8 ギルド理念と美人ギルド員

「ここか」


 パブのマスターに教えてもらった通りに廃墟の角をいくつも曲がって南へ向かうと夕暮れに染まる円柱状のタワーみたいな建物が見えた。

 相変わらずコンクリートみたいな灰色一色でなんとも味気ない。

 パッと見たところギルド名が刻まれた看板もかかっておらず、一見すると何の建物なのかさっぱりわからなかった。


 そんな建物の入り口付近に一人、腕組みしながら壁に寄り掛かる女性の姿があった。

 銀髪は短く切り揃えられ、褐色の肌とのコントラストが美しい。俯く彼女の細められた目の虹彩は黄金色。全身スレンダーなのに腕を組んでいるせいかその胸元には確かな膨らみがあった。


 内心ぐっと拳を握りながら何食わぬ顔で声をかける。


「あのー…盗賊シーフギルドっていうのはここですか?」


 俺に声をかけられた彼女は背を起こして俺に向き直った。


「いかにも。仲間になりたいのか?」


 やや低めの声だったが陰のある立ち姿によく似合う。片手を腰にあてる仕草すらどこか色っぽさを感じた。

 どこぞの残念な赤毛とは天地の差だ。


「いえ、興味があったのでお話を伺いたいと思いまして」


 突然仲間になるかと問われて、二つ返事では頷けない。

 ここは平和な日本とはまったく別の常識がまかり通っている世界だ。相手の好意を当然と思って騙されたら、明日野犬の餌になっているのは自分かもしれないのだから。


 慎重に返答すると彼女は口角を上げて笑みを作った。


「安心してくれ。

 あたしらは別に誰かを騙して利を得ようとする集団じゃない。

 依頼されれば町の巡回もするし、店の護衛兼従業員としてメンバーを派遣したりもする。

 傭兵ギルドが町の防衛や旅の護衛に特化した集団であるのに対し、あたしら盗賊ギルドは各町に根付いた依頼を請け負う集団なのさ」


 うぅ…警戒しているのを見透かされたのか?

 まぁ彼女を信じるとすれば、おっかないのはギルド名だけってことになるんだろう。

 活動実態を聞くに、なんで盗賊ギルドなんて名乗ってるのかは不思議だけど。


「興味はあります。

 ただどうして盗賊ギルドなんて名乗ってるんですか?

 誰かから盗みを働くのが仕事ではないんでしょう?」

「あたしも詳しいことは知らないが、初代ギルド長の悪ふざけって噂だ。

 盗賊ギルドは色んな町にギルド拠点をもっている。

 その地域の店じゃ盗品扱いされて捕まるようなアイテムでも別の地域の街で捌ければ問題ない。

 そういう商人根性のあるギルド員が盗品を扱うんで盗賊イメージがついたってあたりが真相じゃないかと個人的には考えてるがね」


 八重歯を覗かせて笑う彼女の顔を見ながら考えを巡らせる。


 盗品と分かっていて買い取る商人がギルド員にいたということなのだろう。

 盗み自体はいけないことだと心底思う。俺自身、追剥おいはぎ集団に目を付けられて身ぐるみ剥がされた嫌な過去もある。

 ではそんな盗品を扱うギルド員を是としてしまうギルドはどうだろう?

 日本人的思考で考えればほぼアウトだ。

 だがここは日本ではないし、地球上でもないかもしれない。

 理不尽がふんぞり返って大通りを歩くような、そんな価値観と常識がまかり通っている。

 日本の法律が通用しない世界で日本人としての考えを捨てられなければ、明日地面に転がっているのは俺自身かもしれない。


「そのギルド員はまだ在籍しているんですか?」

「当人はとうに死んでいるだろう。

 でも同じように商売してるギルド員は各地に点在する。

 市場価格から大幅に値引きした値段で売買できるっていうんで、追剥の被害者や脱走した奴隷連中には喜ばれてる」


 殴打された痛みを思い出しながら震える拳を握り、奥歯を噛み締める。


 盗みは確かにいけないことだ。盗品と知って売買することも。

 けれどそのおかげで助かっている人が確かにいるのなら…完全な悪と断罪できないんじゃないか。

 この世界じゃ、その日食べるパンにすら困っている人は多いの。

 ましてやせ細った追剥達に一方的に袋叩きにされるしかない非力な俺がどれだけ声を荒げても、誰も聞く耳は持たないだろう。


 『郷に入れば郷に従え』…それもまた先達の残した大切な教えだ。


 拳を解き、なるべく心を落ち着けて口を開く。


「用心棒ができるギルド員を手配してほしいんです。

 どうすればいいですか?」


 尋ねると彼女は形のいい唇でニッと笑った。


「ギルドに加入してギルド員になるにしろ、チームや派閥として同盟関係を結ぶにしろ、やることは同じだ。

 少しばかり金を払ってくれればいい」

「金…?それだけでいいんですか?

 ギルド員が護衛を仕事として引き受けるなら、テストとかで実力を示さなきゃならないとか条件があるものかと」


 困惑しながら疑問を投げかけると彼女はフッと笑い方を変えて肩をすくめた。


「やらないよ、そんな無駄なこと。

 そもそも弱者をいつまでも生き永らえさせてくれるほど、この世の中は甘くないだろ。

 あんたも身に覚えがあるんじゃないのかい?」


 心の奥を見透かすような笑みを浮かべて彼女は笑う。

 俺は思わずドキリとして冷や汗をかくが、動揺して取り繕おうとする唇を引き結んだ。

 そんな俺に彼女は変わらぬ口調で言葉を続ける。


「あたしらだって毎日しっかり日銭を稼いで生きてるんだ。

 遊んでいられるほど暇じゃない。時間は有限だしね。

 これはビジネスなんだよ。

 登録料は初回のみ、1万コマンこっきり。

 あんたがギルドに何を望んでいるにしろ、話はそれからだ」


 1万コマン…高いな。


 服の上から硬貨の入った袋を撫でながら眉を寄せる。

 1カ月近く毎日採掘作業を続けてようやく手に入ったのは1万5千コマンだ。

 その大部分をギルドの登録料としてもっていかれるのは厳しい。

 初月給として15万円もらっても、気軽に10万円の物をぽんと買ったり出来ないのと心境的に近いかもしれない。


「ギルドに登録するとどんな特典があるんですか?」

「仲間が手に入るよ。

 ギルドの人間は互いを、そして仲間を守る。

 この町で飲み屋の護衛をしてるのもその一環だし、仮に別の街に移ったとしてもそこに盗賊ギルドがあるなら登録しているギルド員が力になってくれるだろう」


 “仲間”というこの世界とは縁遠そうな単語に虚を突かれている俺に、彼女は構わず言葉を続けた。

 その言葉をゆっくりと頭の中で反芻する。


 仲間?

 …あぁ、そうか。いざとなった時に協力できる人間が必要なのか。

 護衛としてギルド員を派遣するのも、元は助け合いの精神から生まれたんだっていうのも頷ける。

 パブのマスターがこのギルドを紹介してくれたのも、それだけこのギルドを信用している証なんだろう。


「登録料を支払ったら、ギルド内のベッドや訓練設備は自由に使ってくれていい。

 宿屋パブと違ってもちろんタダだよ。あぁ、先客がいなければだけど」


 訓練設備っていうのが具体的にどういうものかはわからないけど、ベッドは有り難いな。

 この一か月間、廃墟の床で寝ているせいか安眠できないばかりか体のあちこちがギシギシ痛むし。

 パブのベッドはマスターが客に貸しているのを見たことがあるけど、一晩50コマンかかる。仮に毎日ベッドを借りていたら、まだまだ借金返済生活が続いていたに違いない。


「運よくギルド内に商人ギルド員がいれば売買取引もできる。

 元盗品ってだけで、市場価格から大幅に値引きされた商品さ。

 あんたみたいにろくに防具も買い揃えられていない人間にとっては、それだけで十分すぎるほど恩恵があると思うけどね」


 俺の体を上から下まで視線を滑らせた彼女は強気な笑みで言葉を結んで腕を組んだ。

 みすぼらしいボロボロの衣服をまとっている俺としてはすっかり見破られっぱなしでぐうの音も出ない。


「それでどうするんだい?

 ギルドに登録するのかい?」


 1万コマンは確かに俺にとって大金だ。

 だが彼女が並べた言葉に嘘がないなら、決して損はしない取引なのだろう。

 彼女の金色の瞳はその自信を示すように力強い輝きを放っている。


 俺は苦笑いを浮かべながら観念し、溜息をつきながら服の下に隠した麻袋を取り出す。

 そしていつ間にか当たり前のように差し出されていた彼女の手に大きな硬貨を何枚ものせた。


「今日からよろしくお願いします」


 慣れた手つきで硬貨の回数を数え終えるとイオレットは八重歯を覗かせて笑った。


「盗賊ギルドへようこそ。歓迎するよ」


 それまでのドライな大人の雰囲気が薄らぎ、浮かべている笑みが本当に嬉しそうなものへと変わる。

 一瞬だけその笑みが無邪気な子供のように見えてしまい、驚いて目を擦った。

 イオレットさんには目にゴミでも入ったのか?と首を傾げられたのが慌てて誤魔化しておく。


 あの笑顔は、なんというか本当に嬉しそうだったな。

 俺を本心から仲間として歓迎してくれたってことでいいんだろうか…?




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