142 ロットで一泊
「あ゛ーっ!疲れた~」
部屋のドアを開けるなりカリウムは両手のバックパックを放り出し、ベッドへダイブした。
俺としてはせめて体を濡らした布で全身を拭いてからにしたい。すっかり汗だくで服が肌に貼りつくので気持ち悪くて仕方ない。
木製バックパックをベッドの脇に下ろすとそのまま床に座り込んでしまいそうではあったが。
「無事に部屋が取れて良かったですね。
老師がロットまで走るって言った時はどうなるかと…」
老師が俺を急かしていたのは、今夜野宿をしたくなかったからだと知ったのはその時だ。
元々老師の計画では1泊2日の旅らしい。むしろ何事もなければそれを越えることはあり得ないと豪語していたほどだ。
俺達の走るスピードが飛躍的にアップしたのでオレガノから最も離れているバリー村まで5時間かからなかった。
そこから俺とカリウムが買い込んだ麦を運ぶことになったので移動速度は落ちたが、それでも夕方にはソヤ村に辿り着いた。
そして先程ロットの宿屋にチェックインしたばかり。時刻は22時半だったけど、ロットには元々宿屋が多いため無事にツイン2部屋を確保することができた。今ごろ風刃と老師も部屋でくつろいでいることだろう。
そして明日は朝からベーカリーと本屋を巡り、夕方までにオレガノに帰還予定だ。見事に1泊2日におさまることになる。
「歩たちのスピードアップも要因の一つではあるだろうが、最も距離があるオレガノとバリー村間を空のバックパックで一気に走り抜けられたからな。
野宿なしで1日分短縮できたと思えば、確かに楽になったっちゃあ楽になったがな」
前回はまず最初にグレースに立ち寄って木製バックパックを大量に買い込み、麦と大豆を買い集めながらの旅で2泊3日だったからえらい違いだ。
麦を運びながらも農村や町に立ち寄ることで適度に休憩ができているのがいいのかもしれない。
前回の旅では、休憩は本当にがっつり休憩のみだったから余計に時間をとられたんだろう。
「でもこんな時間だと酒場くらいしか空いてないのが残念ですね。
ベーカリーの総菜パン、夕食に食べたかったなぁ」
俺がこの世界にきてから味わえた数少ない食事を思い出すとため息が漏れてしまう。正直、あれがあるから長距離の移動も重い麦の運搬も耐えられている気がする。
ロットに到着したのが22時を回っていたので残念ながらベーカリーは閉店後だった。酒場に繰り出せば食べ物にありつくことは可能だろうけど。
「ははっ。飲み屋の飯で我慢しとけ。どうせ明日の朝には食べられるんだし。
しかしこんだけ疲れると夜遊びする元気も出ないな。
酒飲んだら寝ちまいそうだ」
「むしろ今から遊びに行こうっていう元気が残ってたらビックリですけどね」
上着のプレートジャケットを脱ぐと密封性の高い内側は汗でびっしょりだった。
肌着代わりに着ている黒い革シャツも肌に貼りついて気持ち悪い。
しかしずっとサウナ状態を耐え続けてきただけに、上着を脱いだだけで天国みたいに涼しかった。
「俺、ちょっとお湯作ってもらってきます。カリウムさんは要ります?」
「ん、頼むわ」
ベッドに寝転んだままヒラヒラ手を振っているが、あの様子だと俺が戻ってくる頃には眠ってしまっていそうだ。
俺も出来るなら今すぐベッドにダイブしてしまいたいので、気持ちはわかる。
俺は重い体を引きずって1階の酒場へ向かったのだった。
「ふ~、さっぱりした」
風呂に入るほどではないが、お湯で濡らした布で全身の汗を拭きとるだけで全然違う。
着替え代わりにバックパックの隅に丸めて突っ込んできた黒のボロシャツをまとう。それだけでもずいぶんと気分が違った。
革シャツとプレートジャケットは内側を乾いた布で拭いておいたので明日の朝にはちゃんと着られるようになっているだろう。
「カリウムさん、いい加減にお湯使わないと冷めちゃいますよ」
一方、ベッドに寝転がったままのカリウムはピクリとも動かない。
軽く肩を揺すってみたけど全然起きる気配はなかった。
ちょっと熱いめの温度までお湯は温めてきたが、もうそろそろぬるくなり始めている頃だろう。
「ちゃんと汗を拭かないと風邪ひきますよー」
本格的に起こしにかかろうと眠っている頬を叩くが、寝ぼけたまま払われた。
放っておいてもいいが、先日のニュクスィーの件もある。
さすがに旅先で同じことが起こっても対処しきれない。
気乗りはしないが、せめて上着だけでも脱がせて布団の中に放り込まないと風邪をひくだろう。
オレガノ周辺ほどではないが、聖王国の周辺も夜はやはり冷え込む。
介護だとでも思って割り切るしかない。
「おっも!?」
だがしかし眠り続けているカリウムの上半身を起こすのは意外としんどかった。
いやバリー村からずっと重い荷物を運んできたせいで腕が疲れているせいもあるんだろうが。
マッチョと言うほどではないが無駄に筋肉だけはついているので、それも大きな原因かもしれないけど。
「もー、起きて着替えくらい自分でしてくれませんかね?」
ブツブツ文句を言うくらいは許してほしい。だってそのくらい無駄に重いんだ。
装甲付きラグを脱がせ、革シャツをめくって腹や背中など最低限の部分だけお湯で濡らした布でゴシゴシ擦ってやった。
キッチリとシックスパックなのがなお許せない。俺だって以前と比べればだいぶ近づいてはきているんだが。
「もうちょっと…優しく…」
むにゃむにゃ言いながら濡れた布を握っている方の手首を掴まれた。
寝ぼけているのでそれほど力が入っているわけではないが、一体誰と勘違いしているのか。
やたらとニヤついた寝顔に思わず手にしていた布を投げつけてしまったが、それは致し方ないというものだ。
ブーツを脱がせて毛布をめくり、布団の上を転がす。
すっかり眠ってしまっている体に毛布をかけて、ようやく一息ついた。
ふぅ…疲れた。次からはもう放置することにしよう、うん。
何なら優しいお姉さんたちに金を払って拭いてもらえばいい。いい気分転換になるだろう。
余計な仕事が増えたせいで空腹に腹が鳴ったが、動くのももうだるい。
俺は部屋の灯りを消し、自分も布団の中へと潜り込んだのだった。
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