128 断罪の夜
ギシッ
1階に向かう階段に足を踏み出すと、脆くなった箇所だったのか木板が僅かに軋んだ。
しかし1階で丸裸になって転がっている連中はまだ昏倒したままなのか、それとも再び眠りに入ったのか誰も動く気配はなかった。
不自然にも思える静寂の中を一歩ずつ踏みしめて階段を下りる。階段下のつきあたりで伸びている盗賊の前を横切り、塔の外壁に沿って円形に敷かれた寝袋の中央へと進んだ。
盗賊の手下や幹部と思しき男たちの体を跨いで部屋の中央に向かうと酒樽が一つ縦置きに置かれているだけで、あつらえたようにそこだけぽっかりと空間が空いていた。
すぅ……はぁ……
己の呼吸音さえ煩く感じるほどの静寂の中でゆっくりと深く深呼吸する。
そんな俺の目の前で風刃が上階から運んできた男を静かに床に下ろした。
これで全ての準備が整った。
「…」
「…」
男を横たえ立ち上がった風刃と目が合う。
短い沈黙の後、俺はただ黙って頷いた。
俺に頷き返した風刃が螺旋階段裏の影に身を潜める。
それを横目に確認した後、全身を突き刺す沈黙を目の前の酒樽と共に蹴り飛ばして破った。
派手な音と共に酒樽が床に転がり、中から食べかけの硬いパンと革製のバックパックがのぞいた。おそらく中身を飲み終わった後で収納容器として使っていたんだろう。本来のバックパックの持ち主がどうなったか、俺には推察することしかできない。
「っ…」
俺は肩に担いでいた男を雑に床に落とすと、口元を覆っていた覆面の黒布を指先で少しだけずらし腹の底から声を張り上げた。
「いつまで寝てやがる、糞野郎ども!断罪の時間だ!」
大きな音を立て大声を出しても目覚めたの男たちは半分ほどだった。
それ以外の男たちは寝袋の上に沈んだままピクリともしない。
ようやく体を起こした男たちも脳震盪の余韻が残っているのか痛みに顔をしかめていた。
俺は腰の刀を抜き、足元に転がっているボスの髪を掴んで持ち上げた。
「ぐ、あ…?」
頭皮を引っ張られる痛みに呻いたボスがようやく目を覚ました。
いや、まだ意識を取り戻さない部下たちと比べれば驚異の回復力なのかもしれない。筋肉量を見ても体の鍛え方が違うんだろう。
「お前がこいつらを仕切ってるボスだよな?」
「な、なんだテメェ!?ふざけた真似しやがって…!」
床に膝をつき顔を覗き込んだ俺に、驚愕の表情を浮かべたボスは痛みに呻きながらも獰猛な視線で俺を刺してきた。弱者を殺して全てを奪い周辺地域にのさばってきた盗賊の頭に相応しい暗い殺意が宿っていた。どうにか身をよじって俺の手から逃れようとするが、奴隷の脱走を防止する為に作られた枷はそう簡単には壊せない。
ボスの瞳孔に映り込む俺の口角がハッキリを持ち上がった。
「さぁ、今まで犯した罪の数を数えろ。
その手で殺した人間たちの顔を一人ずつ思い浮かべるんだ」
「そんなもんいちいち覚えてられるかっ!
ふざけたことしやがって、死ぬほど後悔させてやるッ!」
唾を飛ばしながら怒鳴るボスの怒り狂う表情を見て、俺は思わず声を出して笑ってしまった。
あまりに言うことが俺の想像を裏切らなくて。
それともこんな状況になったらこの手の悪人はみんな同じ反応をするんだろうか?
だがこれで何の気兼ねも無くなった。
俺がここで止めを刺さなければ、これからももっと多くの人間が死ぬだろう。
俺が知っている人も知らない人も、理不尽に斬られて命ごと全てを奪われるだろう。
妙な高揚感が全身を包み、ボスの髪を掴んでいる左手に力が入った。
俺は自分が
だが強者が弱者を虐げていいというのがこの世界の
「勘違いするな。これから死ぬのはお前だ」
死神が囁くように静かな声で宣告してやると、瞠目したボスが悪魔でも見たような顔で俺を見据えた。
俺はボスの髪を掴み上げたまま顔を上げ周囲を囲む手下たちの顔をぐるりと見回す。
目覚めたばかりの彼らは自分達が置かれている状況に困惑し、恐怖し、手近なところに転がっているはずの武器を必死に探しているようだった。
「お前らのせいで何の罪もない人たちがたくさん死んだ。
お前らを生かしておけばこれからもたくさんの人たちが死ぬだろう」
そう言いながら研ぎ澄まされた刀の刃をボスの首にあてる。
少しあてて引いてやるだけで荒い呼吸を繰り返す喉に赤い筋がはしった。
獲物として屠られようとしている
「これまでお前らが数えきれないほどの弱者を殺してきたように、今夜はお前らが弱者として殺される番になったんだ。
さぁ、胸に手を当ててこれまで犯した罪を数えろ。
まだ息があるうちに詫びられる罪くらいは被害者たちに詫びながら死んでいけ」
今度はぐっと刃をその首にめり込ませるとボスは己の怯えを吹き飛ばそうとするかのように叫んだ。
「テメェら何を怯えてやがる!さっさと殺っちまえッ!」
その言葉を言い終わった直後を見計らって力強く刀で喉を掻っ切った。
傷口から一気に溢れ出した赤が周囲を染めた。
飛沫を浴びた手下が恐怖に身を震わせている。ボスの怒号とは裏腹に動き出そうとする者は誰一人いなかった。
日常的に他人を殺しているくせに、自分達の頭目が目の前で殺される光景は俺が想像している以上に強烈らしい。
「さぁ、ボスは死んだぞ。
次にボスになる奴はどいつだ?さらにその次にボスになる奴は?
心配するな。順番だ。ちゃんと一人ずつ殺してやる。自分の犯した罪を数えながら待っていろ」
血に濡れた顔で立ち上がり、首から血を吹き出すだけになったボスを足元に放った。重い荷物みたいな音をたててボスが床に転がると、視界の隅で手下の一人が動いた。
体に残る古い刀傷の後とその昏い目を見ればわかる。この男も相当な人数を殺してきているのだろう。装備を全て剥がされているのも構わずに、拳で殴りかかってきた。
「相手は一人だ!やっちまえっ!」
誰かが叫んだのを合図に、数人の男たちが立ち上がって一斉にこっちに殴りかかってきた。
だが武器を取り上げられ鎧の守りさえ奪われた者がどれほど束になろうと、装備を完璧に整えた俺の前では赤子に等しい。
「無駄なあがきを…」
装備の重さが無くなった分だけ素早く動けるだろうが、なんせ昏倒から回復したばかりの体だ。足元もおぼつかない上、慣れない体術で俺を捕えることは難しい。
そんな手下に向かって刀を振るうと面白いほど簡単に血が飛び散った。それに怯んだ隙をついてさらに斬りつける。いつも胸部を守ってくれているプロテクターも足を保護してくれている長い腰巻も今はない。
刀傷が増えるたびに怯む彼らを一方的に斬りつけ、その胸に消えない恐怖を植え付ける。復讐など露ほども考えられないように。
そんな光景をただ茫然と見ていた周囲の男たちが、ようやく我に返った様子で玄関扉に飛びついた。一人が駆け寄ると座り込んでいた他の者たちも動く。
そんな彼らの背後に音を立てずに駆け寄った風刃が無防備な背中を斬りつけた。ただ無言で刀を振るう風刃を振り返った男たちは泣きそうな顔を恐怖に歪めた。
「あ、悪魔だっ!コイツら悪魔に違いないっ!」
痛みと恐怖でパニックになった彼らは一刻も早く塔から脱出しようとするが、誰も彼もが押し合うせいか内側から施錠されている扉は一向に開かない。
目の前からいなくならない限り風刃も斬りつける手を止めることはない。
あちこちに血が飛び散り、その血で濡れた彼らも押し合いながら手を滑らせる。終わらない悪夢のような光景が繰り広げられていた。
今夜は彼らにとっても一生忘れられない赤い悪夢となるに違いない。
俺はそんなことを頭の片隅で考えながら決死の覚悟で向かってくる男たちに向かって刃を振り続けた。
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