145 新しい特訓メニュー
「えんや~、こ~らやっと」
どこのお笑い芸人だと言いたくなるような掛け声をかけながらドグがピッケルを振るう。
その掛け声のスピード以上にピッケルが振り下ろされるペースも速度も遅い。だが軽い音をたてながらも少しずつ銅が崩れていっているので、最低限の収入は確保できるだろう…多分。
まぁ慣れればピッケルを掘るスピードも上がるだろうしな。
今ギリギリでもいずれは貯金もできて余裕も出てくるか。
「どうじゃ。銅は採掘し終わったかの?」
「はい」
そんな俺に近寄ってきたのは老師だった。
ここまで走ってきたんだろうに、相変わらず呼吸1つ乱していない。本当に老人どころか同い年か年下でも通りそうな身体能力だ。
そんな老師が俺に指示したのは、木製バックパックに採掘した銅を詰め込むこと。これまでも同じように銅鉱石を詰め込んだバックパックを背中と両手に抱えながらの訓練だったので、特に違和感はない。
しかしどうやら今日からはこれまでとは違う訓練をするつもりらしい。
「うむ。では行くぞ」
「えっ、今からですか?
昨日オレガノに戻ってきたばかりですし、麦の代金のためにも少しは銅採掘で稼がないといけないんですが…」
これまでの…スプラ盗賊のアジト襲撃前までは、ディゴ王国領内に出没する盗賊の巡回部隊やその根城に奇襲をかけていた。暗殺スキルで昏倒させ、装備品を剥ぎ取って回っていたのだ。武器や金属プレートを使用した装備品は売り払えば金にはなったが、嵩張るばかりで銅採掘をしている方がその何倍も余裕で稼げる。
聖王国で売られている麦の金額は確かに破格だが、護衛料や宿代などの諸経費を考えると決して安い買い物ではない。次の麦の買い付けまでにそれをまかなえるだけの金額を稼がなければならなかった。
しかし地面から突き出した金属塊を見つめながら難色を示した俺を老師は鼻で笑った。
「確かに銅を掘れば稼げるじゃろう。が、一度掘り出してしまった銅はそこまでじゃ。決して増えたりはせん。
今日からの特訓は確かに慣れるまでは金にはならんが、慣れればあるいは銅採掘より稼げるようになるぞ。しかもほぼ無限に手に入り続けるじゃろう」
「ほっ、本当ですか!?」
それこそ俺が求めていたものだ。安定した生活の為には安定した収入が不可欠。そのためにペドと店を開く話をしたこともあったが、まさかそれ以外にも選択肢があったとは盲点だった。
「じゃが、今日からの訓練はこれまでより難易度が高いぞ。
心してかかれ」
「は、はい…っ」
これまでの訓練でも十分に地獄だったというのに、さらにこの上があるのか。
俺には想像もできない過酷な地獄が待っているのかもしれないと思うと足がすくんだが、俺は今よりもっと強くなりたい。自分が守りたいと思ったものを自分自身の力で守りきれるように。
そのためなら老師の訓練だって耐えられる。
「風刃、おぬしはどうする?」
「行く」
首に巻いた布で額から零れ落ちる汗を拭っていた風刃の返事は即答だった。迷いの余地もない、打って響くような反応速度だ。
「場合によっては旅立ちの時期がずれ込む可能性もあるぞ。
あるいはそれすらできなくなるかもしれん。
それでもついてくるか?」
スッと目を細めて問いを重ねる老師の顔が怖い。
今までも十分に鬼教官だったが、もはや鬼か悪魔かという形相だった。
「行く。体を鍛えなければ故郷への旅路も無事では済まないだろう。だから行く」
風刃の返事も決してそれに負けていなかった。
繰り返された“行く”という言葉はその決意を示すように強い。
それを確認した老師は細めていた目を閉じてゆっくり頷いた。
「いいじゃろう。そこまで言うなら連れていってやろう。
ほれ、2人共さっさと行くぞい。
まずは野バラで治療キッドと煎り豆を買い占めるんじゃ」
「えっ、買い占めるんですか…!?」
スタスタ歩いていく老師の背中を慌てて追いかける。
治療キッドはともかく、煎り豆を買い占める理由がわからない。
盗賊たちを狩っていた時は腹が減る前にオレガノに戻ってきていたので、食料は干し肉を1枚保険として持っていただけだった。
それが今回は買い占めるというのだから、それだけ遠方に足を伸ばすということなんだろうか?
突然ふと思い出したように老師がニュクスィーを振り返った。
「そうじゃった。娘っこ、ワシらはしばらく戻らんから、大騒ぎせんようにな」
「えー。じゃああたしも」
「ダメじゃ。おぬしはついて来てはならん。
ここで大人しく銅を採掘して麦の代金を稼いでおれ」
「ぶー!」
ニュクスィーは頬を膨らませたが、老師は一切それに取り合わなかった。
ヤギ達の飯代を稼がないといけないと言われたらニュクスィーだってそれでもついて行くとはごねられない。それをよく理解しているあしらい方だった。
しばらく帰れないかもしれないっていうことは、やっぱり遠征なんだな。
俺のそんな推理はその日のうちにあっさり覆されたのだが、それはもう少しだけ後の話だった。
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