6 おバカな盗人
“昼寝から目覚めたら無防備に眠る若い女が傍にいた”
このシチュエーションに嫌悪感を抱く日がこようとは…。
町の中を走り回ってきっちり撒いたはずの赤髪の女が、目の前でヨダレを垂らしながら眠っている。
ちなみに色気は1ミリも感じない。
一番近くの町でも徒歩で数日かかるらしいので、この町から出ない限りいつかは見つかるかもしれないと思ってはいたが、これほど早いとは…。
金に対する執着は平和な日本と比じゃないのだろう。
不安になって腹部の感触を確かめる。
一応服の中に仕舞いこんだまま膝を抱えて眠ったので盗まれてはいないと思うが、万が一ということもある。
服の中から麻袋を取り出した俺は幸せな顔で眠りこける赤髪女を横目に睨みつつ、硬貨の枚数を数え始めた。
………。
……。
…。
「1万5千コマン…」
“コマン”というのはこの世界で扱われている共通通貨の単位らしい。
元は古代に栄えた帝国で使用されていた貨幣の単位らしいが、詳しくは知らない。
円換算していくらなのかは知らないが、俺が毎日口にしている広げた掌サイズの干し肉はおよそ90~100コマン(時価)だという。(価格変動の要因として市場価格の変動のほか、干し肉本体のサイズや品質、輸送時の事故などが影響するらしい)
マスターの店はパブと言いつつ、実態は飲み屋兼雑貨屋だ。
町に一つしかない店だけあって、酒や食べ物だけでなく包帯や武器まで取り扱っている。
食料をはじめ最低限の物資は揃えることが出来るだろう。
干し肉を数日分買い込み別の街を目指してもいいが、道中のまた追剥たちに狙われないという保証はない。
行きついた町で稼ぐ手段がなければ、そこで飢え死にする危険性もある。
この町が限界集落であることは確かだが、もう少し筋力…主に脚力に自信がつくまでこの町を拠点に活動してもいいかもしれない。
「あの店にも少しは還元しないとだし…」
恩を無碍には出来ない。
微々たる恩返しでも、しないよりはした方がいいだろう。
それに…。
「マスターともっとちゃんと喋ってみたいし」
「んにゅ…」
呟いた途端に視界の隅で人影が動いて肩が震える。
顔を向けると目をこすりながら赤毛女が体を起こしていて、俺は慌てて硬貨を麻袋に突っ込むと服の中に隠した。
「ふわぁ…よく寝たー」
赤毛女は呆れるほどの大欠伸をして腹を掻く。
残念ながらその姿には色気のいの字もない。
まったく、どこのおっさんだ。
「あ、おはよー?」
「寝てる間に何もしなかっただろうな?」
寝ぼけ眼で声をかけてくる赤毛女を睨みながら服越しに麻袋を撫でる。
現在の所持金は数えたが、眠っている間に抜かれていないという保証はない。
「そんなことしてないってー。
だいたいあんなにガッチリ抱え込まれたら、起こさずに抜くのは無理だし」
「試したのか」
「あっ」
赤毛女はあからさまに“ヤベッ”って顔をして明後日の方を向く。
とぼけた顔で下手くそな口笛を吹くが、白々しいことこの上ない。
嘘は下手くそなようだが、決して善人の部類ではないだろう。
「ねぇ、ねぇ。
そのお金の使い道なんだけどさー?」
「うるさい。
金が欲しいなら自分で稼げ」
再び体を密着させて来ようとする赤毛女を
「もー、元手もなくお酒が造れるわけないでしょ?」
そんなことも知らないの?という顔で怒られるが、ハッキリ言って俺には関係ない。
「知らん」
「これは絶対に儲かる未来に対する投資なんだよ?
きちんとお酒が造れる環境を整えてくれたら、いずれ借りたお金はちゃんと返すから!」
いくら粘られてもそんな保証のない未来に金は出せない。
「それこそパブのマスターに頼めばいいだろう。
酒を造っても降ろす先はあの店しかないんだし」
「1カ月間、拝み倒して無理だったからアンタに持ちかけてるんじゃん!」
事後だった。
そして惨敗していた。
ふくれっ面を見るに、どうせ箸にも棒にもかからなかったのだろう。
あの善人っぽいマスターでさえ金を出さなかったのだから、この女に金を渡したら十中八九酒代に消えるに違いない。
「そもそも眠っている最中に金を盗もうとした人間に信用があると思っているのか?」
「まだ盗んでないもん」
「まだとか言っちゃう奴には一生貸さん」
「ぶー!」
赤毛女の頬が風船みたいに膨れ上がる。
外見だけ見れば20歳前後といったところだが、どうも
むしろ何を間違って色仕掛けなんて仕掛けてきたのだろう?
大人の手練手管なんて知らなさそうに見えるのに。
「全部なんて言わないからさー。
ちょっとだけでも、ね?」
「黙ってたら全部むしり取る気でいたくせに。
コソ泥に用はない」
あざとい上目遣いを押しのけて立ち上がり、足早に倒壊した家屋を出た。
集落の北端に位置するこの建物は周囲の建物より一回り以上大きい。
外から見るとしっかりと二階部分もあることから、元は大きな規模の商店か金持ちの家だったのだろう。
この集落の建物は全てコンクリート色の建材で建てられているせいで建物の使用用途が分かりづらいけども。
「ねーってばー!」
「しつこい」
あの強面のマスター相手に1カ月も粘り続けたメンタルは伊達じゃないらしい。
俺は内心舌打ちしつつ、歩を早める。
やっぱり油断ならないな。
この町に拠点を置くにしても狭い集落だし、何か対策をしないとダメだろう。
この赤毛女以外にもあの時パブにいた客には見られていたわけだし、このままじゃ安心して眠ることもできないぞ。
いっそマスターに相談してみるか?
そんなことをぐるぐる考えながらパブへ向かう。
つられたように赤毛女も立ち上がってついてくるがあえて無視した。
どのみち行き先は同じだから。
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