130 故郷の味


「……」


 翌日、俺は日が高く昇ってもベッドの中にいた。

 動きたくなくて何度も寝返りを打つ。


 家に戻ってきてから泥のように眠ったが、全身が鉛のように重かった。

 全身が赤くなるほどお湯で濡らした布で体を拭ったが、まだ錆びた鉄の匂いが体にこびりついている気がする。


 思えばこの世界に連れてこられてきてから、これまで休暇を取ったことがなかった。

 収入源である銅採掘は完全出来高制なんだから休もうと思えば休めたはずなのに、つい訓練と合わせて毎日続けてしまった。

 だから一日くらい休んだって罰はあたらないはずだ。


「まだ寝ているならパブで何か買ってこようか?」

「いらない。腹、減ってないんだ」


 いや、厳密にいえば胃腸が動いている気配はする。でも食欲はない。何かを食べたいと思えないのだ。


「それより採掘に行かなくていいのか?

 風刃まで俺のふて寝に付き合うことないんだぞ?」

「別にいい。旅立ちは急いでないから」


 風刃はそう言って手の中の本に視線を戻した。

 俺に何かをさせようとも、あるいは過剰な世話を焼くこともしないが、そこに居てくれる。

 そのちょうどいい気遣いが今は心地よかった。


「なぁ、風刃の村ってどんな食生活だった?

 どんな郷土料理があった?」


 話題なんてなんでもよかった。ただ暇を潰せればそれで。

 風刃がパブで何か買ってこようかと言ってくれたから、そこから話をもってきただけだ。


「どんなって普通だ。

 畑で採れた野菜を山で狩ってきた獣の肉と一緒に焼いたり煮込んだり」

「うーん、もっと詳しく。オレガノじゃ見ない料理とかさ」

「…蒸し料理、とかかな。綺麗に泥を落とせば、皮つきでも食べられた」


 どうやら温野菜を食べていたようだ。きっと農村らしい素朴な料理だったんだろう。


「美味いよな、蒸した野菜。そのままでも上手いし、ドレッシングをかけてもよかった」

「どれっしんぐ?」


 本から顔を上げた風刃が首を傾げている。

 石を組んで作るかまどを作り慣れているようだったから、前提となる文化レベルが地球とは違うのかもしれない。外の村との交易もそこまで盛んなわけではなかったようだし。


「えーっと…香辛料って言えばわかるか?」


 俺が言い直しても風刃はまだ首を横に振る。

 香辛料が分からないとなると説明が難しいが、でもまさかなかったわけじゃないだろう。


「うーんと、じゃあ塩は知ってるか?」

「それならわかる。でも俺の村は山奥だったから、滅多に手に入らなかった」


 ようやく通じたようでホッとしたが、しかしそうなると別の疑問が生まれる。


「でも塩すらろくに手に入らなかったんなら、味付けはどうしてたんだ?」

「山に生えてる香草を摘んできて一緒に入れてた。

 あと干したり、燻製にしたりすればそれでも味がつく」


 香草は香辛料だよな…?違うのか?


 俺は寝ころんだまま腕組みして考てみたのだがわからない。

 強いていうなら、生の葉っぱをそのまま使っていそうなことから加工の有無がポイントかもしれない。


「香草は加工しなかったのか?干したり粉にしたり」

「何故だ?香草は採れたてが一番香りがつくだろう?」


 逆に風刃に首を傾げられたので、俺はそれ以上言うのをやめた。

 俺は香辛料の知識に詳しい訳じゃないし、たまたま風刃たちが扱っていた香草がそういう種類だったのかもしれない。


「でも燻製かぁ…。肉とかチーズとか美味いよな」

「あぁ。ヤギのチーズは燻製にすると本当に美味かった。

 あまり数がいなかったから滅多に食べられなかったけど」

「うんっ?風刃の村ってヤギを飼ってたのか?」


 聞き捨てならない話だ。というか初耳だ。

 だったらヤギの飼育方法についてだって風刃はよく知ってるんじゃないだろうか。


「飼っている人はいた。でも遠目に見てるだけだった。農作業も忙しかったし」

「あぁ、そうか。農家だったんだもんな…」


 風刃の話を聞く限り農作業も人の手でしていたのだろう。

 仮に近所の家でヤギを飼っていても眺めるだけで触れ合うことはなかったのかもしれない。


「歩は?村でどんな料理食べてた?」

「うん?俺は…」


 話を振られて思い出してみる。

 生まれてからこの世界に来るまで色んなものを食べたはずだが、なんだかひどく過去のように感じる。まだ数カ月しか経っていないというのに。


「何でもあったなぁ…。和食に洋食、中華にフランス調理、創作料理の店も美味しい店があったし、カレー専門店ものぞいたことがある」


 本当に、なんでもあった。

 この世界の人達が考えもしないくらい色んなものが手に入った。


 懐かしい…。どうやったら帰れるのかも分からないけど。


「なんだそれは?野菜か獣の名前か?」


 風刃は随分と難しい顔で悩んでいたようだが、我慢しきれなくなったのか俺に答えを求めてきた。俺はそんな風刃にちょっと笑って答える。


「あぁ、いや、ごめん。

 主食は米だった。白いご飯もいいけど、野菜や肉と一緒に炊き込む飯も美味かったよ」


 旬の食材を使った炊き込みご飯、チャーハンやピラフなんかもよく食べた。パエリアなんかは自宅で作るより店で食べた方が美味しかった。


「俺達もそうだ。香草で香り付けした肉と一緒に炒めると美味かった」

「チャーハンみたいなもんかな?でも美味そうだな、その料理も」

「あぁ。歩もいつか俺の故郷に遊びに来い。俺が育てた野菜、腹一杯食べさせてやる」

「楽しみにしてる。無事に故郷に帰りついたら手紙でもよこしてくれ」


 風刃がとても嬉しそうに笑うので、俺もつられて笑ってしまった。

 風刃の故郷がどんな所かは知らないが、普段無表情の風刃がこんな風に笑えるなら良い所なんだろう。


「故郷に無事に帰れるといいな」


 本心からそう思う。

 風刃は刀よりクワをもっている方がきっと似合うんだろう。

 早くこんな血生臭い地域から離れて平穏に暮らしてほしい。


「そうだな」


 風刃は穏やかな表情のまま本のページに視線を戻した。




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