75 鎌風の力
古代文明を研究して作り出されたというプラズマライターで乾燥した枝に火をつけた男は、古代文明の科学力を目にして驚き、そして感動したようだった。
「俺はまだレンプウの力も満足に使いこなせないのに…」
「レンプウ?」
俺がオウム返しすると、男は枝をかまどの中へ放り込み、近くに落ちていた小石で地面に文字を書き始めた。
二つ並んだ文字は見慣れたアルファベット風の文字ではなく、どちらかというと漢字に近かった。“鎌”と“風”。じっと眺めているとそんな風に読めた。
俺がこの世界で看板や本を読む時と感覚が似ている。文字そのものは読めないのに意味はわかるという、この世界に来てから初めて知った感覚だ。もしこの能力が日本で使えたなら異国語のテストは満点だっただろう。
「鎌…風…。うーん、かまいたちみたいなもんかな?」
言葉から受けるイメージとあの夜の光景を重ねて考えるとそんなイメージが浮かんだ。
そんな俺の前で男はその横に更に小石で文字を刻んだ。
「風と…刃?」
「フウジン、俺の名だ。
俺の生まれた村では赤子が生まれつきもって生まれた力にちなんで名前をつける」
あぁ、そうか!
“
“ふうじん”と聞くと俺なんかは雷神風神の風神を思い浮かべてしまうが、そうじゃないらしい。まさかこの世界で名前を漢字変換するなんて思いつきもしなかったから、初めて聞いた時はフーンって普通に聞き流してしまっていた。
この男の名前の意味からしてもおそらくこの男の能力はかまいたちに似たものなんだろう。
そう考えて、ふと男の体についた無数の傷を思い出す。あれはまるで鎌か何かで何度も斬りつけたような傷跡じゃなかったか?
「まさか自分の力を自分に使っていたのか?」
「違う。俺の力は大きすぎて村では使う事を禁じられていた。
だからまだ上手く扱えないだけだ」
風刃は少し不機嫌そうな顔をしたが怒っているわけではないようだ。胸の奥に燻ぶった感情があるのかもしれない。
それはともかく、さっきの言葉には他にも聞き捨てならない情報が詰まっていた。
「風刃の村では風刃みたいな特別な力をもった子がよく生まれるのか?」
「みんな大体何かしらの力をもって生まれてくる。大きな力だったり小さな力だったり。
俺の力は大きいけど、怪我をさせるから役には立たなかった」
風刃の話から一瞬で命を刈り取られた3匹のボーンウルフの事を思い出す。
確かにあの力が村人の誰かに向かえば危険だろう。制御できない力は最悪の凶器になりうる。そんな事態を避けたのかもしれない。
「うーん。人に向けなきゃいいんじゃないか?
あ、でも使う度に自分の体が傷つく力じゃ、そう簡単には使えないか…」
魔法の一種みたいな能力だったらうまく使いこなせれば便利だとは思うが、それにしても欠陥が致命的過ぎる。
もったいないなと考えながら俺も小石を拾って地面に自分の名前を刻む。特に意味はなかったが、久しぶりに漢字っぽい文字に触れたせいで自分でも何か書きたくなったのかもしれない。
「不思議だ。文字そのものの意味は分からないのに言葉の意味はわかる。
歩く、という意味の文字だろう?」
「あぁ、そうだ。俺の名前だ。これでアユムと読む」
「アユム…なるほど。
では歩の力は何か足に関する力か?」
どうしてそうなる?と思ったが、そういえば風刃の村では赤ん坊が能力をもって生まれてくるのが当たり前だと話していた。俺の名前を見て意味がわかった時、当然のようにそれを俺が持っているはずの能力と結びつけたのだろう。
「いや、俺は風刃みたいな力はもってない。
というかこの周辺で風刃みたいな力を使える人はいないんじゃないか?
見たことも聞いたことないし」
もしそんな力があればイオレットさん達が何か教えてくれただろう。それにこの世界に連れてこられて数カ月になるが、まだそんな不可思議な力を誰かが使っているのを見たことない。
故意に隠されているのでなければ、たぶん使えないんだと思う。
「使えない?
嘘だ!何故嘘をつく!?」
まるで大ぼらを吹かれたとばかりに強い口調で責められるが、使えないものは使えないのだからしょうがない。
「何故と言われてもなぁ…。
少なくとも俺が生まれ育った所では、そんな力をもって生まれてくる子供はいなかったよ」
「じゃあどうしてあんな状況で、何故まだ俺が攻撃できたと断定できた!?」
これまであまりに無表情だったので、あまりの落差に驚く。眉尻が上がり、まるで仇にでも会ったみたいだ。
ザワッと周辺に不自然な土埃が立った。
だからこそ俺はわざとゆっくりした声で喋る。
「なんでと言われても答えようがない。
死にかけている時に敵だと思う人間が近づいてきたとしたら、人はまず逃げるか攻撃しようとする。
あの時、風刃は動けなかった。けれど生きることを諦めてもいなかった。攻撃したら殺してやるって目で睨んでた。あとは本能っていうか…勘かな?」
ざわり肌を剃刀の刃でそっと逆撫でされるような気配がする。これはもう言葉では説明のしようがない、生物的な本能だった。
「風刃、落ち着け。ここで力を使ったら、町から追い出されるぞ」
「本当に嘘をついていないのなら、足を見せろ」
足?…あぁ、そういえば風刃の腕にタトゥみたいなのがあったな。
まぁ実際に足を見せて俺の言葉を信じるつもりになるならいいか。
悪魔の証明など俺にはできないので、大人しくブーツの紐を解いた。ぶ厚いデニム地のズボンを捲り上げ、下に巻かれていた包帯を解く。ラプターの噛み跡があるだけの何の変哲もない足があらわれた。
風刃は両目を見開いて俺の足をくまなく見分し、しまいには足の裏まで改めて肩を落とした。
「信じられない…」
「信じられないって言われてもな。
力を持ってないことの証明なんてできないし」
「力を持ってないくせに、どうして俺の力の気配がわかる?」
「その証明はもっと難しいな」
俺だって知りたい。
敢えて言葉にするのなら風刃の感情の動きと周囲の不審な風の流れだろうか?けれど肌の上を剃刀の刃で撫でられるようなあの感覚ばかりは本能としか説明できない。
「じゃあ歩は力の扱い方については知らないのか…」
「それを知りたかったから黙って俺についてきてたのか?」
妙に落胆した声だったので尋ねてみたら黙って頷かれた。よほどショックだったのかもしれない。
なんだか知らない間に期待されていたらしい。
わざと騙したわけではなかったが、なんだかちょっと可哀想になった。
「ま、まぁ、あれだ。
風刃の傷が治って旅費を作るまでにまだ時間はあるだろう?
町の外は荒野だし、練習するならちょっとくらいは付き合うぞ?」
「歩は力、使えないんだろう?」
風刃は無表情だったがどことなく詰っているような気がした。
いや、だからわざとじゃないんだってば。
「確かに力は使えないが気配はわかるし。
それに2人で考えたら何か新しい発見があるかもしれないだろ?」
「まぁ、確かに」
まだどこか風刃は納得していなさそうな雰囲気だったが、一応は了承したととっていいだろう。
「あっ…」
ブーツを履き直し、大鍋に水を入れようと振り返って言葉を失った。
かまどの中に置いた枝はすっかり灰になり、火が消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます