10 依頼料とギルド内設備


あゆむ!」

「イオレットさん?」


 盗賊シーフギルドの1階には大きなテーブルが3台あり、その周りに質素な椅子がいくつも置かれている休憩室のようなところだった。

 声をかけてきた美人ボス イオレットさんを振り返ると頬にかかった銀髪を耳にかけながら歩み寄ってきているところだった。


 美人がやるとになるなぁ…。


「何ですか?まだ何か?」

「いや、さっき用心棒を頼みたいって言ってただろ?あの話はもういいのかい?」

「あぁ…」


 確かに用心棒を雇いたいのだがどうすればいいのか、という話からギルド加入の話になったんだった。

 その原因になった赤髪女ニュクスィーを退けられたのですっかり安心して頭から抜け落ちていた。


「頭の悪い奴が自分に投資しろって粘着してきて困ってたんですよね。

 俺が寝てる間に財布を盗もうとしたらしくて不安だったし。

 これで心を入れ替えてくれるならいいんですけど…」


 イオレットさんの背後、建物の入り口を指さしながら説明すると、納得顔で“あぁ…”と呟いた。

 どうやら事情を察してくれたらしい。


「相互扶助がギルドの理念なら、ここのベッドで眠っている間に盗まれることもないでしょうし」


 円柱状の建物の壁に沿って螺旋状に伸びる階段を見上げながら言葉を続けると、イオレットさんの表情が曇った。


「いや、残念ながら手癖の悪い輩は何処にでもいる。

 我々もそういった奴らが悪事を働かないよう目を光らせてはいるが、それも完璧ではない。

 慣れた者ほど狡猾にかつ迅速に悪事を隠蔽いんぺいするものだ。

 相互扶助を掲げているとはいえ、あくまで最終的には自己責任だという気持ちでいてほしい」

「わかりました」


 まぁ、こんな世界だしな…。


 どうやらギルドに登録したからと言って安心して羽を伸ばせるわけではないらしい。

 交番が当たり前にある日本基準で物事を考えてはいけないと気を引き締める。

 けれど他のギルド員たちの目があるというだけで、少しだけ気持ちは軽かった。


 しかし考えてみれば心配していたお金の大半はギルドの登録料として消えてしまったし、明日にはバックパック購入も控えている。

 そもそも盗まれる前に所持金の大部分を使い切ってしまえれば、用心棒は必要ないかもしれない。


「後学の為に伺いますが、用心棒ってどのくらいの金額でお願いできるんですか?」

「町によっても違うだろうが、この町オレガノの飲み屋に派遣している警備員は1人当たり1日1500コマン。

 1か月分を現金で前払いしてくれるなら割引いて1人4万コマンだ。

 よほど特殊な事情でもない限り、用心棒も同じような価格帯になるだろう」

「なるほど…勉強になります」


 3食分のミートラップと同価格とは、ずいぶん安く雇えるんだな。

 欧米諸国のようにチップの文化でもあるんだろうか?


 店の隅で目を光らせていた警備員たちの姿を思い出す。

 背には二本の刀、体を覆っていた鎧も軽装とはいえ作り自体はしっかりしているように見えた。

 どれも古びていたとはいえ、とてもそんな安月給では買い揃えられないだろう。


 このあたりは明日にでもこっそりマスターに確認してみよう。

 金払いが悪い新人だと噂になって手を抜いた仕事をされても困るしな。


「旅の護衛としてギルド員を派遣することもあるが、その時は護衛を依頼したい本人と直接交渉してくれ。

 一応ギルドとして仲介はするが、町を出たがらないギルド員もいるんでな。

 ギルド側から強要はできない。

 依頼料の価格帯も交渉次第だ。

 比較的に腰が軽いのは商人ギルド員だろうな。

 商品を仕入れた町の店では当然捌けないから、必然的に別の街の店に持ち込むことが多い」


 なるほどなるほど。

 さすがやり手っぽいだけあって説明やアドバイスが的確だ。

 非常にわかりやすい。


「ありがとうございます。

 教えてもらえて助かりました」


 丁寧に頭を下げると緩くかぶりを振られた。


「なに、ギルド員なら誰でも知っていることだ。礼には及ばん。

 じゃあついでだからギルド内を軽く案内しよう。

 ついてこい」

「はい」


 心なしか外で話をしていた時より幾分か表情が柔らかい気がする。

 安心しきることはできないが、それでも盗賊ギルドというのは俺が想像していたよりずっとギスギスした場所ではないのかもしれない。


 イオレットさんの後に続いて階段を上りながらふとそんなふうに思った。





 イオレットさんが案内してくれたギルドの2階は訓練設備が並んだ訓練ルーム、3階は複数のベットが並ぶ仮眠室になっていた。

 訓練設備として置かれていたのは対人戦闘を想定したかかし人形や鍵開けスキルを磨くための宝箱なんかだった。

 いずれも年代物なのか古ぼけていて傷も多かったが、ド素人が最低限のスキルを磨くには十分な訓練設備なんだという。

 言われてよく見てみるとかかし人形の胸部や首には繰り返し衝撃が加えられた跡が残っていて、ゾクッと身がすくんでしまった。

 しかしスキルを磨かなければ襲われて怪我をするのは俺自身だ。

 そう自分を奮い立たせた。


 さっそく夜までの数時間そこで訓練設備を使わせてもらい、軽くランニングをして汗を拭き、ギルド3階のベッドに潜り込んだ。


「はぁ…」


 ベットもだいぶ古くやたらと硬い布団だったが、室内灯がぼんやり光る室内で眠れる安心感はこの世界にきて初めての感覚だった。

 ようやく人心地つく、とはこういうことなのかもしれない。

 簡単な自己流ストレッチで全身の筋肉をほぐしながら深く呼吸する。

 今夜はゆっくり眠れそうだ。


「こっちの電気消すぞ」

「あ、はい。ありがとうございます」


 野太い声がかかってそちらに視線をやるが俺の視線が届く前に室内の暗がりが増えてその顔は判別できなくなる。

 完全な暗闇ではないが、ベッドを使う人間が眠れるように灯りを落としたのだろう。

 俺は毛布をかぶって両目を閉じる。

 ちょっと匂いは気になるが、それでもガクンと下がる外気温から体を保温するのには十分だ。

 この世界で手足を伸ばして眠れるのなんて初めてだと思いつつ、うつらうつらと眠りに落ちていった。





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