110 ナッツ先輩とギルド登録


「ナッツに感謝するんだな。

 最悪の展開を未然に回避できたのは血相を変えてあたしの所に駆け込んできた彼のおかげだ」

「ホントにビックリしたよ、もー」


 イオレットさんの隣で童顔ギルド員のナッツさんが“メッ”という顔で人差し指を立てた。

 イオレットさんの厳しい表情が和らいだのとナッツさんがわざとふざけてくれたことで空気が軽くなった。


「すみません。助かりました」

「歩はもっと自分の無知を自覚して、今度から新しいことを始める時は誰かに相談してくれ。

 あまりに常識を知らなさすぎて、周りは気が気じゃない」

「はい」


 イオレットさんの注意にも面目ないと苦笑いを浮かべることしかできない。

 そんな俺の肩をイオレットさんの手が励ますように軽く叩いた。


「歩はもうオレガノの住人だし、パブで飲んでる人たちも悪いようにはしないさ。

 ボクらも君の仲間だしね。困ったことがあったら頼ってよ。

 先輩として頼れるところを見せてあげるからさ」

「はい。よろしくお願いします、ナッツさん」


 胸を張って軽く拳で叩いて見せながら先輩面をするナッツさん。

 今まではどちらかというと童顔フェイスも手伝って子供っぽい所が目立っていたけど、困った時は年長者として頼らせてもらう事にしよう。


「それでさっそく相談なんですが、鎌風の力の訓練に適した場所ってどこかないですか?

 あと少しで旅費が貯まるみたいなんで、風刃がオレガノを発つ前に一人でも力を扱えるようになるよう手伝いたいんです」


 俺が質問すると2人はちょっと考え込んだ。


「聖王国領から出ることは前提として、通いやすく、危険な外敵がなく、人目につかない所か」

「南のラッシュ方面は近づきすぎると危険だよ?

 地面がぬかるんでる上に赤い悪魔って呼ばれてるモンスターもいる。

 奴ら、単体なら弱いけど数で攻めてくるから熟練者でも気を抜くと死んじゃうんだ」

「東の峡谷方面は赤い雨が降り続けているし、人食い怪鳥もいるな。

 西の黒い砂漠も強い酸性雨と落雷が降りやまない。壊れた警備ロボットも徘徊している」

「北西は深い霧が立ち込めてるし、あそこにもたしかポールに人を括りつけて生きたまま喰うって人食い族がいたはず」


 2人が次々と列挙していくが、その暗い表情を見るにとても過酷な環境のようだ。

 以前カリウムが“歩がオレガノに辿り着けたのはたくさんの幸運が奇跡みたいに積み重なった結果だ”みたいなことを話していたけれど、本当にこのオレガノという土地は周囲を厳しい環境の地域に囲まれた場所だったらしい。

 オレガノは周囲が荒野で農業こそ難しいが、旅の行商人達のおかげで稼ぎのアテさえあれば生活には困らない。聖王国のような独特の文化風習に苦しめられることもなく、周囲に出る敵といえば痩せ衰えた非力な追剥くらい。

 もし俺がこの世界にはじめて連れてこられた場所が他の地域だったら、近隣の町に駆け込む前に野垂れ死んでいたかもしれない。


 さすが理不尽世界…侮れないな。


「となると…一番安全なのはやはり東のディゴ方面か。

 旅の行商人たちもよく通るが街道を少し離れてしまえば人目も無くなるだろう。

 ただしディゴの巡回部隊の巡回ルートからも外れるから、盗賊に襲われる危険が高い」

「盗賊たちがもってるのは錆びたなまくら剣なんだけど、ろくに手入れしてないせいで斬られると痛いんだ~。傷の治りも遅いしね」


 ナッツが思い出したように顔をしかめているけど、俺はじっとりと汗をかいた。

 追剥達はせいぜい鉄パイプを振り回しているだけだったけど、盗賊たちは刀で斬りかかってくるという。思わずはだけていたプレートジャケットのボタンを閉めた。


「例の力の訓練をする前にディゴ周辺に出没する盗賊に対して十分対応できるだけの戦闘力をつけるのが先だ。

 聖王国領内にも似たような盗賊連中やボーンウルフの群れが出るから、旅をする上でも決して無駄にはならないだろう」


 イオレットさんが風刃の顔を見ながらそう告げると、風刃はちょっと考えるように沈黙した後で静かに頷いた。


「老師に話をしてみろ。歩たちでも十分対処できるように鍛えてくれるだろう。

 ただアンタに関しては私の方から口添えすることはできない。自分で老師に請け負ってくれるように頼んでみるんだな」

「わかった。情報感謝する」


 イオレットさんのアドバイスに風刃は無表情で頷いていたが、俺は胸に小さな引っかかりを覚えた。

 どうもイオレットさん達の対応に見えない壁を感じる。ずっと風刃に関して一線引いた対応を続けている。俺に対してはとても親切な分、余計にそう思うのかもしれない。

 それは風刃が盗賊ギルド員でないからなんだろうか。


「イオレットさん、盗賊ギルドって1万コマンを支払えば誰でも登録できるんですよね?

 風刃も故郷に帰り着くまではお世話になることが多いでしょうし、盗賊ギルドに誘ってもいいですか?」


 盗賊ギルドに登録する時、イオレットさんはそのメリットを“仲間を得られることだ”と言っていた。故郷を目指す風刃にとって最も必要なもののはずだ。

 しかしイオレットさんは何故かその表情を曇らせた。


「登録するだけならば可能だがな。それが彼にとって必ずしもプラスになるとは限らん」

「えっ、でも盗賊ギルドって色んな町に拠点を持ってるんですよね?

 風刃はこれから旅をするわけですから、オレガノ以外のどこかの町でもお世話になるかもしれません」


 聖王国を北に抜け、山脈と大河を渡った先にあるという砂漠地帯のCU。

 そこから出ているという船で無事に海を渡って故郷に帰れればいいが、そうでなければこの大陸中を旅する羽目になるかもしれない。

 そうなった時に助けてくれる存在がいれば心強いはずだ。


「もし仮に彼が盗賊ギルドに登録したいと願ったとしたら、オレガノを含む聖王国領および隣接地域で例の力の行使を禁じることが最低条件になる。

 もし例の力を行使しなければ死ぬという状況に陥ったとしても、黙って死んでくれとしか言えなくなるということだ。

 オレガノの拠点ボスとして聖王国領内のギルド員と拠点を置かせてくれているオレガノに迷惑をかけることはできん。

 それでも彼にとって盗賊ギルドに登録するメリットはあると思うか?」


 イオレットさんの静かな声が胸の奥を穿った。


 もって生まれた力を封じられることは獣であれば牙を失うことに近いかもしれない。

 これまで当たり前に使い、身を守ってきた力だ。

 それを封じられたことで死んだとしても許容してくれというのはあまりに酷だ。


 けれど一方でイオレットさんの言い分もわかる。

 魔法みたいな力で応戦する風刃が盗賊ギルドに登録していると聖王国側に知れれば、何の罪もない人たちが害される可能性がある。

 それがわかっていて風刃を受け入れられるほど無責任なことはできないのだろう。


 それでも風刃に登録するメリットがあるか、と言われると難しいかもしれない。


「問題ない。理解している」


 そんな俺の耳に抑揚のない風刃の声が届いた。

 その顔にはどんな表情も浮かんでいないが、俺越しにアドバイスをもらって“感謝する”という言葉を繰り返していたのには俺が考えていた以上の意味が込められていたのかもしれない。


「あんたがオレガノを離れるまでは歩が面倒をみるだろう。

 こちらも歩を通じてできる限りの情報提供はするが、くれぐれも危険な行動は慎んでくれ。

 特に例の力の取り扱いに関しては、な」

「了解した。情報提供、感謝する」


 そう言って深々と頭を下げる風刃を俺は複雑な心境で見ていることしかできなかった。




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