127 無音の制圧


 周囲を警戒しながら足音を忍ばせて戻ると、もう一人の見張りもすでに風刃によって枷がはめられ芋虫状態にされていた。


「……」


 音を立てないよう細心の注意をはらって開かれた塔の玄関扉、その向こうを老師が覗き込む。

 ハンドサインの合図で中に体を滑り込ませると、最後の一人が入り込んだ後で静かに扉を施錠した。もちろん内側からであれば簡単に鍵を開けることができるが、外からは容易に入れない。施錠されているなど思いもしない盗賊たちの足を僅かでも止められれば、対処の幅はいくらでもある。


 まだキョトンとしたままのニュクスィーを放置して俺は2人と目配せし合う。

 室内は間接照明だけの僅かな灯りのみなので気配を殺して動く隠密スキルとは相性がいい。

 誰にも気づかれていない間にどれだけ動けるかが勝負の分かれ目だ。


 まずは螺旋階段の下でうつらうつらしていた男の背後に忍び寄り、一撃で沈める。

 一拍おいて膝から崩れそうになった男の体を一瞬だけ支え、寄ってきた風刃に預けた。

 風刃は慣れた手つきで武装を解除していく。腰や背中のサーベルやボウガンから、兜や胸当て、シャツや腰巻に至るまで全てだ。

 老師は風刃が剥ぎ取った武具の中から武器だけを選りすぐって回収していく。万が一何処かのタイミングで誰かが気づいてもまともに戦闘できる敵の頭数を減らすためだ。


 1階に布団を敷いて眠っているのはおよそ12名。

 上階にもまだいるかもしれないので極力気配を消しつつ流れ作業のように盗賊たちを眠ったまま無力化していく。ニュクスィーはその様子をただ黙って眺めていた。


「ん…俺は汚らわしい女じゃない…むにゃむにゃ」


 俺が枕元に近づいた途端に寝返りを打った1人が寝言を漏らし、思わず息を呑んで硬直してしまった。だが目覚めたわけではないらしい。すぐに寝息を立て始めた。

 どんな夢を見ているのかは知らないが、聖王国の人間が言いそうな言葉だ。もしかするとこの男も聖王国から逃げてきたのかもしれない。そして今は北から逃げてくる者を襲い、命や金を奪っているのだろう。

 全身の緊張を吐息と共に吐き出して心に平静を取り戻すと、俺は目の前の男の眠りを更に深いものにした。





「……」


 深く眠り続ける12人の盗賊たちを全員武装解除し終えた時、俺は極力空気を揺らさないよう注意しながら深く息を吐き出した。

 暗殺スキルは昨日までもさんざん使ってきたが、やはり今夜は緊張感が違う。

 いざとなれば走って撒くこともできた野外と違って閉塞感がすごい。心なしか酸素が薄い気がするのは気のせいだろうか?


 ちょっと休憩していた俺達を螺旋階段の上を覗き込んでいた老師が手招きする。

 どうやらもう上の階へと向かうようだ。

 俺達は眠っている盗賊たちを起こさないよう、そしてあちこちに散らばっている装備品を蹴とばさないように気を付けて2階への階段を上った。


 2階には半畳ほどの檻が丸い壁に沿ってずらっと10以上並べられていた。部屋の中央にもポールが建てられており、その1つに人が1人括りつけられていた。ポールに両手足を束縛されながらも立ったまま器用に眠っている。


「…」


 フラフラ歩み寄ろうとするニュクスィーの手首を掴んで止める。

 厳しい顔をして首を横に振ると案の定口をへの字にして膨れた。

 今ほどその顔にうんざりしたことはなかっただろう。


「邪魔するなら、帰れ」


 低く押し殺した小声で短く告げると、ニュクスィーはまだ不満げな顔をしていたが諦めたようだ。

 そんなニュクスィーを連れて3階に上がると様々な家具が並ぶ室内にベッドが2台置かれていた。眠っている人の気配もする。おそらくどちらかが盗賊のボスだろう。

 そんな俺達の所に上階の様子を見てきた老師が手ぶらで戻ってきた。

 おそらく1階で回収した武器を全て上階に置いてきたのだろう。


「この上は屋上じゃ。誰もおらん」


 声を潜めてそう教えてくれた。

 つまりこの階の2人を無力化させれば計画の大半が無事に終了することになる。

 俺は気合を入れ直して頷き、並ぶベッドに忍び寄った。


 窓から差し込む月明りと間接照明だけが頼りだ。

 震えそうになる呼吸音を落ち着けつつ、俺はよく角度と距離を見定めた。


「っ!」


 横向きに眠っている盗賊の首に手刀が深くめり込んだ。

 小さなうめき声と共に男がベッドの上に転がる。

 風刃が武器と防具を静かに手早く剥ぎ取っていくと、右肩の付近に特徴的な痣がクッキリ浮かんでいた。指名手配されている盗賊ボスの特徴と一致する。

 俺達は互いに確信をもって目配せしあい、武装解除した男を後ろ手に枷を嵌めて拘束した。


 隣で眠っていた男も同じように眠らせて武装解除したが、その腕にはやはり特徴的な痣はなかった。


「1階に運ぼう」


 俺は風刃に声をかけ、足枷まで嵌めたボスの体を肩に担ぎ上げた。

 意識がないせいもあってすごく重い。

 きっと毎日の筋トレしていなければとても一人では運べなかっただろう。

 俺はゆっくりとした足取りで階段に向かい、螺旋状に連なるそれを踏みしめながら降りていく。


 くっそ、筋肉あるぶん重いな…。

 でも今日から俺が抱えていく罪の重さだ。

 今からへこたれるわけにはいかない。


 奥歯を噛み、腹筋に力を入れ直す。


 かつて生きていた世界では、神に愛された聖人が自らが磔にされる十字架を背負い処刑場まで運んだという。かの聖人は人々の罪を背負って処刑され、神の国に招かれたのだったか。


 これは正義の行いなんかじゃない。

 こいつらと同じ悪人に身を堕とすための煉獄へ続く道だ。


 綺麗事や正論など木の葉より軽いこの世界でどれほど徳を説いても誰も耳を貸しはしない。

 強者が弱者を虐げ全てを奪えることのみが不変の理だというのなら、この世界の流儀で俺の我儘を押し通す。


 2階まで下りてくるとポールに拘束されたままの人が立ったまま寝息を立てていた。これから1階で起こることなど知る由もない。嵐の前の静寂が暗闇を支配していた。


「ニュクスィー、そこの人間を助けてやりたいなら好きなだけピッキングするといい。

 でも、いいと言うまでお前たちは絶対に1階に下りてくるな」


 あの囚人がどんな人間なのか、どうして囚われているのかはわからない。

 ことが終わるまで目覚めなければ何も問題はないが、もし1階の騒動を聞きつけて邪魔してくるようであれば場合によっては斬らなければならない。そうならないことを願うばかりだ。


「歩、あの…」


 ニュクスィーは何か言いたそうだったが、俺がその青白い顔を直視すると口ごもって下唇を噛んだ。


「怖くなったんなら今からオレガノに帰ってもいいぞ」


 低く静かな声で促したが、ニュクスィーは自分の上着の裾を握りしめ強張った顔で首を横に振った。


 そうか。帰らないか。そうか…。


 何となくそう答えるのではないかという気はしていた。

 だが本人が帰らないというのであれば、もう何も言うまい。

 それがニュクスィーが自ら選び取った未来なのだから。


 選択したことの責任は結局本人にしかとれない。

 子供だろうが大人だろうが関係ないんだ。




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