108 セーブ一時解除
翌朝、いつもより少し早く目覚めた俺と風刃は洗顔と軽いストレッチを終えて町の外に出た。
「このへんでいいかな…?」
周囲は見渡す限りの荒野で人影はない。
鎌風の力はとても強力なので狭い場所や人がいる場所で使うのは危険な力だ。
街の外に出てしまえばオレガノの住人に迷惑をかけることはないだろう。気にしなきゃならないのはいつ襲い掛かってくるか分からない追剥集団と旅の行商人達だ。
「近くに人影はない」
俺と同じように荒野へ視線を滑らせた風刃の目にも人影はうつらなかったようだ。
風刃がそう言うなら間違いないだろう。
「じゃあ始めようか。まず」
あの夜の事を思い出しながら俺が風刃に手を伸ばした時だった。
「あれ?歩?
こんなところで何やってんの?」
声をかけられたので振り返ると盗賊ギルドのギルド員だった。二日とあけずに風呂に入りにくるのですっかり覚えてしまった。
「おはようございます。
今からちょっと訓練しようと思って。
そっちはランニングですか?」
「うん。仕事前にちょっと体を動かしておこうと思って。
風呂に入るようになってから体が軽いんだー。風呂って本当にすごいね」
甘い童顔フェイスで爽やかに笑っているが、俺はその服の下にしっかり筋肉の鎧をまとっていることを知っている。
ちなみに初めての風呂体験に感動して浴槽にしがみついて離れなかったのも彼だ。あの時はひっぺがすのに数人がかりで、本当に苦労した。
「でも訓練って何するの?
そっちの彼は丸腰だよね?体術家?」
風刃の腰回りや背中を見回しながら首を傾げているが、鎌風の力を知らない人からするとそう見えるのかもしれない。
「いえ、風刃は特別な力をもってるので、これからその訓練をしようと思って」
「ふーん?後学のためにちょっと見学していい?」
風刃の方を向いたら無言で頷いたので“構いませんよ”と返しておいた。
するとどうやらランニング前のストレッチをしながら俺達の様子を観察するようだ。
「じゃあとりあえずあの時の再現をしてみようか。
俺が掴んでるから、集中してみて」
「わかった」
俺が風刃の右手首を掴むと短く答えた風刃が目を閉じる。
間もなく俺達の足元を中心に円を描くように小さな土埃が舞い、掴んでいる手首から“何か”が体内に流れ込んでくるのを感じる。剃刀の刃で肌を逆撫でされるようなゾワリとする独特の感覚が全身を包む。
腰からゆっくりと刀を抜き近くの地面に向かって軽く振ると、まるで見えない大剣に斬られたように地面が抉れた。
「うん。問題ないみたいだ。
でもどういう原理かはまだ分からないんだよな…」
「俺が握ってた刀は手の中でバラバラになった。
歩の体はどうもないのか?」
「いや、別に。ちょっとゾワゾワするくらいで」
俺が手首を掴んだまま風刃が鎌風の力を使おうとした時は風刃と同じように全身傷だらけになってしまったけれど、今はそれもない。
「もしかして風刃がいつも力を使う時は力が入りすぎてるってことだったりして」
「それは違うと思う。体の外に出さないと力は具現化しない」
どうやら体内に流れている魔力を物理的に肌の外に出すイメージで使うよう教わったらしい。だから風刃のように肌に触れると肌を傷つけてしまうような力を持った村人は極力力を使わずに生活していたらしい。
「便利そうだけどそこまで便利ってわけでもないのか。
たとえば手から火を出せる力を持っている人だったら、手に持っている松明に直接火をつけられたら便利なのに」
RPGに出てくるような魔法のようには使えないようだ。
「もし俺の力が火の力だったら、歩のもってる刀は火をまとっていただろう。
だが俺が直接その刀を握れば丸焦げになってしまうはずだ。
その違いは、何だ?」
「うーん…」
改めてあの夜と同じ状況を再現できても答えは出ない。
俺の体内で風刃の力が何らかの変化をしているのか、それとも直接刀に触っていないという状況にヒントがあるのか。
端からなんでも試していければいいのだが、鎌風の力で怪我をする可能性がある以上はおいそれと試すわけにもいけない。
「とにかく色んなパターンを試してみよう。
力の出力をコントロールしてみたり、どこまでの範囲なら“切れる”のかだったり。
試していくうちに何か見えてくるかもしれない」
「わかった。まず力の出力がコントロールできるのか試す。いいか?」
「うん。やってみてくれ」
俺が頷くと風刃は再び目を閉じて沈黙し、やがてさっきよりひろい範囲で土煙が巻き起こった。直後、足元から頭上に吹き上げる謎の気流に包まれ、それまでとは比べものにならないほどの力の奔流が体内に流れ込んでくる。
「…っ!」
ゾワゾワともバリバリともつかない強い不快感が全身を駆け巡り、握っている刀の周囲に乱気流が生まれて右手の力だけでは握っているだけで精一杯だった。まるで自我をもった妖刀みたいに俺の手の中から暴れて飛び出そうとする。
「風刃っ!」
俺が鋭く名前を叫ぶと一瞬周囲の空気がブレた後、足元から湧き上がっていた気流が霧散した。それと同時に全身の不快感も消えて俺は膝から地面に崩れ落ちた。
「歩、大丈夫か?」
「あは…ははは…」
腰が立たなくなっていた。外気温は少しずつ上昇しているというのに、悪寒がする。上着として着ているクレートジャケットを脱いで半袖のシャツからのぞく腕を見ると、ブツブツと無数の鳥肌が立ったままだった。むしろあれだけゾワゾワと不快感が強かったのに、肌の表面に何の傷も残っていないのが不思議なくらいだ。
「低出力から試そう。ちょっと高出力は刺激が強すぎる」
心臓にも悪いし、うん。
「ちょっ、ちょっと君達、何もせずここで待ってて!
絶対、何もしちゃダメだよ!いいね!?」
ストレッチしていた童顔ギルド員が青い顔をして門へ走っていく。
何度もこっちを振り返って“絶対動いちゃダメだよ!”と念押ししていた。
そしてあっという間に門の向こうへ走っていってしまった。
なんであんなに焦ってたんだろう?
俺は腰を抜かしていたので、言われなくてもしばらくは動けないが。
そんな俺の隣に風刃がしゃがみこんだ。
俺が立てないでいるので視線の高さを合わせてくれたのかもしれない。
「集中するだけなら怪我しないから鎌風の力を沢山溜められる。
辛かったならすまない」
「あぁ、なるほど。
いいよ。色々試さないと、どういうメカニズムなのかわからないし」
実際に鎌風の力を放つとなったら溜めた力の分だけ自分も大怪我することになるので無意識に力をセーブしていたのだろう。
溜めた力を放たなくてよいとなればそのセーブが外れて、いつも以上に力を溜め込んでしまった。それが俺に流れ込んで、さっきのような事態になったということなんだろう。
つまりセーブしなくてよくなれば風刃はこれまで以上に強くなる、ということだ。
セーブした鎌風の力を刀に纏わせて軽く振っただけでボーンウルフは一撃死したんだぞ。
全力を刀に纏わせられたら、もしかして小さなハリケーンくらい起こせたりして…。
なかなか恐ろしい想像だ。
セーブしてる鎌風の威力の一端を身をもって知っている俺としては、絶対に相手にしたくない。
風刃が味方でよかった。うん。
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