11 初めての収入(時価)
カン!カン!カン!
…カン……カン……
照り付ける太陽の下、ピッケルを振り下ろす音が二種類響きわたる。
一方は俺のもので、もう片方は…。
「ひぃ~っ。しんどいよ~。手にマメができちゃう~」
まだ採掘を始めてから1時間も経っていないのに、赤髪女ニュクスィーは涙目で泣き言を吐いていた。
俺が予想とした通りろくにピッケルを振るったことがないのか、ピッケルを振るう速度どころか姿勢にもだいぶ無理があり効率が悪そうだ。
俺から窃盗未遂しようとした奴にわざわざ指導してやるほど俺もお人好しではないけども。
パブのマスターに借りたのだろう古ぼけたピッケルは、今朝マスターから新しいピッケルを買った俺が昨日まで使っていたものだ。
何人もの人間に使われた歴史があるのか、今俺が使っているピッケルと比べて独特の癖がついている一品だ。
「騒いでないでさっさと売りにいけよ」
「このままじゃ足が棒になっちゃう~」
ニュクスィーは泣き言を垂れながら抱えられるだけの鉱物を抱えて集落の入り口に向かう。
その背中をチラ見しつつ、俺は背中のバックパックに今し方掘り出した銅片をいくつも放り込んだ。
背中にかかる重みが増え、その状態でまたピッケルを振り下ろす。
動物の毛皮をなめして作られたバックパックは柔らかく体にフィットして、肩が凝りにくい。
販売価格は1500コマンと決して安くはなかったが、想像していた通り何往復もしなくていいぶん多く稼げそうな気がする。
ピッケルと合わせて購入してよかった。
カン!カン!カン!
ギルドのベッドで安眠できたせいか、心なしか体も軽い。
朝目覚めて所持金が1コマンも減っていないのを確認した時の安堵と合わせて、相乗効果を発揮しているのかもしれない。
1万コマンは確かに痛かったが、あの時の決断は間違っていなかったと思う。
無心でピッケルを振っていると、しばらくしてうるさいのが戻ってきた。
「こんなにキツイのにこれっぽっちしかもらえないなんて詐欺だよ~」
戻ってくるなり地面にへたり込みながら騒ぐ。
とにかくうるさい。
騒ぎたいだけなら俺に声の届かないところでやってくれ。
「あ~疲れた~。喉乾いた~。お酒飲みた~い」
うん、うるさい。
アルコールを飲んだら余計に喉が渇くのが分からないのか?
「だったらこんなところで騒いでないで井戸の水を汲んでくればいいじゃないか」
「ただの水なんて美味しくないじゃーん。
井戸の使用料だってとられるしぃ~」
コイツ…。
呆れた俺はぶーたれるニュクスィー相手に口をつぐんだ。
昨日マスターが出してくれたラム酒一杯の値段に比べたら、井戸の使用料なんて安いものだ。
人間は水さえあれば何も食べなくても1週間は生きられるという。
今のニュクスィーの言葉を
というか、俺がゲンコツを落としてやりたい。
面倒だからやらないけど。
「酒造りできたら毎日美味しいお酒飲めるのにな~。
君にも飲ませてあげられるのにぃ~」
チラチラ上目遣いでこっち見るな。気色悪い。
「酒造りするのにも井戸水使うだろう。
赤砂まみれの食材を漬け込むわけにもいかないんだから。
まともにピッケル使う筋肉もないくせに毎日の水汲みに耐えられるのか?」
横目でツッコミを入れるとギクッとわかりやすく震えたニュクスィーが目を逸らす。
まぁ、わかってたけど。
「金を貯めてすぐに木製のバックパックを買えば効率も多少は上がるだろう。
いつまでも休んでないでさっさと働け」
興味を失ってぞんざいに会話を打ち切ると鬼とか悪魔とか文句を呟きながらようやくピッケルを振るいだした。
八つ当たりはやめろ、アル中の貧乏人め。
それからは昼前の巡回の時間まで黙々とピッケルを振るい続けたのだった。
「…こんなに?いいんですか?」
「おう」
巡回に来た追剥たちの影を遠くに見つけた俺は気づかれる前にパブに戻ってきていた。
いつの間にかずっしりと重くなっていたバックパックを重りに代わりにしながら運ぶのはいい運動になったと思う。
俺は掌にのせられたばかりの硬貨を見下ろす。
マスターから手渡されたのは5040コマン。大小合わせて10枚ほどの硬貨だ。
まだ午前中の数時間しか採掘作業をしていないというのに、今朝の時点での所持金をあっさり上回る金額を稼いでしまった。
…迷惑料っていくらだったんだろう?
聞くのが怖くて借金を完済した現在でも厳密な金額は知らされていない。
が、毎日何往復もして大量の金属片をマスターに手渡した1カ月間を思い出す。
初日はニュクスィーのように効率の悪い作業をしていたが、作業に慣れてからは毎日それなりの数を納品していたはずだ。
銅の方が鉄より単価が高いとマスターに教えてもらってからは銅採掘に切り替えたので、より買い取り額は上がっていたはず。
金属の塊ごとに多少の品質やサイズに差はあれど、そこまで買い取り単価が変わるとは思えない。
バックパックのおかげで確かに効率は跳ね上がったが、それでもせいぜい2.5倍くらいだろう。
一体いくら迷惑料としてもっていかれたのか……いや、考えるのはよそう。
マスターにはこの世界での常識や知識を教えてもらったし、盗賊ギルドも紹介してもらった。
恩人であるのは確かなんだ。
俺は自分の考えを無理矢理途中で打ち切って心を静める。
俺が追剥達に追われ逃げ込んできたせいでマスターや店、警備員をしていたギルド員たちに迷惑をかけてしまった。
店の備品の修理代や警備員のチップにそれだけ色をつけたのだろうと自分を納得させることにした。
“詐欺だ”と騒いでいたニュクスィーを反面教師にして俺は賢く生きなければ。
「これ、今日の井戸使用料です。
ちょっと水汲みに行ってきます」
「おう。昼飯食いながら飲みたいならコップも持っていけ」
「ありがとうございます」
カウンターにコップの買い取り分の硬貨を追加で置きながら木製コップを受け取る。
そして俺は昼の熱い日差しを浴びながら井戸へと向かったのだった。
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