71 新居最初の夜


 食い意地の張ったニュクスィーに粘られ本当に仕方なく“最後の一つだぞ”と言い含めて総菜パンを渡した。

 ニュクスィーがパンに夢中になっている間にパブを出てその足で盗賊シーフギルドに向かい、たまたま居合わせたギルド員達にも土産のパンを配った。喜んでパンを食べている彼らに聖王国の役人訪問の件で色々お世話になるかもしれないと言い添えると色よい返事が返ってきた。やはり手土産を用意しておいて良かった。

 イオレットさんもいたので少しだけ話をした。

 今後また聖王国へ麦を買い出しに行く時に護衛を頼むと思うので余った金は今後の為にまだ預かっておいてほしい旨を伝えると、問題ないと快諾された。

 そしてヤギや怪我人を運ぶと決めた俺のせいで迷惑をかけてしまった分、今回の報酬は少し多めにとってほしいとも頼んだのだが、それは笑って固辞された。護衛として依頼人に大怪我をさせてしまったことは自分達の落ち度だからと言って。本来なら護衛料を減額されても文句は言えないのだというのだから驚く。だがせめて正規の護衛料だけは受け取って欲しいと頼んだら、それには条件付きで頷いてくれた。

 その条件とは俺と二人のどちらかの休憩時間が被ったら、戦闘訓練を受けること。ラプターの襲撃に応戦して俺が大怪我したのを見て、とても危なっかしくて放っておけないと思われたようだ。俺の方としてもありがたい話だったので快諾し、ギルドを出た。


 ギルドを後にし家に戻ると、薄暗い1階ではロドモールの床の上で二匹のヤギが寝ていた。どうもまだお互いに慣れていないのか、それぞれが部屋の隅で丸まっている。今度藁でも買ってきて寝床を作ってやろう。おそらく麦よりもっと安く手に入るだろう。

 階段の下でブーツを脱ぎ、靴箱に放り込む。昼にブーツのまま階段を上ったせいか足の裏がざらつくが、もう暗いし掃除は明日になってからでもいいだろう。それより…。


「……」

「……」


 音を立てないようそっと天井に取り付けたドアを開くと、近くの人影から静かな寝息が聞こえてきた。

 まだベッドがないので床に直に寝かせているが、風邪を引かないよう薄い毛布をかけておいたので日が落ちて気温が下がった今も寒くはないだろう。

 俺は静かに足裏の汚れを払って2階に上がった。

 ゆっくりと扉を閉めると、窓から差し込む月明りだけになる。照明代わりに松明を用意してもいいが、今日は疲れてもう眠い。明日にしよう。


 眠っている男の顔を覗き込む。

 まともに会話をしたことがないので、まだどんな男なのかも不明だ。分かっていることと言えば、この世界では魔法に分類されるような不思議な力をもっているかもしれないことだけ。何故全身傷だらけだったのか、それを誰につけられたのか、聞きたいことは沢山あったが目覚めそうな気配はない。

 大量に失血していたのでできれば起きて水と食べ物を口にしてほしかったが、深い寝息を立てているのを起こすのも可哀想だ。

 俺は腰回りの水筒や刀などがぶら下がったベルトを外して枕元に置き、薄い毛布をかぶって男の隣に寝転んだ。


 明日になったらちゃんと起こして、何か食べさせてやらないとな…。


 この世界にはまともな医療機関や医療設備がないので、せめて傷が悪化してないといいなと考えながら眠りについた。





「ん…」


 寝返りを打とうとしたら何かにぶつかって目が覚めた。顔だけ向けるとまだ眠り続けている男の顔がある。どうやらぶつかってしまったらしいが、それで起きるような気配もない。

 欠伸をしながら起き上がり窓の外の太陽の位置を確認すると、いつも起きる時間より少しだけ高い位置にあった。疲れていたのでぐっすり眠ってしまったんだろう。連日の雑魚寝のせいか、体が軋む。早くベッドが欲しい。

 とりあえず井戸水で顔でも洗ってくるかと振り返ったら、もう一つ覚えのない人影が部屋の隅に毛布をかけて丸まっていた。


「…?」


 不信に思って近づくと、よだれを垂らしながら幸せそうに眠るニュクスィーの寝顔が見えた。

 薄いクッションを折り畳んで枕代わりにしていることから、俺たちがこの家を修理し聖王国を旅している間にこの家に住み着いていたのだろう。

 確かパブのベッドを使えば金をとられるが、それにしたってありえない。男が2人眠っている部屋で、どうしてこんな無防備に熟睡できるのか。

 呑気な寝顔を見ていたらムカついてきて思わずデコピンしてしまった。


「あいたっ!?」


 驚いたらしいニュクスィーが寝ぼけながら飛び起きる。

 寝起きなのに騒々しいのはもはや個性かもしれない。


「ずいぶん寝坊助だな?

 ヤギの餌やりはどうした?

 ちゃんと銅を掘って稼がないと養えないぞ」

「むぅ~。だからってデコピンすることないじゃん!」


 額を手で押さえながらニュクスィーがむくれる。

 毛はぼさぼさだし、目やにはついてるし、ヨダレの跡はあるしで女子力はゼロどころかマイナスだ。


「さっさと顔を洗いに行くぞ。

 ヤギたちにも水と餌をやらないとな」

「は~い」


 背中にむくれるニュクスィーの声を聞きながら枕元に置いておいたベルトを腰に巻く。心なしか水筒が軽くなっているような気はしたが、気のせいだろう。どちらにせよ今から新しい水に取り換えるので何の問題もない。


 今日はまず飼葉入れと水入れを作るか。

 家具も色々作りたいし、銅を掘るのは明日からにしよう。


 手持ちの金は心許ないが、銅を掘って売ればすぐに増やせる。

 傷が完治してからの方が採掘の効率がいいだろうし、まずは最低限必要な物だけでも揃えたい。

 家具類は銅を掘りながら追々増やしていくことにしよう。


「ほら、さっさと行くぞ」

「はーい!」


 準備を終えて振り返ると、顔拭き用の布を手に持ったニュクスィーはとっくにけろっとした顔で笑みを浮かべていた。




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