74 科学の力


 家に帰れなくなった、と無表情の男が呟くように口にした。

 寂しさや困惑といった感情の起伏はその表情に浮かんでいなかったが、かと言って嘘をついているようにも見えない。もし嘘をつくのなら、同情を誘うためにもっとそれらしい表情になるだろう。


「村って言ってたけど、なんていう村なんだ?

 どのあたりにある?それが分かれば帰れるかもしれないぞ?」

「俺が暮らしてたのはチーウェン村。シンフォン山の東にある」


 残念ながら俺がこの世界に来てまだ日が浅いので、地理には詳しくない。

 困ってカウンターの向こうのマスターを見ると緩く首を振りながら肩を竦められた。

 行商人が多く立ち寄るこの店のマスターに聞き覚えがないなら、正直俺にはお手上げだ。


 あとは各地に拠点をもつっていう盗賊ギルドの誰かに聞けばもしかしたら分かるかもしれないってくらいか。


 しかしいくら拠点をもつとはいえ、基本的に町中で護衛の仕事を引き受ける盗賊ギルドのメンバーはあまり外に出ない。各地を旅して盗品を捌いている商人ギルド員くらいしか遠くの地理には詳しくないだろう。


「後で盗賊ギルドの誰かに知らないか聞いてみよう。

 それはそうと怪我の具合はどうだ?

 帰るにしても怪我が治らないと旅は厳しいだろう」

「もう暫く休めばたぶん傷は塞がる」


 自分の胸を撫でながら男は無表情でそう言った。

 それにしても本当に表情に乏しくてビックリする。

 自分の体のことなのに、まるで他人事みたいに話している。

 流血具合からみて傷はだいぶ深いはずなんだが。


「ところで、あんたなんで俺を助けた?」

「うん?」

「ぼんやりとだけど、覚えてる。俺、あんたたちを攻撃しようとした。

 なのに、なんで俺を助けた?」


 男の無表情が動いていた。不思議そうな目が俺をまっすぐに見つめてくる。

 俺はその視線から何となく視線をそらしながら言葉を探した。

 あんなまっすぐな目で見つめられると、なんだかしっかりとした理由がなきゃいけないような気がして記憶の中の感情をさらう。


「なんでって言われても…。結局、攻撃してこなかったじゃないか?」

「攻撃しなかっただけだ。でもそれは手当てする理由にはならない」


 まぁ、そう言われるとそうかもしれないけど…。うーん、説明が難しいな。


「攻撃できたのに、しなかっただろ?

 俺たちを殺して一緒に死ぬより、あんたは生きたいと望んだ。

 だから助けた」


 自分で喋っていてもちょっと説得力に欠けるかなと思ったけど、まぁ事実だからしょうがない。


「もう力尽きていて攻撃できない、とは考えなかった?」

「いや、できただろ?」


 俺は確信をもって男を見た。

 あの時全身で感じた“気配”がハッタリなどであるはずがない。全身の毛が逆立つほどのそれが、紛い物であるはずがなかった。

 最後の力を振り絞ればあと一撃、攻撃できたはずだ。己の命と引き換えにすれば。


「…正解。やっぱりわかるのか」


 


 男は妙に納得したというか理解したような顔をして食事を再開した。

 俺はもうちょっと突っ込んで話をしたかったが、目の前の料理はそうしている内に冷めていく。

 とりあえず詳しい話は後にしよう、と俺も皿の料理に集中することにした。





 パブで昼食を終え治療キッドを大量に買い込んだ俺たちはパブを出て盗賊ギルドに向かった。しかしたまたま居合わせた商人ギルド員に尋ねてもそんな地名には心当たりがないということだった。男も俺の隣にいたが特にその表情は動かなった。

 仕方ないので俺は大鍋をもって井戸に向かう。湯を沸かして体を拭き、包帯を変えるためだ。


「これ、誰が作った?」


 無口な男が石組みのかまどを指さして尋ねてくる。


「俺だよ。初めて作ったんだ。ちょっとガタつくが使えないわけじゃない」

「石、組み直してもいいか?」

「えっ?そりゃいいけど…」


 俺が許可を出すと男はかまどの前にしゃがみ込み、一度全ての石をバラバラに崩して組み直し始めた。手慣れた様子で動く男の前で面白いくらい簡単に石のかまどが組み上がっていく。

 近くに転がっていた石まで組みこんで、俺が作ったのよりずいぶんと立派な石のかまどを男は完成させた。


「へぇ、すごいな」

「村でよく作ってた。だから慣れてる」


 口数少なくそう言った。

 俺のかまどを批評するでもなく、かといって自慢するでもない平坦な声だ。


「薪はあるか?あと火種も」

「このあたりは木が少ないからな。そのかわり乾燥した枝はちょいちょい拾える。

 火種はマスターから借りてきた」


 古代文明時代の品を解析して作られたというライターを見せながら告げると、男は頷いて立ち上がった。二人で集めれば燃料となる枝はすぐに集まった。それらを全てかまどの中央に隙間をあけながら並べ、最後の一本を手に取った。

 小さなスイッチを押すと青紫色の交差する電流が発生する。


「紫電の力かっ!?」


 ザッという土を蹴る音と共に男が飛びのき、警戒した様子で身構えながら俺を睨んだ。


「シデン?なんだ、それは?

 これは科学の力だよ。見たことないのか?」


 俺は首を傾げつつ、交差した電流の中心に小枝の先端をもっていく。すると小枝の先に小さく火がつき、俺はライターのスイッチから指を離して男に視線を戻した。


「カガク…?

 雷から火を生み出す秘術か何かか?」


 どうやら文明レベルが違うような気がする。

 男が生活していた村はだいぶ閉鎖的な田舎で、古代の文明に触れる機会がなかったのかもしれない。

 俺はちょっと怪訝に思いつつもわかりやすいたとえ話を考えた。


「高い木に雷が落ちると火がつくだろう?あれと同じさ」

「あれは天の力だ!人には起こせない!」

「それを人ができるようにしたのが科学だよ。やってみるといい」


 俺は手に持っていた火のついた小枝を使って火をつけ、中から新しい枝を取り出してライターと共に手渡す。

 最初は訝しんで俺とライターとを交互に見ていた男だが、やがて観念したのかあるいは好奇心に負けたのか、差し出した二つを受け取った。


「ライターの小さなスイッチを押すと小さな雷が生まれる。

 危ないから絶対に直接触るなよ?」

「わかった」


 おそるおそると言った様子で仏頂面の男がライターのスイッチを押した。手の中でバチバチと音を立てるプラズマに一瞬怯んだ様子だったが、大真面目な顔でそこに枝の先端を近づけていく。


「ついた…」


 まぁ、その為の道具だからな。


「わかったか?科学の力はやり方さえ知ってれば誰でも使える。

 危ないものも多いから扱いには注意が必要だけどな」

「カガク…誰でも使える…すごいな?」

「あぁ、すごいな」


 不思議そうに自分がつけた小枝の火を眺める男の目はまるでライターを始めて使った子供みたいだった。

 俺も原理を詳しく知っているわけではないので男の言葉に同意しておいた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る