136 快気祝い?
「いただきまーす」
翌朝、ニュクスィーは元気にミートラップをパクついていた。
むしろ夕方にパン粥と共に中級治療キッドが届けられた時には熱も下がっていた。
その代わり俺はそれまでずっと背中に引っ付かれていたままだったが。
「熱も下がったままのようだし、もうすっかり元気になったみたいだな」
「うんっ」
おかげでそれを目撃したマスター達に変な目で見られている。今回ばかりは現場を押さえられたので、俺の言い分は右から左にスルーされていた。俺の背中にひっついてぐーすか眠りこけてたニュクスィーが戦犯なのに。解せん。
しかも背後から常連客達まで生温かい目を向けてくる。何か言おうとしても“まぁまぁ”と三日月形の目でぬるく流されて相手にすらしてもらえない。まったくもって解せん。
フォークで青菜を刺しながら一人疎外感を感じる俺。
いっそもう誰かニュクスィーを嫁に貰ってくれないかと感じる今日この頃だ。
「さてニュクスィーも無事に回復したし、歩これを期に丁度いいからコンロを作れ」
…うん?
前半と後半がまったく噛み合ってなくて疑問に思って顔を上げたら、マスターと目が合った。
「これまでは日に1回だったから多めに見てたが、湯を沸かすのだけでコンロ使われると注文に対応しきれないんだ。鍋そのものもでかいからそれだけで場所もとるしな。
だから次に聖王国に麦を買いに行った時にコンロの作り方が書いてある本を買ってこい」
コンロの件に関してはまぁいずれは言われるだろうとは予想していたが、色々とツッコミどころが多すぎる。
「待ってください。まずコンロって自分で作るものなんですか?買う物じゃなく?」
「基本的にはみんな自分で作ってると思うぞ。そう難しいものでもないしな」
いやいやいや?難しいだろ?そんなDIYでさらっと作れるもんじゃないよな?
中身の構造はもちろん、外側を作るだけでも結構大変なはずだ。金属なんてそう簡単に加工できない。
「だって中身とか全然構造わかりませんし、外側だって金属で作らなきゃいけないでしょう?」
「コンロ用の部品を買ってきて電熱板に配線を繋げればいいだけだ。外側だって建築用ハンマーで形を整えてやればいいだけだし」
「えっ…建築用ハンマーの使用用途ってロドモールだけじゃないんですか?」
「家具製作を含めて建築関係に使うから建築用ハンマーなんだよ。
ロドモール専用ならロドモール用ハンマーだろう?」
マスターは喉の奥で笑っているが、俺はまだ信じられなくてポカンとしてしまう。
確かにマスターの言う事はもっともなんだが、いやだってロドモールだけであんなに便利だったのに他にも使えるなんて思わないじゃないか。ねぇ?
「じゃあ建築用ハンマーってどんなものに使えるんですか?」
「金属板や木材、石材に至るまで建材って呼ばれてるものは大抵は加工できるぞ。
知らなかったのか?」
「知りませんでした。建築用ハンマーってそんな万能なんですか…」
それはもはや便利すぎてチートツールじゃないか…?
そんな便利なものが地球にあったら、色んな産業がえらい打撃を受けるだろう。
この世界、実はパネェのかもしれない。
「あれ?ってことは、もっと色々作れるんじゃ…」
今まで加工手段がないからと諦めていたアレコレも、もしかしたら作れるかもしれない。
さしずめ手動で使える洗濯機もどきは絶対に欲しい。あと干場も使いやすいように改良したい。松明も燃費が悪い上に火事が怖いからランプに変えたいなって思っていた所だった。
考えれば考えるだけあれこれ浮かんできて止まらない。建築ハンマー万能すぎて怖い。
「まぁ何を作るんでもいいが、まずは作り方が書いてある本を買ってきてコンロを作れ。
お前さんだって自分の家で湯が沸かせた方が便利だろう?」
「そうですね。風呂もそうですけど、朝の洗顔とか便利になります」
なんせ枝を集めるのも手間だったからな。時間短縮になるのは普通に嬉しい。
「ニュクスィー、お前さんは何か要望はないのか?
今の歩なら大抵のものは作ってくれそうだぞ」
「ん?んー…あっ、ヤギ達のベットがほしい!」
ミートラップにパクつきながら考え込んでいたニュクスィーはパッと顔を輝かせて体を乗り出してくる。
「まさか自分の物じゃないとは、無欲になったなぁ」
「それは聖王国で藁を買ってくるから大丈夫だ。
そもそもなんで俺がニュクスィーの要望を聞くことになってるんですか?」
マスターのコメントが気になる。
ヤギ関係に関してはニュクスィーとの約束があるからどうってことはないが、どうしてマスターの中で俺がニュクスィーの私物を製作することになっているのか?
「ん?だってお前さんたち一緒に暮らすんだろう?」
「ふぇ?」
「暮らしませんよ!?」
どうしてそうなった!?
そんで、ニュクスィー!お前も紛らわしいから顔を赤くするな!
「だって昨日はあんなに仲睦まじく…」
「だから誤解だってさんざん言ったじゃないですかっ!」
カウンターに両手をついて立ち上がったけど、マスターにはまだ納得してない顔をされた。
まるでごねてる俺が悪いみたいな。そんな事実は微塵もないのに。
いや、誤解されかねない場面は見られたけど、本当に誤解だから!
俺は人間湯たんぽに徹してただけで、ニュクスィーにも背中向けてたでしょ!?
「歩もいい加減に諦めたらいいのに」
何を!?風刃、俺に何を諦めろっていうんだ!?
「ローレンの美しい天使にここまで惚れ込まれるとは実に羨ましい!
結局会うことが叶わなかった俺の恋人も熱烈なラブレーターをくれたもんだった。
あぁ、愛しの君は今どこに…!」
ダグ!お前は目の前の飯を奢ってくれたニュクスィーに媚びてるだけだろ!
ついでに個人的な独白まで混ぜてくるな、紛らわしい!
「歩がいいなら、別にあたしは同じベッドでもいいよ…?」
「嫌だよ!ダメだろ?!なんでだよ!?」
どいつもこいつも…!もしかしてここには敵しかいないのか!?
ニュクスィー、お前は頬を赤らめながら上目遣いするのヤメロ!
マジもんに見られるだろうが!?
もしかしてそのうち手も出してないのに既成事実を作られるんじゃないか…そんな予感に冷や汗が背筋を伝ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます