生やしたオッサンに見つめられても少しも心は動かないが、別に隠すようなことでもない。
「さすがに道具が揃ってないからすぐには無理だ。
コンロに使う部品も買ってこないといけないし…」
俺がコンロに求めている条件は大鍋でお湯を大量に沸かせることだ。色々と設計図を眺めていたせいでうっかり忘れかけていたが、大鍋を並べて使おうと思ったらそこそこ横幅に余裕のある二口コンロになるだろう。コンロ下の収納部分も大鍋が入る棚をつければいいから、そう難しくはない。
難しそうなのはドグが提案したスカート型の換気システムだが…。
「でもドグだって稼がないといけないだろう?
銅採掘も慣れないうちは全然稼げないからな」
ずっと採掘作業をしてきた俺やニュクスィーであれば日に数万稼げるが、ドグの細い二の腕を見るにピッケルを振る為の筋肉がついているようにはとても見えない。風刃は村の畑でクワを振っていたせいか最初からある程度は稼げてはいたが、ドグには無理だろう。
最低でも毎日の食費と寝床代は確保できないといけない。鉱石の数で言えばそれほどでもないが、筋力がないうちは運ぶのだって一苦労だ。それにこの周辺には追剥集団も出没する。
「ははっ。
目と腕さえ動けば飢えなんて大したことありませんし、壁と屋根さえあればどこでも天国みたいな寝床ですから」
カラッと笑うドグを前に設計図集を広げたまま絶句してしまった。
大雑把どころではなかった。ちょっと致命的なくらい生活力がないようだ。
ニュクスィーが泊っている部屋の前で何日も眠りこけていただけはある。
「ニュクスィー、ドグは本当に大丈夫なのか?
ちゃんと稼げてるか?」
「んー…野バラが目の前だから、そこそこ?」
口の端に野菜くずをつけながら隣の席に座っているニュクスィーが頼りない返答をよこす。
ドグはニュクスィーをローレン神の遣わした天使だと言ってずっとつきまとっているので、必然的にドグの生活状況はニュクスィーが一番よく知っている…はずだ。
しかしどうやらニュクスィーはあまり気にかけている様子はない。元気な姿を見せている内は気にしていないのかもしれない。
どっちも大雑把すぎないか…!?こんなんで大丈夫なのか、本当に?
気が合う飲み仲間ならば大雑把な性格も似ているのか、見ている外野がハラハラしてしまう。せめて最低限の生活ができるかどうかくらい、関心をもってほしい。
「ドグはまず自分の生活を安定させろ。食費と宿代くらいは自分で稼げるようになってくれ。
手伝いを頼むかどうかはそれを見てから決める」
「おぉっ!?そうなったら、こうしちゃいられません!
ちょっくらピッケル振ってきますわ!」
ドグはそう言うなりずっと手に持っていた総菜パンを口にぎゅうぎゅう突っ込むと片手を上げてパブを飛び出していった。しかし、もう日が暮れかけているんだが。
「…ドグを止めてきます。追剥達に目をつけられたら危ないでしょうし」
広げていた本を閉じて立ち上がると、マスターが“その間に野菜炒めは作っておいてやる”と苦笑いを浮かべて見送ってくれた。
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