9 盗賊ギルド加入
「それで、名前は?」
俺が手渡した硬貨を革製の財布にしまいながら涼しげな金髪美人のイオレットさんが尋ねてきた。
「あぁ…
どうやらこの世界でファーストネーム以外をもっているのは貴族や一部の権力者だけらしい。
借金返済の際、マスターに名乗った時に貴族の血筋かと驚かれたものだ。
もし貴族なら親に迷惑料を払ってもらえと言われて、誤魔化すのが一苦労だった。
それから俺はこの世界では苗字を名乗らないようにしようと心に決めた。
いらぬ疑いを抱かれてもお互い面白くないから。
「あたしはイオレット。
この町オレガノの
へっ!?ボス!?こんな美人が!?
説明も手慣れてたし玄関前に立ってたから、てっきり案内役のギルド員だとばっかり…。
「お…お若いのにすごいですね」
思わず目を剥いて凝視してしまい、慌てて取り繕う。
すると当の本人は楽しげにコロコロ笑った。
「盗賊ギルドは完全実力主義だ。年齢は関係ない。
それにたまには息抜きついでに警備や見回りに出たりもする」
どうりで…歯が立たないわけだよ。
美人でやり手の女ボスって感じかな。
会社の先輩にもたしかこういうタイプいたわ…。
どっと脱力して大きく溜息をつくと、笑い終えた女ボス…イオレットさんが目線を少し右に動かした。
「それで、そちらは?」
「“そちら”?」
イオレットの視線の先、俺の後方へつられるようにして顔を向ける。
と。
「はいはーい!
あたし、ニュクスィーでーす」
無駄に元気な赤毛が自己主張しながら前に身を乗り出してきた。
いい加減に諦めたんじゃなかったのかよ!
盗人兼ストーカーって誰得だよ!?
睨みながら心の中で激しいツッコミを叩きつける。
この間1秒。
そして完全無表情の真顔でイオレットに向き直り、平坦な声で短く答えた。
「知らない人です」
「ひっどーい!
一緒に寝た仲でしょー!?」
お前と一緒になんか寝てないし、仮に1憶歩譲ってお前と一緒に(同じ廃屋の中で)寝たという事実を認めたとして、誤解を受ける言い回しをするんじゃない!
絶対わざとだろ、この性悪女!
「頭のおかしい酔っ払いみたいですね。
無視しましょう」
「ひどーい!ひどーい!」
イオレットに笑いかける俺の背中をポカポカと殴り続ける赤髪女ニュクスィー。
いや、いくらなんでも発音しにくいし。
なまじセクシーという単語に似ているせいで、貧乳が悪目立ちしているぞ。
「じゃあ歩一人の登録ってことで受け付けていいんだね?
チームや派閥だったとしても登録料は一律なんだが…」
説明しながら俺たちを交互に見るイオレット。
それを聞いたニュクスィーが背中を叩きながらさらに暴れた。
「チームってことで一緒に登録してくれたっていいじゃーん!
ケチ―!」
「騒ぐしか能のない馬鹿と同類に見られたくない」
「ムキー!」
リアルで“ムキー”っていう奴、初めて見たぞ。
しかもちょっとずつ殴る力を強めてないか、コイツ…。
背中を殴られる度に俺のイライラも溜まっていく。
しかしいい加減にこの悪質ストーカーを諦めさせなければ俺の精神衛生上よろしくない。
これから先1カ月も粘着され続けるなんて悪夢だ。
そこで俺は背中を殴られながら考えを巡らした。
「よし、じゃあこうしよう。
アンタは自分で1万コマンを稼いで盗賊ギルドに登録しろ。
登録したら同じギルド員だ。
ギルドが掲げる相互扶助の精神に則り、ギルド員として常識の範囲内で手助けしようじゃないか」
そう、あくまでも“常識の範囲内”でな。
ただ一方的に金を投資…もとい援助することを相互扶助とは言わない。
万が一、これでコイツが心を入れ替えて貯金をし始めたとしても、目標金額に達する前に俺がこの町を出ていけばこの話も流れる。
うん、完璧だな。
黙って様子を観察していたイオレットに視線を送ると経営者らしい隙のない笑みを返された。
「ギルドとしてはどっちでも構わないよ。
ギルドの運営資金が増えるなら、責任者としてありがたいけどね」
よし、イオレットさんは味方だ!
心の中でガッツポーズをしながら赤髪を振り返ると“そうごふじょ…?”と悩み顔で首をかしげていた。
お前、そこまで馬鹿だったのか。
精神年齢がやたら幼いと思ってたけど、それほどとは…。
むしろ今までどうやって生きてきたんだ…?。
「お前、俺の仲間になりたいんだろ?」
「うん」
「俺はもう盗賊ギルドに登録したから、お前が登録料を支払ってギルド員になったら自動的に仲間になれる」
「!」
ようやく理解したらしい赤髪はポンと手を叩いて目を輝かせた。
どうでもいいが、このバカを騙すなら俺にもできそうだ。…悪用するつもりはないけど。
「新入りとしてギルド運営に貢献できるよう、明日から頑張って働けよ。
じゃあな」
このままお家へ帰って、さっさと寝ろよ?
ま、ギルド員じゃないコイツは
なにやら気持ち悪い顔でニヤニヤし続けているアホ面にこっそり溜息をつきつつ、俺の思惑に勘づかれる前にギルドの建物内へと向かった。
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