105 水も滴る…


 顔を真っ赤にして玄関を飛び出していくニュクスィー。

 さすがに全裸で追いかけるわけにもいかず…。


「まぁいいか」


 いや、良くはないが。

 せめてパーテーションくらい作ればよかったかもしれない。

 廃材がまだ余っていたから、今度風呂に入る前に作るとしよう。


「今度っていうか、毎日入りたいな」


 いや、元々湯船に湯を溜めるのを面倒くさがったシャワー派の俺だけども。

 入れないと入りたくなる天邪鬼あまのじゃく気質。

 それに石鹸やシャンプーもないから、せめてお湯で毎日全身を綺麗に洗いたい。

 全身の血行が良くなるから気持ちいいし。


 ただあの地獄の特訓の後で水汲みと湯焚きをする元気があるかというと厳しい。

 湯上りの浴槽掃除も必須だろうから余計に。


「メェ~」


 腹が空いたらしい白ヤギが麦を催促して鳴いた。

 さっきの様子だとニュクスィーは今夜はもう戻ってこないかもしれない。


「…仕方ない。あがるか」


 湯船から上がりタオル替わりの布で体を拭く。

 顔に耳、首筋、腕…。湯で表皮がふやけたせいか、擦れば擦るほど汚れが浮き出してくる。


「……」


 もう一度湯に浸かり直したい気分になったが、後ろ髪引かれる思いで諦めて落とせる汚れだけ全て落として服に身を包んだ。


「この服も残り湯で洗うか…?」


 一つ気になると全部気になってくる。

 催促して鳴くヤギ達に麦と大豆を与え、俺はその足で盗賊ギルドへと向かった。

 着替えの服を買うために。





「これがフロってやつか?

 一体これの何がいいんだ?」


 ニュクスィーが野バラまで走っていってあることないことわーわー叫んだ成果として、風呂の存在はあっという間にオレガノ全体に知れ渡ってしまった。

 今は盗賊ギルドのギルド員…暇を持て余していた彼らをカリウムが引き連れてやってきて、風呂見学だ。


 いや、風呂は見学するもんじゃないから。入って楽しむものだから。


 どれだけ言葉を尽くそうとも空っぽの浴槽を前にして風呂の良さなんか分かるわけはない。


「分かりました。役割分担を決めてください。

 風呂に入る一人を残し、他の人は水汲み、湯焚き、風呂掃除担当です。

 不公平にならないよう、必ず全員が係を交代してください」


 ちなみに俺は指導係だ。初めて風呂に入る人間に風呂の作法が分かるわけはない。

 まして俺の手造り風呂はいろいろと注意点が多いのだ。一人きりで入らせられるわけはない。


「風呂に入る人はパブのマスターに頼んでこの大鍋にお湯を沸かしてもらってください。

 鍋一杯のお湯でコンロ使用料5コマンだそうです。

 井戸の使用料金と一緒に払ってきてください」


 俺が声掛けすると互いに顔を見合わせていた彼らはそれでもなんとか動き出した。

 もともと体を鍛えていて肉体労働はほとんど苦にならない人たちなので、あっという間に湯船にお湯がはられた。

 唯一問題だったのは湯焚き係だろうか。慣れていないと上手に火の調整をするのは難しい。

 俺は汗だくになりながら素っ裸の彼らの風呂指導をして…


「うおぉぉ!これがフロか!すげぇ!」

「擦っても擦ってもアカってのが出てくるぞ!?こりゃ病気か!?」

「筋肉がなんかすげぇ!骨の奥からジワジワくる!」

「うおい、火の温度足りねーぞ!湯焚き係、しっかりしろ!」

「出たくない―。絶対出ないー」


 まぁとにかく嵐のようだった。

 最後の一人はとにかく浴槽から引っぺがすのが大変だった。


 きっと浴槽内で筋肉をもみほぐすとか教えてたらもっと大変だったんだろうな…。


 服の上から見たら細身でも脱いだらそうじゃないってことも嫌ってほどわかった。

 ちょっとショックだった。…いや、何がとは言わないけど。


 いいんだ。俺はこれからだから。これからまだ成長するから。うん。


 そもそも湯煙る中の水も滴る男風呂って誰得なんだという話で。

 何人もの男たちの背中をゴシゴシ擦るのは体力的にも精神的にもしんどかった。


 どうせ背中を流すなら胸の豊かなお姉さんの方が……いや、それはそれで心臓が危なかったかもしれない。風呂場で貧血とかシャレにならん。


 壁にもたれてゲッソリしていたら、無表情の風刃が歩み寄ってきた。


「風刃も風呂入るのか…?」


 いや、風刃が入りたいって言うなら入れるけども。

 ただ今から水汲みと湯焚きはしんどいな…。


「フロはどっちでもいいけど、老師が怒ってた。

 歩はいつになったら銅採掘に出てくるんだって」

「あ……」


 そういえばニュクスィーに老師への伝言を忘れていたことに俺は今頃気づいたのだった。





「なっとらーん!」


 ほぼ1日家の改造工事をして、久しぶりの湯船に癒されて、筋肉男たちを次から次へとわんこ風呂して、今老師に打ち据えられて地面に倒れていた。


 どうしてこうなった?


 老師はおかんむりだ。いや、連絡を忘れた俺も悪かったけども。


「訓練を無断でサボったばかりか、娘と裸で乳繰り合うとは一体どういうことじゃ!」


 いや、もはや噂が大ぼらレベルになってるんですが!?


 一体何をどう話せばそうなるんだレベルで尾ひれ胸ひれがつきまくっている。

 こればかりはちゃんと否定しないとまずい。


「ご、誤解です!俺はそんなことしてません!

 どっちかっていうと一方的な被害者です!」

「あのひよっこ娘一人に裸に剥かれ、好き放題されたじゃと!?

 ますますなっとらん!」


 ますます血圧を上昇させた老師に鞘でしこたまタコ殴りにされた。

 どうあっても俺が悪いことになるらしい。


 納得がいかない。

 全然、まったく、どうあがいても納得がいかない!


 この理不尽クソ世界がああぁっ!!!




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