102 祝賀会


「かんぱーい!」


 その日の夜、オレガノのパブはお祭り騒ぎだった。

 常連連中の酒盛りに盗賊ギルドのギルド員が混じり、見知っている顔がみんな集まって酒を酌み交わしていた。

 みんな浮かれているせいか、酒の進みが早い早い。

 カウンターのマスターも珍しく飲んでいるようで顔をほんのり赤くしていたが、それより注文された酒や肴の用意に追われているようだった。


「歩ぅ~、飲んでるぅー!?」


 ニュクスィーも例に洩れず顔を真っ赤にして酔っている。

 久しぶりのアルコールなので嬉しいのだろう。


「はいはい、飲んでる飲んでる」

「んじゃ、かんぱーい!」


 まだ1杯目も飲み終えていないグロッグのコップを見せるとニュクスィーが上機嫌でそこにコップをぶつけてくる。ちょっと中身が零れたがおかまいなしだ。

 コップの中身を一気飲みして“にゃはは~”と笑いながらマスターにおかわりを頼んでいた。

 まだ飲むのかと呆れたが階段を上がればベッドがある。たまの酒だしガミガミ言うのはやめた。


「風刃は呑まないのか?」

「酒は苦いから好きじゃない」


 なるほど。味の好みの問題だったようだ。

 日本にあったような甘いカクテルであればもしかすると飲んだのかもしれないが、そんな都合のいいものはこの世界には存在していない。

 風刃はマイペースでミートラップを食べ進めている。

 干し肉は口に合わないみたいだが、焼肉サンド味のミートラップは気に入ったようだ。

 怪我をすることが多いので鉄分補給の為にも風刃が肉を食っていると安心できる。


「イオレットさん、ギルドの模様替えは終わったんですか?」

「最低限な。明日になったら本格的に全部戻すさ」


 盗賊ギルドは聖王国側には武器屋兼防具屋として登録されているらしい。

 部屋の隅で埃をかぶっていた看板を掲げ、1階に防具屋、2階と3階で武器屋を営む盗賊ギルドの様子は新鮮だった。

 せっかく改装したのだし数日くらいはそのままにしておけばいいのにと思ったのは内緒だ。

 商人ギルド員が遠路はるばる運んでくる武器や防具を格安で購入できるのは盗賊ギルドに登録した者に与えらえるメリットだからな。


「それでヤギの件は上手く片付いたのか?」

「はい。司教からほぼ確約とれましたのでおそらく大丈夫です。

 ニュクスィーと黒ヤギの護衛派遣、ありがとうございました」

「なに、どうせ兵士が町を見回ってる間は寝るくらいしかやることがない奴がいたからな。

 気にしなくていい」


 俺が礼を言うとイオレットさんは気にするなと笑ってくれた。

 もともと肌が褐色なのでわかりにくいが、やはり少し顔が赤いようだ。

 聖王国の役人たちが何事もなく無事に帰ったことで肩の荷が下りたんだろう。


「これで歩はもうオレガノの人間だな」


 酔っ払いたちの喧騒を遠目に眺めながらイオレットさんがポツリと呟いた。

 俺は最初驚いて数度瞬きしたが、その言葉がストンと胸に落ちてくると妙な感覚に襲われた。


「そう…ですね…?」


 ヤギを飼うためには家が必要で、それだけで今までは一生懸命だったけど。

 役人が長ったらしい文章を読み上げているのも半分くらいは右から左に聞き流していたけれども。


 そう、か。俺は…


「何を変な顔をしているんだ?

 まさかあの酔っ払い達が聖王国の連中を無事に送り返しただけでこんなバカ騒ぎをしていると思ってたのか?」

「え?あ、あははは…」


 思ってました。すみません。


 誤魔化しついでにグロッグで喉を潤す。

 喉を通り抜ける酒は深みもなく安っぽかったが、妙に顔が火照った。


「おーい、歩ぅ~」

「ぐっ!?お、重いですよ、カリウムさん!」


 手で顔を扇いでいた俺の首を背後から伸びてきた太い腕が締めつけた。ついでにズシッと背中に重みがのっかってくる。

 吐く息が酒臭いし顔が真っ赤なので初っ端から飛ばしまくったんだろう。


「お前といると命がいくつあっても足らないんだよ、こっちは!

 分かってんのかよ、えぇっ?」


 ろくに呂律が回っていない口で絡んでくる。面倒くさいタイプの酔っ払いだ。

 押しのけしようとしても無駄に筋肉がついているせいか押しのけられない。


「歩けなくなる前にベッドに行ってくださいよ。

 あと首絞めないでもらえますかっ?」


 首に回された腕をパンパン叩いてみるが一向に腕が緩まない。

 無駄に筋肉があるとこれだから嫌だ。


「お前よっわいくせによー、飛び込んでいっちゃってよー。

 兄貴分の俺の面目とかわかってるわけ?なぁ?」


 いや、だから、重いって言ってんだろ!

 ますます体重かけてくるのやめろ!

 首も苦しいし…!


 吐きかけられる息が非常に酒臭い。


「わかりましたから!はーなーれーてー!」

「フン。その程度もどうにかできんとはなっとらん」

「老師!?見てないで助けてくださいよー!」

「今日は鍛錬もしなかったんじゃ。そのくらい自分で何とかせい」


 老師はマスターに肴を注文していたがその表情に酔いの色はない。

 けれど俺のヘルプは鼻で笑って流された。相変わらずスパルタだ。


 いや、今日ぐらい助けてくれてもいいんじゃないか!?


「あー、ずるーい!あたしもー!」

「へ!?」


 身動きできずにいたら酔っ払いがもう一人増えた。


「えへへー」

「ちょっ、ニュクスィーどけって!」

「やーだー」


 やーだー、じゃない!

 この酔っ払いども、メチャクチャ臭いし重い!


 2人分の体重に押し潰されてしまう。

 酔っ払いにサンドイッチにされるなんてまるで悪夢だ。


「お前らいい加減、離れろー!」


 俺は可能な限りの大声で叫んだ。




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