111 ディゴ族の土地
「ふむ。ではさっそく今夜からディゴ方面に向かうかの」
イオレットさんたちと別れ、いつものように採掘現場まで来た俺達はすぐに老師に訓練の話を持ちかけてみた。そうして返ってきた返事が上記のそれだった。
「えぇっ!?
俺まだこの辺の追剥達にだって勝てないんですよ!?
急にディゴに行って盗賊たちに襲われでもしたら…」
老師はついてきてくれるだろうが、基本的に俺に指示を出すだけだろう。
仮に手助けしてくれるとしても俺が半殺しにされてからに違いない。
“錆びた剣で斬られると痛いし、治りも遅いんだよね~”と顔をしかめて話していたナッツさんの言葉が蘇って身震いしてしまう。
「お前が追剥たちを刀で斬れんとビビっとるからじゃろうがっ!」
そんな俺をいつものように一喝して凹ませた老師は咳払いして平静さを取り戻した。
「このままここで訓練を続けておったとしても能力の伸びは頭打ちじゃと思うとった。
丁度良い機会じゃ。
そやつの装備も買わねばならんし、ディゴ周辺の下見を兼ねて今夜からディゴに通うこととする。
帰りのことを考えればあまり遅くもなれん。
昼まできりきり銅を掘っていつもの稼ぎを確保するんじゃ」
「了解した。それで俺はいくら払えばいい?」
老師の暴論にいつもの無表情で頷いた風刃は老師と依頼料の話を始めた。
毎日ずっと俺の採掘作業に貼りついている老師は風刃の稼ぎもおおよそ知っている。
2人の交渉は老師の言い値を風刃が受け入れたことですんなり決まった。
老師ってきちんと依頼したらあんなに高いのか。知らなかった…。
地獄のように訓練がきついので今までは文句を言いこそすれありがたいと思う気持ちは紙一枚の薄さと同等だった。
が、あんなに高いのであればもう少しありがたがるべきなのかもしれない。
「あの老師、俺そんなに払うとヤギ達の餌代が…」
「お前は別じゃ」
俺がおずおず切り出すと老師は不機嫌そうに顔を背けた。
「とっさの機転でボーンウルフ共を蹴散らし、血路を開いた。
こやつを拾った時も結果的にイオレット達の命を救っとる。
命の対価としては安いもんじゃ」
フンと鼻を鳴らしていたが、腕組みしてそっぽを向く姿はどこか憎めないところがあった。
「でもボーンウルフ達を撃退できたのは風刃が協力してくれたからで、別に俺は何も…」
あの時もし風刃がすんなり力を貸してくれなかったらまた事態は変わっていただろう。
たくさんのウルフ達に囲まれ足を噛まれて動きが鈍っていた老師などは危険だったかもしれない。
「だからこやつもまとめて特訓してやることにしたんじゃろうが。
普通なら門前払いじゃぞ。いくら金を積まれてもお断りじゃ」
老師はそう言いながらスタスタ俺の後ろに回り込むと木製バックパックを改良して作った特等席に飛び乗った。
不機嫌そうな顔をしているので不本意なのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
風刃と顔を見合わせた俺は思わず声を殺して笑ってしまった。老師も素直じゃない。
「ほれ、さっさと採掘を始めんか!
今日は忙しくなるぞ!」
「老師~。せめて降りてくださいよ~」
「これもトレーニングじゃ。キリキリ走れぃ」
俺と風刃は老師に促されてディゴへと走って向かっていた。
それは別に脚力を鍛えるためのトレーニングとして受け入れられるのだが、背中のバックバックには老師が座ったままだ。ぎっしり詰められた銅の重さも相まってとにかく重い。せめて銅だけでも売って軽くしたいのだが、それは老師が許してくれなかった。
これは絶対に老師が楽をしたいだけなんだと思うけど…。
なまじ老師を走らせたら俺たちなど余裕で置いていってしまうスピードなので、何も言えない。
隣を走る風刃も木製バックパックに採掘した銅をぎっしり詰め込んでいて、その額には珍しくうっすら汗が浮かんでいた。
「風刃、大丈夫か?」
「あぁ、周囲に人の気配はない」
俺が心配して声をかけたが、風刃は別の意味で受け取ったらしい。
俺より目がいい風刃は走りながら周辺を警戒してくれているらしかった。
そういう意味じゃなかったんだが…まぁいいか。
俺も自分なりに周囲に視線を配ってみる。
ディゴの地域に入ると岩場が増え始め、異様な長さの棘を生やしたサボテンやアンモナイトの化石に似た大岩がちらほら地面から突き出している。
ろくに整備されていない街道を走っていると時折ガルボアの群れに出くわした。
ガルボアは鋭い角と全身に硬い鎧をもつ猪に似た獣だ。ディゴはオレガノ周辺よりは草木が生えているので、食料には困らないのだろう。刺激しなければ無害なのか、近くを通りかかってもこちらの姿を確認するだけで特に近寄ってくることもなかった。
しばらくそうして無言で走っていたのだが、不意に風刃が前方に目をこらして声を発した。
「なんだ、あれ」
「うん?」
風刃にならって俺も走りながら目を凝らしてみたのだが、よく見えない。しばらく目を凝らしながら走っているとようやく人影らしきものが見えた。
「うおっ!?なんだ、あれ!?」
驚きのあまりその姿を確認して大きな声が出てしまった。
街道沿いに前方から走ってくるのは2メートルをゆうに超える屈強な男たちの集団だった。見るからに重そうな重鎧を身にまとい、軍隊のように隊列を組んで走ってくる。
しかし驚くべきはその顔だった。顔の側面から角のようなものが突き出して頭の後ろの方に流れている。それも何本も。焦げ茶色色のいかつい顔から何本も生える白い角。その一本一本が雷のギザギザ型をしていて、うっかり気を抜いたらどこかに引っ掛けてしまいそうだ。とても兜のようには見えず、かといって特殊メイクだとしても必要性が理解できない。
戸惑う俺の背中から老師の声がした。
「ディゴ族じゃ。このあたりを巡回している部隊じゃろ。
ここらはディゴ族の国じゃから、これから先はあぁいう人種を腐るほど見るぞ。
生まれついての戦闘民族じゃが、大人しくやり過ごせば襲われることはない。
こちらを侮って舐めた口を聞く馬鹿もたまにはおるが、おいそれを騒動を起こしてはここらで特訓はできんじゃろう。慣れることじゃ」
ディゴ族は屈強な者が多いが純血種でない故に聖王国では動きにくいと言っていたのはイオレットさんだったか、カリウムだったか。
しかしその外見を見て俺はその言葉の意味をようやく理解した。あれだけ俺達と違う見た目をしていれば排他的な聖王国では歓迎されないだろう。
俺達は黙々と足を進めていたが、互いに走っているのでディゴ族の部隊とすれ違うのにそう時間はかからなかった。
「おい、のっぺら族がディゴの地を走っているぞ」
「またガルボアを狩ろうとする命知らずか?
怒ったガルボアを引き連れて駆けこまれても門番達が苦労するんだ。さっさと出ていけ」
集団で走っている中の誰かがしゃべっているのか、そんな声が聞こえたと思ったら同意するような笑い声が響いた。
そんな集団を先頭を走っていた目つきの鋭い男が振り返って叱責する。
「任務中だぞ。私語は慎め」
「ヤヴォイル」
聞き慣れない単語で部下と思わしき男たちが返事を返す。
最後のルの音はルなのかレなのか聞き取れないほど小さな発音だった。意味は英語でいうところのイエッサーみたいな感じのようだ。
上官っぽい男の任務中という言葉の通り、彼らはこの周辺を警戒して巡回している部隊なんだろう。
集団で走る彼らと黙ってすれ違う。
互いに無言だったが、先頭を走る一際屈強な男はその鋭い眼光で俺達を睨みつけていった。
何だろう?俺たち何もしてないよな?
俺たち自身に身に覚えがなくとも、部下達が笑ったように他の純血種の人間たちに日常的に迷惑をかけられているせいで目の敵にしているということも考えらえる。
うーん…聖王国とはまた違う意味で面倒そうだな、ディゴ。
俺は遠くに見え始めた町の門を眺めつつ、心の中でひっそりと溜息をついた。
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