4 採掘生活 1カ月目
カン!カン!カン!
その日も夜明けと共に町の外に出た俺は古ぼけたピッケルを振るって鉄を採掘していた。
採掘と言っても鉱山でピッケルを振るうのとはちょっと事情が違う。
赤茶色の荒野だと思っていた町の周辺には所々金属の塊が顔を覗かせていて、それをピッケルで少しずつ掘り出す…その行為を採掘と呼んでいるらしい。
なんでもこれらは古代文明の名残りであり、明確に所有者というのは存在しないということだ。
だから掘ったものを店に持ち込んで売り払っても誰も文句は言わない。
俺の借金返済はそのおかげで成り立っているといってよかった。
カン!カン!カン!
無心になってピッケルを振るう。
何かを考え始めると悲観的な未来に囚われてしまうので、何も考えず作業に集中できる時間があるのはむしろありがたかった。
時間を忘れてピッケルを振るっているとやがて腕の筋肉が悲鳴を上げ始める。
一休みすることにしてピッケルを下ろすと、視界の端に人影がうつった。
「…!」
遠くに見えた人影はやせ細った追剥集団だった。
もちろん俺から衣服を強奪していった奴らとは別人だ。
どうもこの周辺には似たように追剥をする輩が多いらしい。
パブのマスター曰く、かつてのレジスタンスの生れの果て…なんだそうだ。
俺は採掘した金属を急いで衣服の中に隠し、ピッケル片手にその場を離れる。
この周辺は身を隠せるほどの木陰や茂みがない。
追剥達を見かけたら町の中に逃げ込んでしまうのが一番いい。
「おい!いたぞ!」
「待て!食料置いてけ!」
俺を見つけたらしい追剥集団がこっちに駆け寄ってくる。
俺は舌打ちして町の門まで全力疾走した。
この数週間ひたすら毎日採掘し、重い金属を抱えて町と採掘場を往復した俺の足にはそれなりの筋肉がついていた。
全力疾走すれば飢えた彼らを撒くのは簡単だ。
仮に町に辿り着くまでに姿を見られても、こちらの足が早ければ途中で追跡を諦めてくれる。
途中で撒いてしまえば、パブに迷惑をかけずにすむ。
彼らだってろくな装備もないのに手練れの従業員が常駐しているパブに殴り込む気はないのだ。
自分達が狩れそうなカモを見失えば諦める。
「もう見回りの時間だったか…」
背後を追ってくる気配がなくなって俺はようやく走るのをやめた。
そして乱れた呼吸と衣服を整えると、すっかり覚えた道のりを辿ってパブに向かう。
どうやらこの町周辺には追剥集団が複数存在していて、それぞれが縄張りをもっているらしい。
彼らは日に数回見回りをしているらしく、たいてい日の出の後すぐと昼前、そして日暮れ前に巡回にやってくる。
時計がないので正確な時間はわからないが、太陽の高さを見るにおそらくさきほどの集団は昼前の巡回にやってきた奴らなんだろう。
「…らっしゃい」
パブの扉を開けると聞き慣れた低いバリトンが俺を出迎えた。
店内にたむろしていた客連中は一瞬だけ俺に目線をよこすが、すぐに興味を失って会話に戻る。
毎日のように酒場に入り浸っている常連連中とはすっかり顔馴染みだ。
一言も話したことはないが、毎日酒が飲めるだけ所持金はあるのだろう。
羨ましいことだ。
俺はカウンターの前まで来ると衣服の中に入れて抱えてきた金属の塊をカウンターの上に並べる。
強面のマスターはいつものようにポケットからとり出した
俺はその真剣な顔を見ながらぼんやりとあの日の事を思い出していた。
あの日、追剥たちから奪った衣服を身にまとって金属を持ち込んだ俺を見ても、マスターは何も言わなかった。
後から考えれば俺も前日のショックでそうとう憔悴しひどい顔をしていたはずなのに。
ただ黙って金属の品質を確かめ、採掘する金属のサイズや査定ポイントを口数少なく教えるだけで。
そうして俺は悟った。
これが普通なのだと。
こうして生きるのが当たり前な地域なのだと。
追剥達もまたそうして干し肉を手に入れ、生きているのだろう。
ここはそういう世界なのだ。
「ほら、飯だ」
査定を終えたらしいマスターはぼんやりしていた俺に掌より一回り大きい干し肉を手渡してきた。
ドライフリーズ顔負けのカッピカピに乾燥しきった干し肉だ。
噛んでもとても噛みきれるものではなく、ナイフで一口大にちぎり欠片を何十回も咀嚼してようやく飲み込めるというシロモノだ。
それでも生きるためには“不味いから食べたくない”なんて言っていられない。
マスターの熊みたいな手から干し肉を受け取って懐にしまう。
追剥が食料を求め徒党を組んで徘徊するような地域だ。
不味い干し肉といえど持ち歩けば彼らにとっては恰好のカモだ。
これを全て食べ終えるまでは町の外には出ない方が利口だろう。
これから太陽の位置が高くなれば気温が上がって外での作業は難しくなる。
いつもの
採掘作業にはだいぶ慣れて筋力もついてきたが、それでも肌を焼く昼の日差しの中での作業は地獄だ。
日の出と共に起き、昼前まで採掘作業をし、数時間の昼寝を挟んで日が暮れるまで採掘作業をする。月が昇るまで町中でランニングをして足の筋力を鍛え、廃墟の片隅で眠りにつく。
それが俺の一日のルーティーンだ。
「おい」
そのままカウンターを離れようとした俺にマスターが声をかけてきた。
何事かと振り返ると、マスターはジャリッと金属音をたてながら麻袋をカウンターの上に置く。
「今ので迷惑料の支払いは終わりだ。
こいつは餞別だ。持っていけ」
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。
干し肉を噛む様にゆっくりとマスターの言葉を脳内で咀嚼し、飲み込む。
終わった…?
餞別って、そんな…。
「でも俺、迷惑を…」
乾いた唇から続く言葉が出てこない。
もう何日も誰とも会話をしてこなかったせいか、会話する為の頭がうまく回らない。
「迷惑料はきっちり受け取ったって言ってんだろ。
お前みたいなヒョロヒョロした奴、野放しにしたらすぐ野垂れ死にそうだったしな。
採掘と往復のマラソンでそこそこ筋肉もついたみたいだし、そろそろいいかと思ってよ」
面倒くさそうな顔で言いながら革袋を胸に押し付けてくるので、とっさにそれを受け取ってしまった。
ずっしりとした硬貨の重みが腕にかかる。
それを落とさないように気をつけながら、ゆっくりと言葉の意味を咀嚼した。
ずっとサボっていた脳の回路がようやく動き出す。
つまり今まで仏頂面で金属の査定をしながら、俺の筋力がつくまで待っていてくれたのか。
財産どころか一食分の食料の為だけに襲われるこの世界で、奪い取られない最低限の食料だけ手渡して俺の成長を見守っていてくれたのか。
どう稼いでいいのかもわからない俺に手段と知識を与え、飢えないよう少しずつ食料と水を与え、ろくに喋らない俺の為に再出発の為の貯金までしてくれてたのか。
本来そこまでしてもらう義理もないのに。
「逃げ出したら本気で脳天かち割ってやろうと思ってたんだけどよ。
まぁひょろい割に最後まで文句たれずによく働いたじゃねーか。
今度こそ盗られんじゃねーぞ。
そんでたまにはウチにグロックでも呑みにこい」
頭の中でゆっくり強面マスターの言葉を反芻して…視界があたたかく歪んだ。
零れ落ちるのもそのままに、深く頭を下げる。
「今まで…ありがとう、ございました…っ」
「おう」
いつも口数の少ないマスターの声がこの時ばかりは少しだけ照れたように優しく耳に届いた。
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