115 鎌風の活用法


「すみません。ちょっと我を忘れてました」

「仲間を探しに行って喧嘩売ってるようでは先は長そうだの」

「あははは…」


 飲み屋を出た俺達はリジンからオレガノへ向かう街道をひた走っていた。

 申し訳なく頭を下げた俺に老師は呆れた様子だったが、隣を走る風刃はそんな俺に真顔のまま声をかけてくれた。


「でも歩は間違ったことは言っていない。

 罪と国に縛られ腐って死んでいくより畑を守って死ぬ方が意味がある」


 風刃は山奥の農村の出身だ。

 獣の被害から畑を守るという考え方は子供の頃から深く刷り込まれて生きてきたんだろう。

 農民に肩入れする俺の意見に賛成してくれた。


「まぁ、スカッとしたのは確かじゃがの。

 酒に浸る暇があるなら体を動かし鍛えた方が何十倍も有益じゃわい」


 老師はそう言って豪快に笑った。アルコールが回ってきているのかもしれない。その姿勢はさすが鬼教官といったところだろうか。

 ちょっと前まではギルドの事務室に引きこもって事務作業をしていただけとは思えないご意見ではあるが。


 それでも自分の身を自分で守れる程度には体を動かしていたんだろう。

 今の俺じゃまだ全然歯が立たないもんな。


「それでもう訓練場所にできそうな場所の目星はついているんですか?」

「聖王国領とディゴ王国の国境付近がいいじゃろう。

 距離もちょうど半分くらいじゃし、通うのもそこまで不便ではない。

 今より脚力がつけば往復の時間も削れるじゃろうし、ちょうど良い」


 重い荷物を背負ってのランニング距離が増えるのはちょっとだけ憂鬱だったが、オレガノ近辺では風刃の訓練ができない。老師の地獄のトレーニング時間が削れるだけ良しとしよう。


「カリウム達の足ならば1時間といったところか。

 今のお前達であれば2時間あれば着くじゃろう。

 これまでより早い時間から採掘を始め、正午過ぎまで銅を掘る。

 昼寝をした後ディゴ方面へ走れば、夜にはオレガノへ帰り着けるじゃろう」


 採掘時間が減るぶん収入にも影響してしまうが、風刃が旅立つまでの期間限定だ。老師の言っていた通り、命を助けてもらった対価としては安いくらいだ。

 聖王国の視察やなんかで出費がかさんだが、しばらく干し肉生活をしていれば凌げるだろう。

 4人で聖王国に行けたおかげでヤギの餌である麦の在庫はまだある。風刃が旅立ってからしばらく特訓の時間を削れば取り戻せるだろう。もしどうしても足りないなら、ニュクスィーに頭を下げて金を貸してもらってもいい。


「それでじゃ、ワシはそやつの力が実際どんなものなのか詳しく知らん。

 知らんままでは訓練内容も決められん。

 より効果のある訓練にしたいんじゃったら、どんな力なのか詳しく教えるんじゃ」


 老師の言葉に風刃がこちらを見た。

 俺が黙って頷くと風刃はぽつりぽつりと鎌風の力のことを話し始める。足りない部分は時々俺が言葉を足し、俺達が二人三脚で説明するのを老師は黙って聞いていた。


「聞けば聞くほど不思議な力じゃな、その鎌風の力というのは」


 全てを聞き終えた老師の感想はその一言だった。

 まぁ俺もそれには同意なので、特に言う事はない。

 風刃からすると物心つく前からもっていて当たり前な力なので、むしろ俺達が力を持っていない方が不思議なのかもしれないが。


「俺達もまだ扱い方がよくわからない力なんです。

 だから何か気づいたことがあれば教えてもらえると助かります」

「ふむ。大体このあたりでいいじゃろ。

 実際に使ってみせるんじゃ。的は…ほれ、そこに古代の遺物が転がっておるじゃろ」


 俺が頼むと街道から脇に進路を変えた老師はごつごつとした大岩がいくつも転がっている場所に俺達を手招きした。大岩が影になって外部からの視線避けになる、訓練には格好の場所だ。

 そんな中、地中から残骸の一部を剥きだしている古代の遺物を指さして老師が指示した。

 いつも俺達が銅を採掘している遺物より一回りは大きい。


「え、これを斬るんですか?」

「握っている刀がボロボロになったんじゃろ?ならば同じ金属の塊であれば切れるじゃろう。

 ピッケルを振らんでも残骸の一部を持ち運べるサイズに出来るんじゃったら、オレガノ周辺で採掘するよりもしかすると儲かるかもしれんぞ」

「っ!」


 老師の発案はすでに目から鱗だった。

 俺は風刃の昔話を聞いても痛々しいと思ってしまっただけだったが、まさかそんな活用法があるとは。


「老師ってもしかしてすごい人ですか?!」

「もしかせんでもすごい人なんじゃ!

 今頃気づいとるんじゃないわい、まったく…」


 勢い余ってバカなことを尋ねてしまった俺に老師は怒鳴り声で返してきたが、不服そうな表情はちょっといじけているようにも見えて少しだけ申し訳ない気持ちになった。


 これからはもっと老師を尊敬することにしよう、うん。


「歩、試すから手伝ってくれ」

「うん。

 老師は危ないので少しだけ離れててください」

「うむ」


 俺と風刃が古代の残骸の前に立ち、プレートジャケットに覆われた風刃の手首を左手でそっと握った。


「低出力から試そう。

 回数を重ねるごとにちょっとずつ出力を上げていって、いけるところまで試す。

 でも俺が限界になったら名前を呼ぶから、そうしたら力を抜いてくれ」

「わかった」


 風刃が深く息を吐き出すのと同時に瞼を下ろし、集中する。

 足元でふわりと風が動いてところどころに生えている雑草が揺れて微かに音を立てた。

 風刃の力が手首から流れ込んできて、独特の感覚が全身を包んだ。回数を重ねたおかげか、それとも暴走しそうなほど強烈な1回を体験しているせいかそこまで不快ではない。

 ゆっくり右手で刀を抜くと銀色の刀身が目に見えない風の刃をまとっていた。


「ふっ…!」


 それを目の前の金属の塊に向かって振り下ろす。

 頭上から振り下ろした刀の軌跡に沿って見えない風の刃が地面に跡を残した。

 しかし硬い金属はビクともしない。

 目を凝らせば表面に細かい傷が入っているのは分かるが、それだけのようだ。


「次、もう少し強く」


 目を閉じて集中したままの風刃に声をかけると、足元の雑草がカサカサ音を立てたのを合図に全身の毛穴が反応し始める。

 俺は先程より強い風をまとう刀の柄を強く握り込んで再び大きく地面に向かって振り下ろした。


「ふんっ!」


 ガキンッ


 目の前の塊がいつか聞いたような鋭い音を響かせた。

 古代の残骸の表面には細かい傷と共に深い亀裂が入っている。もし同じ出力のまま刀を振り続ければ本当にピッケルなしで残骸を分解することができるかもしれない。


 ただ表面の傷が査定基準的にはまずそうだけど…。


 でもこればかりは鎌風の性質だから仕方ない。

 単純なウィングカッターというわけではなく、きっと刃が通った部分が一番多くダメージを与えられるだけなんだろう。基本的には無数の刃で何度も斬りつけるような類の力だからだ。


 さて、もう一段階上を試すか?

 今これだけゾワゾワしてるってことはちょっと怖いんだけど…。


 朝の抑えきれないほどの力の暴走を思い出すと足がすくむ。

 しかしそれでは実験にならない。命をかけて俺達に助力してくれた風刃の力になれない。

 だから俺は意を決して渇く口を開いた。


「次、今よりもっと強く」




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