106 新しい鎧


 カン!カン!カコン!


「ほれほれ、どうした!打ち返してこんか!」


 そんな無茶なっ!


 俺を狙って振り下ろされる老師が握る鞘から逃れるので精一杯だ。


 地獄の特訓が始まって最初の頃は目で追えないスピードで動き回る老師に翻弄されっぱなしだったが、今では辛うじて残像くらいなら目で追えることが出来るようになった。だが目で姿が追えるようになることと、その攻撃を完全に避けれるようになるのはイコールではない。

 老師が普通に鞘を振り下ろしてくる分には半分くらいの確率で何とか避けれるようになってきたが、ちょっと本気を出されるともうダメだ。

 むしろ老師が手加減している間に逃げるための体力を全部使わされている気さえする。俺が疲れて動きが鈍ってからが本番だとでもいうように鞘で追い回されて強く打ち据えられる。

 おかげで老師のトレーニングが始まってから俺の体から打ち身の跡が消えることはない。 

 もし俺の肉体状況をパラメーターで数値化できるとしたら、筋力や持久力より打たれ強さのパラメーターが伸びているに違いなかった。


「もう勘弁してくださいって!」

「何を言うか!やめてくれといってやめる獣や野盗なんぞおらんわ!」


 バシッ!ベシッ!


「いたたっ!痛い!」

「だったらさっさと打ち返してこんか!」

「せめて武器を変えさせてくださいよ…!」


 老師が俺に握らせているのは鞘から抜いた刀だ。真剣だ。木刀ではない。

 いくら老師が強くて素早いとはいえ、鞘を振り回している人相手に真剣を向けられない。

 しかし老師はそんな俺を一方的に打ち据えて怒鳴る。


「バッカもーん!本番で使う武器を使ってこその訓練じゃろうが!

 その軟弱な精神から叩き直さねば、とても実戦でなんぞ使い物になるかっ!」


 そう怒鳴りながら容赦なく打ち込んでくる。もう無茶苦茶だ。

 最近では初対面の時のジジイキャラを忘れるほどその怒声が耳の奥にこびりついている。新手の年齢詐称の被害に遭った気分だ。いや、そもそも老師は老人と呼ばれるような外見年齢ではないけども。


「久しぶりにオレガノに寄ってみたら、すごいことになってるなぁ~」


 そんな俺達の前にひょっこり顔を出したのは盗賊ギルドに所属する旅商人のペドだった。


「ペド!すっごい久し振りじゃないか!?」


 ちなみに俺が愛用しているこの刀を俺に売ってくれたのもペドだ。ミートラップをご馳走したら刀の手入れ方法まで丁寧にレクチャーしてくれた。


「よ、歩。元気だったか?」

「あはははは…」


 片手を上げて挨拶しするペドに苦笑いしか返せない。

 元気は元気だが全身が痛い‥とは危険を承知で各地を旅しているペドには恥ずかしくて聞かせられない。ぱっと見、年下っぽいし。


「老師もお久しぶりです。

 お元気そうで何より」


 ペドは老師とも知り合いなのかにこやかな笑顔で頭を下げている。

 さすが商人というべきか、狐目のペドが浮かべる営業スマイルは完璧だ。


「うむ。ところでペド、おぬし鎧は持っておらんか?

 こやつに合うものがあれば出してほしいんじゃが」

「鎧ですか?えぇっと…」


 小首を傾げたペドが背負っていたバックパックを地面に置いて中身を漁り始める。小柄な体に似合わない大型バックパックの中には様々な商品が詰め込まれているようだ。


「えぇっ!?これ以上のウェイトトレーニングは無理ですよ!

 背中のバックパックだけで何キロあると思ってるんですか!?」


 俺は自分の背中を指さしながら老師に訴える。

 “旅の道中での戦闘であれば背中に荷物を担いでいるのは普通じゃ”という理屈で俺は特訓中も銅がぎっしり詰まった木製バックパックを背負わされ続けている。総重量がいくらかは知らないが、結構な重さのはず。この上がっちりした鎧まで着せられたらとても動けない。


「バカもん!そんなピラピラなシャツ一枚でどうやって自分の身を守るというんじゃ!?

 命が惜しくばさっさと買わんか!」


 唾をまき散らしながら怒鳴った老師に脳天めがけて鞘を打ち下ろされた。


 ガコン!


「いッッ…!」


 あまりの痛みに両手で頭のてっぺんを両手で覆った。


 くっそ…。なにも殴ることないだろう、短気ジジイめ…。


 頭を押さえながら胸中で毒づくと、苦笑いを浮かべたペドが鎧を並べながら同情してくれた。


「だいぶ扱かれてるなぁ」

「訓練用ダミーに代わって欲しいくらいだよ」


 まだ実戦を経験したことがない人が訓練で使うカカシのことだ。盗賊ギルドの2階で今も現役で使われ続けている。俺も以前はお世話になった。


「鎧初心者なら軽鎧か、重くても中鎧くらいがオススメかな。

 想定している活動地域はどのあたり?」


 鎧を並べ終えたペドは商人の顔をして尋ねてきた。

 きっとビジネスモードへ脳内スイッチが切り替わったんだろう。


「オレガノから聖王国にかけて、だな。

 定期的に買い出しに行かなきゃいけないんだ」


 家の1階で飼っているヤギ達は本当によく食べるので、定期的に麦を買い付けに行かないと足りなくなってしまう。

 ただ道中は背中と両手に3つの木製バックパックを抱えて走ることにあるので、あまり重い鎧だと動きにくい可能性があった。


「軽くて動きやすいのがいいな。革製のジャケットとか」


 ガコン!


「いッッ!?」


 まったく同じ場所を、鞘の同じ角度で、まったく同じように打たれた。完全に油断していたせいもあって余計に痛い。


「何するんですかっ!」


 頭をおさえながら我慢ならずに噛みつくと、老師がギロリと俺を睨んだ。


「あの程度の攻撃すら避けられんで何が軽鎧じゃっ!

 軽鎧を身に纏っても許されるのは、敵の攻撃を全て避けきれるようになってからじゃわいっ!

 笑わせるな、ひよっこが」


 フンと鼻を鼻を鳴らした老師は涙目の俺にトンデモ理論をぶちまけると、ペドに向き直って“黒いプレートジャケットはあるかの?”なんて普通の顔で尋ねた。

 この対応の差、とても釈然としない。


「黒いプレートジャケットね。ちょっと待っててくださいね~」


 もはやペドすら笑顔が引きつっている。

 バックパックをあさる背中に“さっさと退散しよう”と書いてあった。


「あぁ、あったあった。これなんてどうですか?」

「ふむ…」


 俺が身につける鎧の話なのに、なぜか老師が鎧を検分している。

 傍から見て、絶対にこれはおかしいと思うんだが。


 七五三の衣装選びじゃあるまいし…。

 いや、晴れ着選びならもっと空気は和やかだな。比べる対象を間違えた。


「何をぼさっとしとる!さっさと着てみんか!」

「は、はい!」


 背中のバックパックを下ろして押し付けられたプレートジャケットに袖を通す。


「どうじゃ?」

「うーん…防御力は上がった気はしますが、やっぱりちょっと動きにくいですかね」


 胸部や腹部、腕といった部分が固いプレートに覆われているせいかちょっと重い。

 関節部分は革が張ってあるせいかフルプレートよりは動きやすいのかもしれないが、今までよりだいぶ体の可動域が狭まってしまった。


「そんなことわかっとるわい!

 ワシが言っとるのはサイズやほつれがないかじゃ。

 新品でない以上は、どこかしら故障部分があるかもしれんからの」

「あぁ、そういう…」


 別に怒鳴ることないのに…。


 心の中で文句を思い浮かべつつ、体を動かしてみる。

 腕を高くあげてみたり腰に手を当てて背中を反らせてみたり。

 これまでよりは動きにくいが、プレートにささくれがあって体に刺さったり穴があいていたりはしなかった。


「大丈夫です。特に気になる部分はありません」

「よし、これを買って訓練再開じゃ」


 さっさとペドに代金を支払えという顔で老師が離れていく。

 俺はそれを呆然と見送りそうになって慌てて声をかけた。


「えっ、まだやるんですか!?」

「当り前じゃ!

 その鎧の慣らしを兼ねてビシバシいくぞい!」


 うへぇ~。勘弁してくれよ、もう…。




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