107 協力の礼


「風呂、あがった」

「あぁ、うん。わかった」


 湯上りの風刃が裸足で2階に上がってきた。

 ニュクスィーのせいで1階の湯焚き風呂の存在が一気にオレガノ中に知れ渡ってしまった後、盗賊ギルド連中が隔日で風呂に入りに来るようになってしまった。風呂に入る快感に目覚めた彼らは今では見違えるような綺麗好きになり、俺の家の1階はいつも誰かしらで賑わっていることが増えた。

 きちんとルールを守って使ってくれる分には構わなかったので無料で貸し出していたのだが、採掘帰りの風刃までいつの間にか彼らに巻き込まれて風呂の使い方をマスターしていた。

 今では先に家に帰りついた風刃が風呂に入りにきたギルド員達と一緒に風呂の用意をしてくれている。地獄の特訓で扱かれた後で水汲みと湯焚きは辛いのですごく助かる。俺が毎日風呂に入れるのは彼らのおかげだ。


 着替えやタオル替わりの布などを用意していると、背後から声をかけられた。


「歩、あと1カ月ほどここで金を貯めたらオレガノを出ていこうと思う」


 唐突な話に驚いて風刃を振り返ってしまったが、よく考えれてみれば当たり前のことだった。

 俺は聖王国からの帰り道で傷だらけの風刃を見つけオレガノまで連れ帰ってきたが、もともと風刃は故郷の村に帰りたがっていた。この家で暮らすのは旅費を稼ぐまでだと風刃は最初から決めていた。俺が忘れていただけで、別れの時はいつかおとずれる予定だったのだ。


「そうか…。寂しくなるな」


 もともと重度の怪我人だった風刃と一緒に暮らすことになったのは成り行きだったけど、案外悪くなかった。風刃はわがままや文句を言わなかったから、余計にそう思うのかもしれない。


「聖王国でボーンウルフの群れに襲われた時、歩に頼まれて鎌風れんぷうの力を貸した。

 そのお返しに歩は俺に望みの物を言えと言った。覚えているか?」

「あぁ、覚えてる」


 大量の麦を聖王国から運んでくる途中で俺達はボーンウルフの群れに獲物として狙われた。

 老師が囮となって時間を稼ぐ間にカリウムが俺達を逃がす…そうするしかなかったあの夜、俺は風刃の鎌風の力に頼った。その力を使ってボーンウルフの群れを撃退するのを手伝ってほしいと頼んだ。あのとき風刃が二つ返事で快諾してくれなければ、全員無事でオレガノに戻ってくることはできなかっただろう。

 だからその礼を返したいと思った俺は風刃に何が欲しいかを尋ねた。その時は結局カリウムだったか老師だったかに話を邪魔されてしまって、話はそのままになってしまったのだが…。


「鎌風の力をまとった刀。あれの使い方を俺に教えてほしい」


 真摯な目で俺を見つめる風刃を見て、そういえばオレガノに戻る帰り道でも風刃がその話をしていたことを思い出した。

 あの時は老師にすごい剣幕でお説教されたので話が流れてしまったが。


「教えるのは構わないんだけど、俺も特に何かしたわけじゃないからなぁ」


 ただ鎌風の力を使おうとして集中していた風刃の手を掴んだだけだ。

 左手で風刃の腕を掴んでいたら、いつの間にか右手に持っていた刀が鎌風の力をまとっていた。

 それだけだ。

 教えてくれと言われても何を教えればいいのかわからない。


「でも俺は子供の時に同じことをやろうとしたけどできなかった。

 何か違いがあるはずだ」

「うーん…」


 子どもの時、風刃は同じことをしようとしてうっかりいじっていた刀を粉微塵にしてしまったらしい。その時と違うことがあるとすれば…。


「俺が間に入ることで何が変わったのかってことだよな、つまり」


 鎌風の力を電流に例えるとしたら、俺の体が変換器の役割を果たしたのかもしれない。

 ただどんなふうに変換させたのかは謎だし、わからない以上は風刃に伝えることもできないのだが。


「こればかりは怪我を承知で色々試してみるしかないだろうな。

 もし仮説を立てられても実証できるかどうかっていう問題もあるし。

 ただ俺には生まれつき風刃みたいな不思議な力はないから、原理さえ分かってしまえば他の人でも同じように使うことはできると思う」


 一番いいのは風刃が自分自身の力だけであの刀を自在に操れるようになることだが、もしそれが無理でも他の人が俺と同じように間に入ってあの刀を振るうことは可能だろう。

 鎌風の力はその性質上使い手である風刃にも重傷を負わせてしまう諸刃の能力だ。それを怪我することなく使えるようになるメリットは大きい。


「ただ…訓練の時間をいつとるかっていう問題がな」


 老師にこの件を話したら“自分の身一つ守れないひよっこが寝言を抜かすな!”と怒鳴られそうだ。銅の採掘中もずっと俺の背中に居座っているので、抜け出して時間を作るのも難しい。


「夜は暗くて危険だから、早朝とかどうだ?

 採掘前だしあまり長い時間はとれないけど」


 風力発電機のおかげで電気こそあるが、町を囲む高い壁から外に出てしまえば辺り一帯暗闇だ。街灯なんて存在しない。

 だから訓練するなら日が昇っている時間に限られる。老師に拘束されていないのは目覚めてから銅採掘所に向かうまでのわずかな時間だけだ。


「それでいい。感謝する」


 風刃は相変わらず無表情のままだったが丁寧に頭を下げてくれた。

 でもそんなことされるとこっちも恐縮してしまうので慌てて止めた。


「いやいや、そんなかしこまらなくていいからっ。

 あの夜、風刃が力を貸してくれていなかったら全員揃ってオレガノに帰ってこられなかった。

 こうして笑い合うことも出来なかっただろう。

 こっちこそありがとう」


 俺がその肩を掴んだまま微笑むと、風刃は珍しく頬を緩ませて頷いた。




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