124 変化 そして 尾行
◆
最近、歩がおかしい。
歩は以前からちょっと他の人とは違うところがあったけど、そういうんじゃない。
あれは…そう、風刃がそろそろ旅費を貯め終わるから次の麦の買い付けに行くのが最後だって聞いた次の日の夜。
風刃や老師と一緒に帰ってきた歩の顔が珍しく真っ青で、心配になって体調が悪いのか尋ねてみたらはぐらかされてしまった。ちょっと疲れたんだってそれだけ言ってさっさと2階に上がっていっちゃって。
風刃に話を聞こうと思ったけど、あの人無口で何を考えてるのかよく分からないしちょっとだけ苦手だった。
それでも思いきって歩に何があったのか聞いたみた。そしたら“俺が喋っていいことじゃない”ってそれだけ言ってあとはだんまり。ほんと、口下手にも程があると思う。
翌日になったら歩はいつもの通り起きてきて、白ヤギに餌をあげて頭を撫でてあげてた。
きっといつも通り、普段通りしてるつもりだったんだと思う。
けど歩の目の奥が、いつもと違った。笑ってるのに、笑ってない顔。笑い声をたてていても、全然楽しそうじゃない。
白ヤギが歩の異変に気づいてちょっと余所余所しいのにも全然気づかないの。歩は出会った時からずっと鈍感だったけど、あんな風じゃなかった。
だからもう一度だけ聞いてみたの。“どうしたの?何かあったの?”って。
でも歩は適当に話をはぐらかすだけで答えてくれなかった。
ヤギ達の世話の事でちょっとだけ縮まった歩との距離がまた遠くなってしまった気がした。
目を離していたら、あたしが知らない間にどこか遠くに行ってしまいそうで怖かった。
体はそこにあるのに、中身だけすっぽりどこかに消えていなくなってしまうような、そんな不安をずっと抱えてた。
だからあたし、ある時3人の後をつけていったの。
歩たちの帰りがどんどん遅くなっていくのに耐えられなくなったから。これ以上歩から目を離しちゃいけないって思って。
だって風刃ったら全然頼りにならないんだもん。歩は命の恩人だっていうのに本当に薄情よね。
老師は老師でボケたフリしてまったく相手にしてくれないし。子供だと思ってバカにしてるの?失礼な。
でも3人の走る速度っていつの間にかすごく早くなってて、ほとんど手ぶらでついていったのに見失わないようにするので精一杯だった。…ううん、正直なところ何度か見失っちゃったんだけど、それでも何とか見つけ出すことが出来た。やっぱりこれって日頃の行いがいいからだと思う。ふふっ。
でも…初めて見た歩たちの訓練は野バラの周辺でやってた時とは全然違ってた。
ガラの悪い男たちがキャンプしているところに音もなく近づいていって、次々に気絶させてしいったの。
あの弱っちい歩が、たった一人でよ?本当に一撃で、全員があっという間に倒れてしまった。
まさか夢でも見てるんじゃいかと思ってほっぺたをつねったけど、ちゃんと痛くて。じんじんするほっぺたをさすりながら様子を窺ってたら、老師が“まぁまぁじゃの。及第点といったところじゃ”とか笑ってるの。
風刃なんて歩を止めるどころか歩が気絶させたガラの悪い男たちの武器や装備品を次々と剥いでいくだけだった。風刃って無口だと思ってたけど、あんなこと平気でやる人だったの?
落ちた錆びた武器を拾って腕いっぱいに抱える歩に老師が言ったの。
“決行は明日の夜じゃぞ”って。
焚火の火を顔に浴びながら歩は黙って頷いてた。その顔がなんだかすごく怖くて。怖い顔って意味じゃなくて、無機物みたいな顔に見えたの。
だから分かった。歩がちゃんと笑わなくなってからずっとその時の為に準備してきたんだって。
そうして思ったの。絶対に一人で行かせちゃいけないって。
だって風刃も老師も歩があんな怖い顔してるのに平然としてるんだもん。絶対に任せられない。
歩がどこかに消えちゃわないように、あたしがちゃんと歩の手を掴んでなきゃ。そう決めたの。
◆
スクラ盗賊たちのアジトは高い山の上、断崖絶壁を背にして建てられていた。
出っ張った地形の先端のほうに高くそびえる塔が建ち、その手前を高く強固な壁で塞いでいる。たった一つだけある鉄格子付きの扉はロックされており、容易に侵入を許してくれない。
今はもう月が昇っているのでよく見えないが、塔の屋上や壁の上には外敵を排除するためのクロスボウ砲台が何台も設置されているらしい。かつて盗賊のボスを狙った者達はことごとくそれの餌食になったという曰くつきだ。
隠密の真価は日が落ちてから発揮されるものだ。闇に紛れ気配を殺し、敵に気づかせないまま背後に忍び寄る。万が一、事が済む前に発見されても砲台の的にならないためにも決行は夜だと言ったのは老師だった。
「門のピッキング、誰が行きますか?」
高くそびえる壁を数十メートル先に見ながら声を潜める。
まさかここで喋っても中の盗賊たちには気づかれないだろうが、外を巡回している部隊がいつ本部に戻ってくるかも分からない。作戦結構直前で神経が張りつめていた。
「当初はワシが行くつもりだったんじゃが、それより適任な者がいるのでそやつに任せることにした」
「は…?」
老師がこれから盗賊のアジトに突入するとは思えないほど軽い口調で言うので思わず首を傾げてしまった。老師の手にかかれば大抵の敵は赤子みたいなものかもしれないが、さすがに緊張しなさすぎだろう。
それに適任な者って誰だ?風刃か?
「ついてきとるじゃろ。ちっとあの門のロックを外してきてくれんかの」
老師が俺…ではなくそれより奥の暗闇に向かって手招きした。
俺もつられて背後を振り返ったら、そこに予想外の人物が姿を現わしたところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます