103 家の改造計画


 それからしばらくは何事もなく過ぎていった。

 俺が銅採掘している間は相変わらず背中にはずっと老師が張り付いていたし、追剥集団を見かけるや隠密訓練をさせるし、夜遅くまで地獄の特訓メニューのフルコースが日課になったけれど、概ね平和だった。

 王都から白ヤギの使徒認定通知が届けられた時はニュクスィーとプチお祝い会をしたものの、それ以外は特に特筆すべきことはなかったように思う。


 4人で大量に運んだ麦と大豆は約1ヶ月分の餌に相当したので、聖王国への旅がなかったのも大きかったかもしれない。白ヤギの食い意地だけは相変わらずだったが、それでも食べきれないほどの麦がたっぷりあったのだ。


「うーん」


 しかしそれだけで満足はしていなかった。

 だって俺にはまだ叶えていない望みが沢山あるから。


「エサ入れを見ながらなんで難しい顔してるの?」

「いや、風呂に入りたいなって思ってさ」


 ロドモールを成形して作った飼葉入れはヤギたちが顔を突っ込んで餌を食べても倒れないので重宝している。

 が、もともとロドモールを最初に見た時、俺はこれを使えば浴槽を作れるんじゃないかと考えたことを思い出したのだ。


「フロ?あぁ、足湯?

 あれ、気持ちいいよねー!」

「まぁ足湯もいいけど。風呂な。

 服を全部脱いで浸かるやつ」


 全身をくまなく綺麗に洗って、湯船に浸かってゆっくりしたい。

 俺の中で風呂への欲求がもはや無視できない危険水域まで達していた。


「ぜぜぜ、全部!?えっ、エッチなのはダメだよっ!?」


 何故かニュクスィーが顔を真っ赤にして首を横に振っている。

 いや、お前に全裸になれとは言ってないからな?


「まぁニュクスィーは足湯を楽しめばいいさ」

「だ、ダメだよっ?!

 歩だけ一人で気持ちいいのはダメっ!」


 別にニュクスィーが風呂に入らないと言っても困らないのでそう言ったら、顔を真っ赤にしたままムキになって怒ってきた。いや、どっちなんだよ?


「まぁとにかくだ。

 ロドモールで浴槽を作ろうと思うんだが…ロドモールの熱伝達ってあんまりよくなさそうだよな…」


 俺は壁に触ってみる。外はそこそこ熱くなっているはずだが、空気の層を含めて3重構造になっている内壁はひんやりと涼しい。

 ロドモールは成形しやすいが熱伝導率が悪いのであれば、多少の保温効果はありそうだ。ただ…。


「どうやって湯を沸かすのかが問題だよな…」


 湯船にたっぷりお湯を張るためにはそれなりの量の熱湯が必要だ。大鍋に水を張ってコンロで温めたとして、何杯分用意すればいいのかわからない。それに湯を沸かしている間にも浴槽に入れた湯は冷めていくかもしれない。


「底をくりぬいて鉄板をのせるか…?」


 室内への汚れの侵入を防ぐためか、家の1階の床は地面から1.5メートルほど底上げされている。その側面に穴をあけ、浴槽の底になる部分の床をくりぬいて鉄板を敷き、その下で火を焚けば鉄板近くの水から温められる。五右衛門風呂ほどの効率は望めないかもしれないが、コンロで湯を沸かしながら使えば実用レベルにはできるかもしれない。


「よし、やってみよう」


 前例がないなら、失敗を恐れずチャレンジあるのみだ。


「あっ、歩!ちょっと待って!」


 俺が建築資材を買いにパブに向かおうとしたら、ニュクスィーが俺の腕を掴んで止めてきた。


「どうした?」

「家の改装するなら、裏口作ってほしい。

 掃除するのにいちいち玄関回るの面倒だから」


 ニュクスィーがヤギたちを指さしながら要望してきた。

 今は朝なので綺麗だが、動物なので糞もするしブラッシングすれば毛も飛ぶ。掃除がしやすい環境というのは衛生的に問題なく暮らすために必須条件だろう。


「両方のドアを開けば風通しも良くなるだろうしな。わかった。

 他に必要な物は?」

「うーん…ヤギ達が絶対届かない位置に木製バックパックを一つ置いておけたら便利かも。

 いちいち2階から持ってきて戻さないといけないし」

「なるほど。それはこのあたりにロドモールで棚をつければいいか?」

「あんまり高いとあたしがとれないから、このあたりがいい」


 俺がヤギの囲いの傍の壁を指さすと、その隣に立ったニュクスィーがその高さを修正する。

 確かに俺なら簡単に取れる高さでもニュクスィーがとるのに苦労するのは困る。

 確認しておいて良かった。


「じゃあ作っておくから銅採掘に行ってこい。

 作るのに半日かかるとして…今日の売り上げの四分の一は俺の取り分な」

「えーっ、もうちょっとまけてよー?」


 ざっと試算を出すと俺の腕にニュクスィーが滝ついてくる。

 相変わらず感触は控えめだ。あれだけ酒をガブガブ飲んでいるのに胸にはボリュームがいかないらしい。


「ダメだ。酒をセーブしないのは自己責任だからな。キリキリ働いてこい」

「ぶー。はーい」


 ケチとばかりに一瞬だけむくれるが、すぐに笑顔に変わって俺の脇をすり抜けて、玄関脇に置かれていた空のバックパックを背負いマイピッケルを掴んで玄関を出ていく。


「行ってきまーす」

「おう」


 元気に手を振るニュクスィーを見送って俺もパブに向かって歩き出す。


 ニュクスィーはまだ辛うじてパブの2階で眠っているが、少しずつ俺の家に浸食してきている。

 ヤギの世話があるからとバックパックとピッケルはいつも玄関脇の壁に立てかけていくし、麦を取りに来たと早朝から足音を忍ばせて2階に上がってくる。お湯を使った洗顔と足湯はすっかり日課になっているし、夜眠るとき以外はずっとニュクスィーが傍にいる気がする。

 それに最近は…何となくスキンシップが増えてきているように思う。何となくだけども。


 風刃が旅費を貯めてこの家を出たらすぐに風刃が使ってるベッドをソファに改良しよう。うん。


 騒がしくまとわりついてくるだけなら邪険にも出来るのだが、生活の中の一部として距離を詰められるとどうにも…そう、対応に困るのだ。


「おはようございます、マスター」

「おう、らっしゃい」


 俺はマスターから建築資材を購入し、建築用ハンマーとノミを借りて家の改築工事に取り掛かったのだった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る