116 鎌風の鎧
「次、今よりもっと強く」
俺が風刃の手首を掴みながらそう指示すると、足元の雑草がざわめき空に向かう風が巻き上がる。
それと同時に全身が総毛立つほどの力が左手から流れ込んでくる。
「っ…」
全身の鳥肌が止まらない。人知を超えた力だと全身が警鐘を鳴らしている。
現に右手の刀がまるで意思を持っていた生き物のように握った手の中から飛び出そうと暴れていた。刀身の周囲に渦巻く乱れた風の流れがその原因だ。
「…っ、てやぁっ!」
奥歯を噛み締めてそんな刀を抑え込むと、渾身の力で振り下ろした。
ドゴッ…
周辺の雑草がみじん切りされたネギみたいに舞い上がる中、目の前の金属の塊は鈍い音を立てて崩れ落ちた。
横にとか奥にとか、そういうのじゃない。包丁で真っ二つにしながら左右の塊を高速回転させたミキサーで細かく砕いていったように。
「風刃、もういいっ」
とにかく右手の中で暴れる刀を抑え込み続けるのが難しい。俺の手を離れたらその刃の周囲にあるものを無差別に傷つけるだろう。
俺が鋭く叫ぶと左手から流れ込んでいた力の流れが止まり、ようやく解放された俺はその場にへたり込んでしまった。
「歩、大丈夫か?
朝より弱くしたつもりだったが、まだ強かったか?」
「いや、大丈夫。でもさっきのが俺が扱える限界だと思う」
不安げな風刃の双眸が俺を見下ろす。俺は首を振って答えつつ、差し出された手をとって立ち上がった。
正直に言えば、まだジャケットの下の腕には鳥肌が立っている。もうその手を掴んでも何もないと分かってはいても、本能的に心のどこかで怯えてしまう。そんなはずはないのに。
「ふむ。改めて見ると凄まじい力じゃの」
バラバラになった金属片の山から一つを手に取って老師が唸る。
古代遺産の残骸であった金属の塊は今や細切れにされた金属片に変わっていた。
もともと塊の表面にあった部分には小さな傷もはいっていたが、それより奥の部分のものは乱切りされた野菜みたいに尖っている。これがたった一瞬で切り刻まれたなんて言っても、きっと誰も信じないだろう。
手のひら大に細かくされた金属の山を俺も一つずつ眺めてみる。薄い紙一枚ならすっぱり切れそうな鋭さだ。扱いに気を付けないと指を切るかもしれない。
「切っ先が折れたカリウムさんの刀は見せてもらいましたが、まさかこれほどとは」
「あれは少し使い方が違う」
俺が思い出しながら呟くと、ブーツの先で金属片を転がしながら風刃が説明してくれた。
どうやら鎌風の力を極限まで体の中に溜め込むと体の周囲に鎌風を鎧のように纏うことが出来るようになるらしい。そこまで集中して力を溜め込むと足元から湧き出す不思議な風がとても強くなって体をその上に浮かせることができるようになるらしい。人間らしくない動きだとは思っていたけど、まさかそんなからくりだったとは。
「だけど鎌風の力を纏うと自分も傷を負う。長くは維持できない。
足を怪我して動けなくなった時とかに使う、最後の手段」
「そういえば足に噛み跡があったな。ボーンウルフの群れにやられたのか?」
鋭い犬歯につけられたであろう風刃の足の怪我を思い出ながら尋ねてみたら風刃は頷いて肯定した。
「ボーンウルフ達は賢い。
まず獲物の動きを止め、それから喉笛に噛みついて確実にとどめを刺す。
動きも素早いから鎌風の力もなかなか当たらなかった。
捨て身になって鎌風の威力を上げ全体攻撃に切り替えていなければ、命を狩られていたのは俺のほう」
初めて見る不可思議な力の前で動揺することしかできなかった俺達とはまた違う修羅場を経験していたらしい。
あの時、捨て身の戦法をとって生き延びた風刃を刺激しなくて本当に正解だったんだな…。
“危害を加えるなら殺す”―――俺が本能で感じていたことは間違っていなかったらしい。
この世界は本当に命の綱渡りをしなきゃいけない場面が多すぎる。
「何が引き金になっとるんかのう。
着ている衣服はおろか触れている歩や刀も傷つかんのに、直に刀に触れると粉々にしてしまうとは」
金属片を眺めながら溜息をついた老師の言葉で解決すべき問題へ意識が戻される。
老師の言葉は見たままの情報を俺達に再確認させてくれた。
「俺も一度だけ体験しましたけど、力の発現って肌が触れてる空気に力を押し出す感じなんですよね。
力を発現しようとしなければ肌の外に吹き出すことがないので、結果的に自分の肌も傷つけない、ということは分かるんですが」
「これまで出た情報を合わせると、そやつが1人で集中し宙で手刀を振っても同じ現象が起きていいはずなんじゃ。じゃが、それはできんのじゃろう?」
老師に話を振られた風刃が瞼を下ろして深呼吸し、僅かな風を纏いながら足元に向かって手刀を振るが何も起きない。
「歩は自分の役割を“変換器”と言うたが、流れ込んだ力を本当に無意識にどうにかしてるんじゃないかのう」
「どうにかって、どう?」
「それが分かっとったらとうに言うとるわい」
思わず答えを急いてしまったら老師に睨まれた。
そりゃそうだ。
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