140 追音


 夕方ソヤ村を訪れた俺達は麦と大豆を買い取り、それを風刃と老師のバックパックにきっちり詰め終わった。

 しかし足元の木製バックパックを見下ろすカリウムは重い溜息をついた。


「しっかしこの大荷物を抱えて山越えか。今から気が滅入るな」

「両手のバックパックは2人のと1つずつ交換してもらってもいいですよ?」


 もともと麦をギチギチに突っ込んでいる重量だけでも相当に重い。バックパック1つあたり36キロ以上だ。

 そこに更に藁の束を木製フレームの外側に括りつけてあるのだから手荷物の重量としてはバカみたいなことになっている。きっと地球でも自衛隊や軍隊の訓練レベルに相当するんじゃないだろうか。


 老師の地獄の特訓メニューに耐えた俺だって立ってるのがやっとだからな。

 あぁ、腕が痺れる…。


「…しねーよ」

「え?いいんですか?」


 そんな嫌そうな顔をしてるのに。


「このくらい訓練だと思えば余裕だし」


 しかしカリウムは俺が尋ねてみても目線をそらしてしまった。

 しかし訓練とは、何の事だろう?カリウムも老師に訓練をつけてもらったんだろうか?


「ほら、さっさと行くぞ。グレースに着くのが遅くなる」

「あ、はい」


 カンココカカカン


 重いバックパックを抱え倉を出ようとした時、独特なリズムが耳に届いた。

 俺はどこかで聞いた覚えがあるような気がして足を止めたが、どうやら音の発生源は少し遠いようだ。


「歩、足を止めるでない」

「そうそう。さっさと行くぞ。ほら」


 道中あまり喋らなかった老師が低い声で俺を促し、カリウムが手に持っている木製バックパックで俺の背中をせっついた。


「わ、わかりましたよっ。

 あの、取引ありがとうございました。ローレン神のご加護があらんことを!」

「あぁ、堅実な兄弟。旅路にローレン神の導きあらんことを」


 農村の管理者である兵士に頭を下げて俺達は倉を後にする。

 村の外の街道に続くあぜ道を歩く俺の背背中を追いかけてくるようにもう一度あのリズムが耳に届いた。


 カンココカカカン


「あの、さっきから何か聞こえません?」

「空耳じゃろう」

「うんうん。なーんにも聞こえない」


 俺は背後を振り返りながら歩くが、音を発しているらしき主の姿は見えない。

 それにしても老師とカリウムのとぼけ方がどうにも怪しい。普通であれば耳を澄まし自分の耳で確かめてから返事をするものだろうに、間髪おかずに返事が返ってくるなんて変だ。

 そもそも俺の耳でも聞き取れる音が2人の耳に届いていないはずはないのに。


 カンココカカカン


「やっぱり何か後ろの方から音が聞こえますよね?」

「気のせいじゃろ」

「風の音か何かを聞き間違えてるんじゃないのか?」


 どうやら2人に尋ねてみても埒が明かなさそうだ。

 俺はちょっと小走りになって先を歩く風刃の隣に移動した。


「あのさ、風刃。さっきから」

「あーゆーむー。ちょっとこっちに来ーい」

「のわっ!?」


 風刃に確かめようとした矢先、肩にずっしりと尋常でない重さがかかった。

 どうやらカリウムが片手で抱えていた木製バックパックを俺の背中のバックパックの上に乗せたらしい。強制的に俺が足を止めることになって先を歩く風刃とは距離が空いてしまった。


「……?」

「おぬしは気にせんでいい。

 さ、ワシらは先を急ぐぞ」

「分かった」


 この2人、やっぱり分かってて無視しようとしてるってことか…!?


「何なんですか、もうっ!重いんですけど!」

「そうだよな。俺らはこんだけ大荷物を抱えてるわけだ。

 で、これ以上何するつもりだ?」


 腕を振ったところで簡単に払いのけられる重さではない。

 首を回してカリウムを睨むと、思いがけず厳しい視線に顔を覗き込まれていた。


「俺らだってな、お前ら2人のお守りだけで手一杯なんだよ。

 これ以上厄介事を増やすな」

「そっ…!」


 老師の訓練に耐え、スクラ盗賊のアジトを強襲して少しくらい強くなったつもりでいた。

 けれどそれでもカリウム達からしたら“子守り”と言われてしまうのか。

 悔しくて納得できない部分はあったけど、じゃあ彼ら抜きでもこの旅ができたかと言われるとやはり辛いものがある。何事も起きなければいいが、旅にはアクシデントがつきものだからだ。


「じゃあ俺達が荷物番として残れば、あの音の場所に行けるってことですか?」

「それじゃ何のための護衛だよ。バカなこと考えずにさっさと行くぞ」


 溜息をついたカリウムに後頭部を小突かれた。

 まるで子供扱いだ。俺だってもう成人したいい大人なんだけど。

 

 くっそ…どうすればいいんだ?

 あんなに繰り返してるってことは絶対に訊き間違いじゃないはずなんだ。


「……」


 気は進まない。非常に気は進まないけど、老師と俺のペアで動くならあるいは…ということも考えられる。


「はよせんか。日が暮れるぞ」


 前方を歩く老師が機嫌悪そうに俺を急かした。

 あんな顔をしている老師に頭を下げて頼むのかと思うと気が重い。


 だけど、なんだか胸騒ぎがする。

 だって2人がこれだけ警戒しているってことは、きっと何かがあるからだ。

 俺の中には確信があった。




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