113 リジンの飲み屋


「さて、次はどこに寄るんじゃ?」

「あと酒場にちょっとだけ。どんな人がいるのかさっと見るだけですけど」


 カリウムが屈強な戦士の仲間が欲しいのであればディゴ族だと言っていた。

 聖王国に度々麦を買いに行くのであれば大量の麦を運べるだけの筋力とボーンウルフや盗賊に立ち向かえる戦闘力があると助かる。


 まぁ、俺達を見て喜んで仲間になってくれるようなディゴ族はいないかもしれないけど。


 彼らからすると俺達はガルボアさえ倒せない脆弱な人種なんだろう。

 これまでに出会うディゴ族の対応を見ると大体そんな感じだった。

 強さを求める彼らが仲間になってくれる可能性は低いかもしれないが、まぁ覗きに行くだけなら問題はないだろう。


 そうして俺達は飲み屋へ足を向けた。

 店内に入ると中はオレガノのパブとは比べるまでもなく広々していた。

 体格のいい客たちは相席している様子もなく広々と二人掛けサイズのベンチを一人で使っている。聖王国の飲み屋に比べれば多少空席も見えるが、店は繁盛していそうだ。


「…取引しに来たのか、のっぺり族」


 俺達を迎えたのはこちらを鋭い目つきで見据えるディゴ族の店主だった。

 のっぺら族というのがどういう意味かは知らないが、ディゴに入ってからさんざん言われ続けてきたのできっと純血種をバカにした言い回しなのだろうということくらいは察している。

 が、客商売である以上は相応しい態度があると思うんだが…。

 それともそんなところもこの王国では文化風習が違うんだろうか?


「グロッグを1杯。2人はどうしますか?」


 酒場に入った以上は一杯くらいは呑まないと気まずい。

 2人には付き合ってもらっているので飲み物くらいは奢ったほうがいいだろう。

 特に風刃はここまで走ってきて喉が渇いているだろうから。


「ワシも同じものでいいぞ」

「何でもいい」

「じゃあグロッグ3杯で」

「ほらよ」


 3杯分の代金をのせるとそれを引き取った店主がステンレス風の金属ジョッキを豪快にカウンターにのせた。勢いがつき過ぎたせいで上擦ずみの2割くらいの酒が零れる。店主の顔を見るに嫌がらせのつもりなんだろうが、片付けのことを考えるとそっちの方が面倒そうで思わず呆れて笑ってしまった。


「なにがおかしい、のっぺり族」

「いいえ、別に何でもありませんよ?」


 中学生が考え付きそうな程度の低い嫌がらせですね、なんて言ったってどうせ通じないだろう。

 それに揉め事を起こすのは本意ではない。風刃に恩返しするためにも修行の場所を確保しなくちゃならないのだから。


「さぁ、呑みましょうか」


 2人にジョッキを手渡して空いている席を探すと、自分の隣には来るなと言わんばかりに二人掛けのベンチのど真ん中に座り直すディゴ族の客がチラホラ。嫌がっているところに無理矢理割り込む気はないが、電車の座席に大の字で座って3席分を1人で陣取っている不良学生を思い出してしまった。


 本当の強者ならわざわざそんなことをしないってことを理解していない連中なんだな。誇り高きディゴ族もピンキリってことか。


 けれどそれは仕方のないことだ。人の性格や能力なんて十人十色で当たり前なんだから。


「あ、あそこが空いてますよ。

 すみません、相席お願いしてもいいですか?」


 空席を探して店内を歩いていると、ほどなくして3人が座れる席を見つけ出すことができた。

 4人掛けの席には先客が1人。

 席に座っているのはディゴだが声をかけても顔をそらすだけで特に拒否する言葉はない。

 チラッと横目に老師を見ると用心深く頷いたので、俺も先客の様子を見ながらゆっくりとディゴ族の前の席に腰を下ろした。


「…何をじろじろ見ている。角がないのがそんなに珍しいか」


 ジョッキをテーブルの上に戻しながら据わった目で彼?彼女?は俺を睨んだ。

 言われてよく見れば、確かに顔の側面から伸びているはずの角が途中で全て折れている。

 雷型のそれがないだけで顔面の圧迫感は薄くなり、だいぶ印象はスッキリしていた。


 他のディゴ族と違って生活しやすそうですね、なんて言ったら怒られそうだな…。


 しかし正直な感想はいらぬ火種を生みそうだ。

 俺はグロッグで喉を潤しながら適当な言葉を探した。


「角がないのが…というよりディゴ族を見たのが今日が初めてなので、見るもの聞くものが全て珍しいんですよ。

 これまでオレガノや聖王国領から出たことがなかったので」

「のっぺり族は脆弱な上に排他的だからな。

 商隊や傭兵に混ざって1人2人混ざっていればいいほうだったんだろう」


 目の前のディゴ族が笑うと聞き耳を立てているらしい周囲にも薄い笑いが生まれた。


 実際、この目で多民族を迫害する聖王国民を見たことはない。

 だが同族の女性を肉体的精神的にボロボロになるまで抑圧しているのは知っているし、多民族への対応はもっとひどいと話として聞いている。

 聖王国の街や村に純血種以外の民族がほとんどいなかったのは、彼らと共に旅する者達が聖王国をルートから外すとか一時メンバーを分けているとかして配慮しているのかもしれない。


 同族の女性をまるで家畜みたいに扱っていたもんな。イオレットさんもすごく怒ってたし。

 あれより酷いなんて、ちょっと想像つかないけど…。


 けれどイオレットさん達がディゴ族の入国を難しいと考える程度にはひどい扱いなんだろう。

 俺達がこの王国に足を踏み入れてから受けた不快な態度よりもっとひどいのかもしれない。


 聖王国は自分達の事を純血種と呼ぶくらいには選民思想が根付ている国だ。

 国教でもあるローレン教の聖書の中では、純血種以外の他民族は全て悪魔に堕落する前の女神がいたずらな好奇心によって生み出した種族だと記されている。

 真実はどうあれ、ローレン教の信者たちの中にはそれを信じている者達もいるだろう。


 体が大きく力もあるディゴ族に対してまさか暴力は振るわないだろうが、不当な扱いをしようと思えば方法はいくらでもあるだろう。

 あからさまな陰口や子供じみた嫌がらせはその裏返しという可能性もある。


 知れば知るだけ膿が浮き彫りになるな、聖王国。

 あんなに豊かな国なのに、本当になんであんなに歪んでいるんだろう…。


 まさか他国に来てまで聖王国の闇をみるとは…と俺は心の中で小さく溜息をついた。




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