72 ヤギの食欲と手作りベッド


「うーん…」


 ヤギ用の飼葉入れはヤギが食べながらひっくり返さないようにロドモールで作った。

 その時に型として作った木製の箱はそのまま水入れとして使ってもらうことにした。表面に水分が染み出さないように塗料を塗ったので、ちょうど良かった。

 まだ藁はないので専用の寝床は作ってやれないが、次に麦を買いに聖王国に出向いたら一緒に買ってこようと思う。


 俺が今悩んでいるのはこれから作ろうとしているベッドについてだ。

 木でフレームを作れば多少の柔軟性はあるだろうが強度が心配だし、ロドモールで丸々作れば強度はあるだろうが背中は痛いだろう。

 市場に出回るクッションや座布団は薄いのでクッション性能は高くない。床に雑魚寝よりはマシだろうが毎日の睡眠の質に関わるので後悔しないように作りたい。


「メェ~」


 俺が地面に座り込んで悩んでいたら、背中を鼻先でつつかれた。

 振り返ると白ヤギがそこにいた。


「まだ食うのか?食いすぎじゃないか?」


 飼葉入れが完成した際に追加で麦を与えたばかりなのにもう腹が減ったらしい。

 飯を食い終わってすでにまったりしている黒ヤギとは大違いだ。

 呆れて白ヤギを見たが、“早く麦を出せ”とばかりに俺の服を食む。体の大きさは黒ヤギとは比べるまでもなく小さいので、もしかすると食べ盛りの成長期なのかもしれない。

 成長中の体が栄養を欲している時に与えてやらないのはさすがに可哀想だ。でもだからといって望むまま与えすぎて肥満体型にしてしまうのは飼い主としてどうなんだろう?


「メェ~メェ~」


 俺の服を食むだけでは飽き足らず、前足の爪で軽く引っ掻いてくる。

 その顔があまりにもひもじそうだったので、仕方ないと溜息をついて新しい麦を出してやった。

 すぐに飼葉入れに顔を突っ込む白ヤギに対し、黒ヤギは見向きもしない。

 一食に必要とする水や餌の量が全然違う。黒ヤギの2倍は平気で平らげる白ヤギが暴食なのか、それとも黒ヤギの食が細いだけなのか。そこが悩みどころだ。


 …まぁ目に見えて太ってきたら、餌の量を減らすか。


 とりあえずヤギの食時の適正量が分からないので様子を見るしかない。

 ちなみに聖王国の農村ではある程度であれば家畜が食べるだけ与えているらしい。肉をつけさせた方が解体した時に高く売れるからだそうだ。自分達もひもじい暮らしをしているのだが、肉を売ることで彼らも生計をたてないといけない。畑でどれほど作物を育てても彼らの手元には金も作物もほとんど回ってこないらしいから。


「それはいいとして、まずはベットだな」


 俺はさんざん悩んでデザインを決めた。

 まずはフレームをロドモールで作って組み立て、その上に木板を並べてロドモールで接着する。

 2階ではまだ男が眠っているので大きな音をたてられないからだ。

 1階の土間でロドモールのフレームを作って運び、2階で組み立てロドモールで接着すればそれほど大きな音はたたないだろう。

 それに男は昨日丸一日何も口にしていない。まだ怪我が完治していないだろうから寝かせておくのは構わないが、一度は起こして食事をとらせないといけない。

 ベッドが完成したら男を起こそうと決めて作業を始めた。





 ちょっと不格好ながらなんとか手製のベッドを完成させた俺は満足感を覚えつつ部屋を見回した。

 それぞれ部屋の隅に設置した二台のベットからは真新しい木の匂いが漂っている。

 片方のベッドは男が家を出ていったらフレームを足してソファに改良するつもりだ。寝転がりながら本を読んだりするのに便利だろう。手作りの家具だからできるアレンジだ。


 さすがに俺がベッドに寝て、俺より重症の怪我人を床で寝かせるわけにもいかないからな…。


 それはそうと眠り続けている男を起こそうと歩み寄った。しゃがんで軽く体を揺すりながら声をかける。


「おい」

「……」


 俺が声をかけると男の目はすんなり開いた。

 何の感情も浮かばない黒い目が俺を黙って見上げている。寝ぼけた様子もないので、実はずっと起きていたのかもしれない。


 ぐ~…


 …うん?俺じゃないぞ??


 盛大に腹の音がして一瞬焦ったが、俺の腹の虫じゃないなら原因は1人しかいない。


「立てるか?飯、食いに行こう」


 俺が誘うと男は黙って頷き、ゆっくり起き上がった。まだ体の傷が痛むようだが、起き上がれないほどではないらしい。

 見ていてちょっと痛々しいが、動けるなら動いた方がいいだろう。筋肉が衰えるのは驚くほど早いからな。

 それに戻ってくればベッドで眠れる。パブで座布団を買い込んで並べてやれば床で寝るより体は楽なはずだ。

 俺は無口な男を連れて階段を下りた。昨日脱がせた黒い革のブーツを大人しく履いてくれる。


「そういえば名前は?俺は歩だ」

「…フウジン」


 先にブーツを履き終えた俺が振り返って尋ねると、男は短くそう答えた。口の中が渇いているのか声はちょっとかすれていたが、決して聞き取りにくくはない明瞭な声だった。

 それにしても無口だ。いつも騒がしいニュクスィーがいるのでどうも比較してしまうが、雲泥の差だ。話を広げようとするどころか、俺の質問に答えるだけでそれ以上何も話そうとしない。


 …まぁ腹が膨れればまた違うかもしれない。


 なんせ丸一日何も食べていないのだ。どういう状況だったのかは知らないが、その前にもまともに食事をとっていなかったのならもっと空腹期間は長かっただろう。


 まずは腹を満たしてやることが先かもしれない。あれこれ聞きだすのはその後だ。


 俺は黙ってついてくる男を横目に見ながらそんなふうに思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る