104 湯焚き風呂


 カンカンカン!


 建築用のハンマーとノミを使うと硬いロドモールが本当に簡単に崩れていく。

 玄関のドアとは対角線上にある箇所にはあっという間に玄関ドアと同じサイズの穴がぽっかり空いた。

 多重構造で作られた壁の隙間にロドモールを詰めて建築用ハンマーで叩くとすぐにロドモールが乾いて固まる。

 1階の床を剥がした時に出た廃材でドアを1枚作るのは大変だったが、緩やかなU字の取っ手はロドモールで簡単に作れたし、蝶番をドア板と外壁に固定するのもロドモールを使えばネジ要らずだった。

 ついでに室内側の壁、取っ手の高さに直径2センチほどの穴を開け、直径1センチほどの短い棒をロドモールで作り、取っ手の穴から壁の穴に通せば簡易的に施錠もできるようになった。


「ふぅ。できた。

 裏口はこんなもんかな」


 完成したばかりの裏口を開けると、背後の玄関ドアも開いているので風が通り抜けていく。

 日差しは暑いが風が通ると幾分かマシだった。


「…ヤギの糞は家の裏に捨ててたのか」


 全て埋められてはいるが一度掘り返した跡がある。

 元から簡易公衆トイレが家の裏にあったので、匂いはそこまで気にならないが…。


「農業ができれば再利用できるんだけどなぁ。

 まぁ水が少ないから難しいか…?」


 日本だって昔は肥溜めを利用して農業していたのだ。

 もしかしたらやってできないことはないかもしれない。

 が、水の確保がネックだ。


 詳しい訳じゃないから詳しいことはわからないが、土の保水性とか微生物の種類や数とか、農業やるにはそういう難しいことも重要なのかもしれない。


「こっちから入れるように階段も作るか」


 ひょいと飛び降りてハンマーとノミを握る。

 底上げされている家の土台部分は少し台形っぽく外側に出っ張っている。

 つまり足を引っかけるくぼみを作ってやれば、階段代わりに使える。

 俺はしばらく無心になって建築用ハンマーをふるった。





「ふー!しんど…」


 浴槽の側面をロドモールで作るのは比較的簡単だった。

 長方形の板と正方形の板を一枚ずつ作り、外壁を利用してユニットバスみたいな浴槽になるよう隙間をロドモールで埋めてやればよかった。移動させることはできないが、風呂を使うには湯を焚かなきゃならないからその点は問題ないだろう。


 問題になるのは排水機構と湯沸かし機構だ。

 浴槽の底から外壁の外まで穴を通すのだけでも苦労したが、栓をどうするのか、排水処理をどうするのかが問題だ。上水道がなければ下水道もないので、排水は基本的に垂れ流しにするしかない。石鹸類を手に入れる手段がないのでまだそこまでお湯が汚れるとは思わないが、やはりちょっと気になる。

 あとは湯沸かし機構だ。浴槽の底になる部分の床を一部ごそっとくりぬき、家の側面から土台部分を掘り進む。まずこれだけでだいぶ骨が折れた。

 その後くりぬいた床部分に鉄板を数枚重ねたものを置いて隙間にロドモールを詰めて固定する。あとは実際に水を入れてみて水漏れしないか、本当に湯が作れるかだ。


「栓はロドモールを錘台すいだいの形で作って試してみるか」


 要は水が抜けなければいい。水圧と自重で隙間なくピッタリくっついてくれたら問題はない…はずだ。

 何とか栓を形にし、試しに井戸からくみ上げた水を一杯流し入れてみた。


 じょろじょろ…


「これじゃダメか…」


 わずかに隙間が空いていたのか、水は溜まることなく外へ流れ出してしまった。

 やはりコンパスで描いた様な正確な円の穴と栓を用意できなければ無理なのだろう。


 そうして俺は再び頭をひねり、今度はT字を横に太くした形の栓を作った。

 これならば上部分が排水口より大きければ自重と水圧で下に押され、排水口と栓のサイズが寸分狂わずピッタリでなくても水漏れしないだろう。

 栓をした状態で試しに水を流し入れたら、今度は水は漏れださなかった。


「おぉ!やった!」


 が。


「ん?抜けない…」


 なんせT字の上部分が薄く、隙間なくぴったりくっついている。爪を突っ込む隙間もない。

 仕方なくその栓はノミで壊して取り除き、また新しく栓を作り直した。

 今度はT字のてっぺんに半円型の取っ手をつけ、指を引っかけて抜ける形状にした。


「よし!これで栓の問題は解決だな。あとは…」


 俺はこうして日が暮れるまで一つ一つの問題を地道にクリアしていったのだった。





 …ちゃぽん


「んんん~…」


 空が夕陽に染まる時刻、俺は全身を湯船に横たえて極楽の溜息を漏らしていた。

 浴槽は俺が手足を伸ばしてもまだ余裕があるように作ったので広々している。

 焚き木の燃料は予想外に多く消費してしまったが、大鍋にたっぷり水をためたものをパブのコンロで沸騰するまで温めてもらいそれを何度か継ぎ足したので焚き木の火力が足りなくても何とかなった。

 ちなみに鉄板で火傷しないようにロドモール製のカバーをつけたし、浴槽エリアから外にお湯が流れていかないよう床の一部を盛り上げて枠で仕切った。


 水汲みも湯焚きも浴槽工事と合わせて結構な重労働だったが、全身の垢を洗い流し全身を湯船に浸けると疲労がお湯に溶けていく。

 瞼を下ろしてしまえば手足が伸ばせなかった独身時代のユニットバスより快適だ。


「いっい湯っだなっ、あははん♪」


 あまりの気持ち良さに思わず鼻歌だって歌ってしまう。

 いや、鼻歌じゃなくて今のは普通に歌ってしまっていたが。


「ただい…ま?」


 …うん?


 瞼を持ちあげると薄い湯気の向こうに見慣れた顔が見えた。

 どうやらヤギ達に餌をやるのにニュクスィーが一時帰宅したらしい。


「…なにしてるの?」

「風呂」


 即答はしたが、みるみる真っ赤になるニュクスィーの顔を見て“あ、ヤベ”とようやく思い当たった。


「エッチー!!」


 いや、一方的に裸を見られたのは俺だがな!?




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