89 鎌風の発現条件


「頼む、風刃。やってみてくれないか?俺もできることはする」

「歩が望むなら。でも、歩を含めて全員の命の保証はできない」


 俺が首を横に向けて風刃を頼ると、いつもの無表情で彼は頷いた。その表情にはどんな感情も浮かんでいなかったが、その受け答えをしてくれただけで十分だった。

 俺はカリウムの手の中からシャツの前をむしり取り、木製バックパックを抱え直して走り出す。

 風刃がその後に続いた。


「ちゃんと俺達についてきてくださいよ、カリウムさん!」

「…クソッたれがっ。兄貴分の俺を舐めやがって…!」


 低い声で唸っていたが、おそらくカリウムの足であればすぐに俺達に追い付くだろう。

 俺は走りながら風刃と言葉を交わした。

 ボーンウルフと戦う老師の元に辿り着く前に鎌風の力についてできるだけ詳しい話を聞きだしておかないといけない。


「風刃、鎌風の力って使う時どんな感じだ?!」

「どんな?…全身を巡る力の流れに集中する。すると体の外にそれが出てくる。

 敵がいたら敵の方に向かってく。それだけだ」


 なんとざっくりしているのかと笑いたくなったが、感覚的なものを他人にも理解できるように話すのは難しいものだ。俺だって風刃の力が放つ尋常でない気配をどうやって感じているのかという説明を言葉ではしきれなかった。

 だが今はどんな些細な情報でもいいからほしい。その言葉の一つ一つがヒントとなって勝率を上げてくれるかもしれない。


「その力の流れってたとえば凝縮する事ってできないかっ?

 風刃の腕には黒い模様があるだろう?それが力に何か影響していたりしないか!?」


 俺に力がないと言った時、風刃は俺の足を見て唖然としていた。俺の足にあるべきものがなかったからだ。風刃の腕にあるような不思議な文様が俺の足には刻まれていなかった。

 だとすると風刃の故郷で生まれた人達の体には全員その模様を生まれつきもって生まれてくるのではないか?そしてそれが彼らの力に何らかの影響を与えているんじゃないか?

 これはただの仮説だが、こうなってしまった以上は本番で検証してみるしかない。


「確かに力の流れは心の蔵と両腕で強く感じる。

 だが力の凝縮というのは試したことがないから、できるかわからない」

「心の蔵…あぁ、心臓か。なるほどっ。

 じゃあちょっと不思議な血みたいなもんってことかっ?」


 走りながらの会話というのは本当に体力を使う。すぐに息が荒くなって、走るスピードが遅くなる。それを気合で無理矢理振り切って叫び、地面を蹴る。


「歩が何を言っているのか俺には分からない。

 不思議な血というのはなんだ?血は怪我をしたら流れる赤いものだろう?」


 風刃が隣を走りながら首を捻っている。

 もしかすると風刃の知識の中には全身に血液を巡らせるために張り巡らされた血管が存在していないのかもしれない。 

 だがそれを今この状況で1から説明するのは難しい。


「いや、それは後で話すっ!

 じゃあ力を体の外に出す時、肌からどんな感じで出る?」

「どう、とは?普通に出るが」


 その普通がどんなふうか教えてほしいんだが、説明が難しいのか!?

 ええっと、じゃあ…!


「たとえばだ、そよ風みたいに気づいたらふわって出てるのか、それとも全身から湯気が立つみたいに頭の上に一度力が集まって形を変えてるのか、それとも全身の毛穴から弓矢を放つみたいにして…とか色々あるだろ、多分!」


 いや、俺もマンガや映画で見た視覚的な知識でしか知らんけど!


 でも大怪我必至で下手したら死ぬかもっていう状況ではなりふりなど構っていられない。使えそうな知識は総動員するべきだ。


「体の内側を巡る力の流れが全身から空気の中に染み出してくる感じ。

 空気に触れると変質して、刃に変わってる…と思う」


 多分、と風刃は自信がなさそうに付け足した。


 しかし染み出し系か…厄介かもしれないな。


 鎌風の力が本当に自分の体の傷を代償としてしか発生させられない力なんだとしたら、俺の考えは前提から覆る。

 力が自分の肌を通り抜け空気に触れた瞬間に刃に変わっているという風刃の説明は、全身傷だらけだった風刃の状態にぴったり当てはまる。鎌風の力は空気に触れた瞬間に刃に変わり、まず風刃自身の身を傷つけてから敵に向かっていって切り刻む。それがあるべき姿なのかもしれない。しかし…。


「それ、自分の肌から離れたところから出せたりしないかっ?」

「やったことないし、難しいと思う」


 だよなぁ。染み出し系だもんなぁ…!


 自分の肌を力が通過することが合図なのか、あるいは力が空気に触れることがトリガーになるのかは分からない。だが前者であればたとえば広げた掌の上に火傷せず火の玉を出現させるのは難しいということになる。


 手伝ってもらう以上、風刃にはなるだけケガさせたくないってのに、クソッ!


 風刃を全身傷だらけにして生き残ったって全然嬉しくない。

 けれど前準備なしで敵に突っ込むからには、そんな考え方はただの我儘なのかもしれない。


「歩、もう着く」


 くそっ、タイムアップか!


 風刃の言葉どおり、暗闇の中に立つ人影が見えた。

 暗闇の中で交互に襲ってくるウルフたちを一人でいなしているが、一進一退といった様子で決してウルフを圧倒できているわけではないようだ。

 いや、もしそこに立つのが老師ほどの人物でなければとうにウルフ達に食い殺されていたのかもしれない。


 ええい、こうなったら当たって砕けるしかない!

 カリウムには老師の援護に回ってもらって、もしどうしても最悪の場合は風刃だけでも逃がす!

 それ以外は考えない!


 よし、行くぞ!




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