112 リジンで買い物


 ディゴ族の街リジンの門前には屈強なディゴ族の男たちが腕を組んで仁王立ちしていた。

 その背中には俺の身長ほどもある大剣を背負っている。その屈強な筋肉が無ければおいそれを振り回す事すらできない代物だろう。

 体格差以上の差を見せつけられたような気がしてもう苦笑いしか浮かんでこない。


「荷物チェックだ。禁制品を持ち込んでいないかチャックする。

 大人しくしろ」


 中央に立っていた男がそう言うや残りの男たちがあっという間に俺達を取り囲んだ。

 屈強な男たちに囲まれると身長差のせいで圧迫感が凄い。


「いいですよ。どうぞ確認してください」


 抗う理由もないので大人しく木製バックパックを渡すと、門番らしき男たちは中にぎっしり詰められた銅を見て興味を失ったように俺達にそれを返した。

 そして残っている男たちが大きな手を伸ばしてきて俺達の体をまさぐる。腰につけた刀には興味すら示さないのに随分と用心深いチェックだ。


「禁制品の持ち込みはないようだな。行ってよし」

「どうも」


 検問から無事に解放されると木製バックパックを背負い直し、風刃と一緒にリジンの街に入っていく。老師はそんな俺達の前を走って俺達を誘導した。


「すごいところに街を作ってるんですね、ディゴ族は」


 リジンの街の左右には高い山が巨大な壁のように連なっていて、その山肌に沿うように建物が並んでいる。道はまっすぐに伸びており、遠くにはリジンのもう一つの門が小さく見えた。


「リジンは土地の利を生かして作られた街じゃ。

 首都のマグドも地形を上手く利用しとる。

 ディゴ族は天然の要塞を利用するのが得意なのかもしれん」


 戦闘民族という話だったから、昔から他民族と争うことが多かったのかもしれない。

 老師がそんなことを喋っている間に俺達は目的の防具屋に辿り着いていた。


「いらっしゃ…なんだ、のっぺら族か。

 この店にはお前らがお探しの軽くてガルボアの攻撃を弾くほどの硬い鎧はないぞ」


 店に入ると店長らしきディゴ族が迎えてくれたが、俺達の姿を見るなりあからさまに肩を落として邪険にした。

 その対応から察するに、どうやら“純血種はどいつもこいつも弱いくせにガルボアを狩ろうとする愚か者たち”という認識が一般的らしい。

 訪れる店の全てでこういう対応をされるのかと思うと今から気が重い。


「構わん。装備を見せてくれ」


 老師がそう言って促すと大袈裟に肩をすくめて周囲の笑いを誘った店長がようやく品物の鎧を見せてくれた。

 並べられたのはどれもこれも重そうな重鎧ばかりだ。街を歩くディゴ族たちも似たような鎧をまとっていたので、ディゴ族の間ではこのタイプがスタンダードなのだろう。

 しかも見るからに品質が良くない。一瞬、わざと不良品を売りつけようとしているのかとも思ったが、カウンターや陳列棚に並ぶ鎧はどれも似たような品質のようだった。


 屈強な者が多い戦闘民族だが、手先の器用さが求められる武具制作は苦手ってことなのかもしれないな。

 ペドが仕入れてくる鎧とは全然品質のレベルが違う。


 俺は先日ペドから売ってもらったばかりのプレートジャケットの表面を撫でながらこっそり笑みを浮かべた。意外なところでペドの商人魂が垣間見れて嬉しかったからだ。


「おぬしの筋力を鍛えるための鎧じゃ。

 これを着たまま盗賊と戦うこともあるかもしれん。慎重に選ぶんじゃ」

「わかった」


 老師の言葉に素直に頷いた風刃はあれこれ試した後、防具をいくつか買い取った。


 風刃が買ったのは俺と同じ黒いプレートジャケットとぶ厚いデニムズボン、そして袴に似ただぼっとした厚手のズボンだった。

 プレートジャケットに関しては俺の着ているものより多少品質は落ちるようだったが、それでも俺がペドから買い取ったのと同じくらいの値札がつけられていた。

 合計で7200コマンのお買い上げだ。


 重鎧はいくつも試着してみたらしいがどうも品質に納得いかなかったようだ。

 はた目から見た俺でもちょっと…と思う雰囲気だったので仕方ないだろう。

 老師とは話し合い、木製バックパックを背負ったまま訓練にすることで重さを補うつもりのようだ。

 ちなみにここまで着てきた服はどうするのかと思ったら持って帰るつもりらしい。

 着替えができたと喜んでいるようなので、最初から下取りに出すつもりはなかったのだろう。


「さて、買う物も買ったし帰るかの」


 防具屋から出たところで老師がそう言って伸びをした。

 どうせ帰りも俺の背中に乗るのだろうに、それでも肩が凝るのだろうか?


「すみません。リジンまで来たのでちょっと寄りたい店があるんですけど、いいですか?」

「構わんぞ。ではさっさと済ませるか」


 俺はまず旅行用品店に向かい、聖王国でそうしたようにディゴ王国領の地図を買い求めた。

 そして驚く。土地の広さに対して街として表記されている場所が極端に少ない。


「ディゴ王国って街や集落の数が少ないんですね」

「他民族に滅ぼされた集落もあるからの。

 あとは戦士として砦で生活している者も多い」


 老師に言われてよくよく見てみると砦のマークで示された場所が多い。機密情報でもあるだろうからこれが全てではないのかもしれないが、だとしても多い。

 さすが戦闘民族ということなのだろうか。


 俺がそんなことを考えていたら老師の指先がディゴ王国領の南端に位置する砦を指さした。


「このあたりには大きな砦が多いじゃろ。

 老いたディゴ族の戦士は皆、死地を求めて南に向かう」

「死地?」


 穏やかならぬ言葉に眉を寄せると老師は静かに頷いた。


「ディゴ族は戦闘民族ゆえに戦地以外で死ぬことを恥と考えるのじゃ。

 ディゴ王国領の南には巨大な虫共が闊歩するおそろしい山脈があっての。

 そのどこかにディゴ王国の国賊とも言える屈強な指名手配犯がおるんじゃ。

 その者の討伐に向かい、戻ってきた戦士はおらんらしい」


 どうせ死ぬのであれば畳の上で死にたいという文化で育った俺には理解できない精神構造だ。

 老いてなお戦いを求め、恐ろしいモンスターが群れる山に分け入るとは骨の髄まで戦闘民族ということなのかもしれない。


「何がそこまで彼らを駆り立てるんでしょうか?」

「誇りさ」


 老師に向かって投げた問いかけは俺達の会話を聞いていたらしい店主の口から返された。

 彼もまたディゴ族の一人で、その目には強い光が宿っていた。


「ディゴの歴戦の戦士たちは他を圧倒する強さで苦難を切り抜けてきた。

 その英霊に負けないよう強く生き、そして死ぬ。それがディゴ族の誇りだ。

 お前らのっぺら族には我々の崇高な精神は理解できんだろうがな」


 たとえどんな職業を選ぼうとも生まれながらの戦士ってことなのかな。

 共感はできないけど、理解はできそうな気がする。


 少なくとも聖王国の文化風習よりは健康的な気がした。

 むしろ聖王国がどうしよもなく病みすぎなのかもしれないけど。


「確かにその生き方を真似しようとは思いませんが、否定しようとも思いません。

 種族によって得手不得手があるのなら、互いに補い合って生きていけばいいだけですし」


 まぁ、それが無理だから争い合ってるんだろうけどな。


 理想は理想だ。実現できてもできなくても、それぞれにメリットデメリットはあるだろう。

 案の定、店主は呆れ顔で腕組みしたままもう返事をしなかった。

 俺の言葉が虚しい絵空事に聞こえるほど、この世界は荒廃してしまっているのかもしれない。


 目的のものを買った俺達は黙って旅行用品店を後にしたのだった。




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