114 戦士の誇り


「ですからディゴ族にとって角がどういうものなのかよく分からないんです。

 良ければ後学のために教えてもらえませんか?」


 尋ねた俺に目の前の席に座るディゴ族はジョッキを揺らしながら酔った目で俺を映した。

 その目が少し濁ったように見えるのは果たしてアルコールのせいなのだろうか。


「もし戦場で自分以外の戦士たちが全て倒れ、自分より強い敵に周囲を囲まれたとしたらお前ならどうする?」


 質問に質問で返された気分だがはぐらかしているような様子もないので、俺は顎に手をあて投げかけられた問いに対して自分なりの答えを探した。


「周囲に倒れている戦士の中に意識がある人がいれば、その人たちと一緒に敵の包囲の薄い所を狙って突破します」


 強いというのがどの程度の力量差なのかはわからないが、敵といえど味方に攻撃があたる危険があれば無暗に武器を振り回したりはしないだろう。戦力で負けている自分達にできるのはその隙を突くしかない。


「突破してどうする。逃げ出すのか?

 命からがらその戦場から逃げおおせたとしても、いずれお前の棲む町は敵に攻め滅ぼされるぞ」


 その目には小馬鹿にしたような、酔っ払って刃物をするような危うい光が宿っていた。

 相当に酔っているのか、それともディゴ族とはこういう民族なのか、それもまだよく分からない。


「攻めてくるようなら応戦します。仲間と十分な武具、食料をかき集めて全力で守ります。

 敵がどれほど強大でも絶対に弱点があるはずです。だから絶対に諦めません」


 この手を伸ばして守れるものなんて僅かかもしれない。

 けどオレガノにはマスターや町に暮らす人達がいて、イオレットさんを始めとする盗賊ギルドのみんながいる。

 皆で力を合わせればむざむざ全滅して一方的に奪われるような結果にはならないだろう。


 そういう意思を込めてその目を見返すとジョッキを揺らしていたディゴは僅かばかり口角を持ちあげた。


「私は1人、戦場で生き残ってしまった。

 他の屈強な戦士たちは血の海に倒れ、目覚めた時には前線のテントは破壊され火の手が上がっていた。

 連なる躯の中に生存者はなく、国に戻った私は戦場から逃げた卑怯者とレッテルを貼られ角を折られた」


 ジョッキの中の水面を映すその目の奥に遠い日の炎が揺れていた。

 自身も血に濡れながら一人一人の遺体に声をかけ揺さぶり続けた彼女の心境は、俺には想像することしかできない。


「それからの日々は灰色だ。ろくな味もしなければ匂いもない。

 まるで檻に投獄された奴隷のようだ」


 そんな彼女の独白に周囲が薄笑いを浮かべた。声をたてて大笑いするでも、指さして嘲笑するでもない。もっとうすら寒くなる笑いだった。


「俺は今日初めてディゴ王国とディゴ族に出会いました。

 俺の見ている世界は昨日よりまた少し広くなったように思います。

 あなたもこの町に縛られず、旅でもしてもっと視野を広げたらどうでしょうか。

 今とはまた違ったものが見えてくるかもしれませんよ?」

「敵から逃げ、戦場から逃げた私にこの国からも逃げろというのか!」


 激怒した彼女がジョッキをテーブルに叩きつけると中に残った酒が周囲に飛び散った。

 今にも噛みついてきそうな視線をに負けないように見つめ返す。


「ディゴ族の誇りというのは国の為だけに生き、そして死ぬことなんですか?

 一度の敗北のせいで一生を酒で塗りつぶすのが正しい姿なんでしょうか?」


 俺はそうは思わない。

 挫けても立ち上がれる人間の方がきっと強い。


「聖王国では麦が1キロいくらで取引されているか知っていますか?たった20コマンです。

 けれどその麦は痩せこけた農民たちが必死に畑を耕し、獣から守り抜いた大事な麦なんです。

 俺が訪れた農村ではレッサーラプターの群れに収穫前の麦が全て食べられてしまいました。

 それでも彼らは加勢した俺達に礼を言ってくれました。

 俺達の助力のおかげで死人が出なかったと涙を浮かべて感謝されました。

 もしあの時、あなたのような強い戦士がいてくれたなら、畑の麦は守れたかもしれません」

「パンごときの為に戦えと?笑わせるな。そんな戦いのどこに誇りがある」


 俺の言葉を彼女は獣じみた顔で嘲笑った。

 だけど俺は構わずさらに言葉を続ける。


「あなた達だって毎日パンを食べるでしょう?

 戦の糧食となるブロック栄養食だって麦が原料になっているんですよ?

 将来、屈強な戦士となる子供達だってパンを食べて成長するはずです。

 麦畑を守る戦士と日がな一日飲み屋の椅子を温めている者と、どちらが誇り高いですか」


 つい言いすぎてしまったのかもしれない。

 俺自身、知らない間に熱くなってしまっていたんだろう。

 気づいたら隣に座っていた老師が痛いくらいに俺の手頸を握りしめてこちらを睨んでいた。


 無言の圧に一気に現実に引き戻され、周囲の席に目をやると剣呑な空気が店中に充満していた。

 これ以上、誰か何か一言でも言葉を発したら乱闘になるかもしれない。


「…言いすぎました。すみません」


 目の前で俯いたまま一言も発しない彼女に小さく頭を下げ、2人に目配せして俺達は足早に飲み屋を出た。




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