3話 あなたに恐怖

「なんで俺達が心霊写真を撮りに行かないといけないのかな……」

「仕方ないだろう?得意先の先生の中学生の息子さんが、オカルト研究会の部長をして、本物の心霊写真が欲しいと言うんだから」

「勝手にさせておけば良いのに……」


中央第一営業所。パソコンの前に座っている風間は鼻の下にペンを挟んでいた。姫野はパソコンの本日の売り上げを見ながら呟いた。


「俺もそう思うが、先生は親として中学生だけで心霊スポットに行くのは心配なんだろう」

「つうか。そもそも止めるのが親の務めだと思うんですけど」

「まあ。先生もお忙しいし。子供の意志を尊重したいと言われれば、俺も何も言い返せなかったんだ」



夕刻の中央第一営業所。そんな姫野がさっとデスクに広げた地図を、背後で掃除をしていた小花が覗いた。


「……恐れ入ります。それは何の地図ですか?」

「ん?札幌心霊スポットの地図だが」

「なぜそのような物を姫野さんはお持ちなのですか?」


化け物を見るような目の彼女に営業所はシーンと静まり返った。

姫野はオホンと咳払いをした。


「君。これはうちの会社にある貴重な地図だ。確か、石原部長がコンビニで売っていたのを買って来たんですよね」

「そだよ」

「え?」


彼女の驚き顔。パソコンを操作しながらハハハと笑う風間に彼女は目を見開いた。


「コンビニで?これを?」


姫野は笑いながら呟いた。


「そうだ。札幌では夏になるといつの間にか売っているんだ。君の家の近辺もせっかくだから見てやろうか」

「お断りです。自宅の傍にあったら怖いですもの」


そういって彼女は姫野に背を向けてモップを掛け始めたが話を続けた。


「そもそも。札幌のあの地上鉄の南北線の駅で『霊園前駅』ってあったそうじゃないですか」

「今はその駅名ではないぞ」


うなづく彼女はそこが怖かったと話した。


「今でも怖くて、あそこの駅の時は目を瞑ってしまいますもの」

「……ちょっと待って。小花ちゃん。その前に、何て言った?」


風間はそう言いキーボードを叩く手を止め、目を瞬かせた。


「?『霊園前駅』ですわ」


風間はくるりと椅子を小花に向けた。


「違う。その前」

「南北線」

「もうちょい、前!」

地上鉄ちじょうてつ?」

「それ違うから!」


風間はちょっっと待ったと立ち上がった。小花は何の事か分からずキョトンとしていた。


「小花ちゃん。あれは地下鉄ちかてつだよ」

「でも風間さん。あれって地下鉄なのに、あの辺から電車が地上に出るのに」


札幌オリンピックのために開通した地下鉄南北線。工事の費用と施工の方法の結果、確かにこの駅から電車は地上に現れる。そこは雪から守るために筒状のカプセルになっており、その中を電車が通る仕組みになっている。


「いいの。あれは地下鉄なの!」

「でも。カプセルみたいな所を電車が通るなんて変……」


すると姫野が小花に振り向き、口に人差し指を立てた。


「黙れ小花」

「え」

「それ以上踏み込んだらお前は札幌の人間を敵に回す事になるぞ」

「そんなにいけない事なんですか?やっぱり怖い……」

「小花ちゃん、こっちにおいで。私とクッキー食べましょう」


怖がる小花を男らしく抱きしめた松田。姫野は眉間にシワを寄せたが、風間に向かった。


「それよりも、風間、俺達の行く心霊スポットはどこにする?」


話しを聞いていた石原は、競馬新聞から顔を出した。


「滝野公園だな。あそこに夜に行けば、何もしなくても何か映る。俺の経験がそう言っている」

「近いですしね。よし。今夜行くぞ、風間」

「……はぁい」


こうして姫野と風間は滝野公園にやってきた。


自然溢れる素晴らしい森林公園。川の横の散歩コースを上流に上って行くと、滝が多くある素敵なエリア。二人は懐中電灯を持って進んでいた。屁っ放り腰の風間は姫野の腕にすがっていた。


「ひや!人魂!」

「蛍だ。最近、育てているらしい」

「ぎゃ!モスラ!」

「蛾だ」

「蛾!?」

「バカ!そんなにくっつくな!歩きにくいだろう」


深夜10時。姫野は預かったデジカメ。風間は使い捨てカメラを持参していた。

真っ暗で誰も居ない道。姫野は手に懐中電灯を持ち、勇しく進んで行った。


「先輩は怖くないんですか?」

「俺は田舎育ちだから暗いのは怖くない。だが、熊とかは怖いな。さすがにここには居ないだろうが……」


すると前方に光る目を見つけた。


「ぎゃああああ」

「……あれはキタキツネの目が光っていただけだ」


姫野はずんずん進んで行くので、風間は彼の腕を組んだ。 


「先輩!そんなに奥まで行かなくても、あの滝にしましょうよ!」

「……そうだな?いい感じで岩も出ているし。よし写真を撮ろう」


そういって姫野は平気な顔でパシャパシャ取り出した。


「ほら、風間も撮れ。木の枝もそう言う風に見えるかもしれないから」

「あれ?押しても……シャッターが。おかしいな?」


その時、風間の耳にはパチ、パチという音がした。


「……先輩、なんか変な音が」


恐ろしさで腰が引けている風間に、姫野は構わず、周囲の写真を撮っていた。


「お前を撮ってみるか。なんだ。まだ撮って無いのか?貸してみろ」


臆せず使い捨てカメラで撮り終えた姫野は、恐怖で脱力した風間の肩を持って道を引き返した。


「ほう。あれはコウモリじゃないか?」

「もういいですよ。早く帰りたい……」


こうして二人は駐車場に戻ってきた。風間はすっかり疲れていた。


「あれ。ドアの所が、濡れている?……」

「夜露だろう。さあ、乗れ」


恐る恐る助手席に座った風間は、後部座席をちらとみた。


「……先輩。後ろに誰か乗ってます……」

「そんな訳ないだろう。ほら?誰も居ないぞ!」


姫野は気にせず、車を走らせた。




怖くてたまらない風間はじっと前だけを見ていた。しかし、ある事に気が付いた。


「先輩……見て。フロントガラスに手形がいっぱい……」


恐怖の風間。しかし姫野は淡々としていた。


「午前中に部長が乗ったから、拭いた時にベタベタ触ったんだろう」

「でもこれ……子供のサイズじゃないですか」

「猫か?そんなに気になるなら停めて拭くか……」


車を減速した姫野に風間は寄せ!と腕を取った。


「良いの!一刻も早くここから去りましょう!」


その時、うっかり後を見た風間の視野には、後部座席を座る男の膝が見えたような気がした。


「早く早く早く!!」

「そうか?だったら……」


姫野はアクセルをベタ踏みし、加速を上げた。


「何してるんですか?……ブレーキを……バカ!止めて止めて……止めろぉーーー?!」


誰もいない公園の広い道路。姫野は風間のために全開ドリフトで曲がってやった。


「ぎゃあああああああ?ーーーーー!」

「アハハハ。この車。タイヤがズルズルだ……って。おい。風間?」


気が着くと助手席の風間は失神していた。


「……やりすぎたか……」


ちょっとだけ反省した姫野は、優しい運転でスキノまで帰ってきた。やがて、風間はその眩しいネオンで目覚めた。


「先輩。いいから俺の話を聞いて下さい。このまま俺の家に車を停めたらそのまま神社に行ってお祓いしてもらいましょう」

「……なんでまた」

「いいから!たまには俺の話も聞いて下さい」


駐車場に車を停めた足で、二人はススキノにある神社に行った。夜の十一時過ぎだが繁華街で人が賑わっていた。


「何だっていいんですよ。ほら、お賽銭を!」


ぶつぶつ言いながら姫野は、賽銭箱にお金を入れ手を打った。


そして彼は風間薬局の店から『脂肪揉みと出し』と書かれた塩を取り出し、自身と姫野と乗っていた営業車にふりかけた。


「お祓いよしっと。あと、そのカメラは俺は知りませんからね!」

「何をそんなに怒っているんだ?お前は」


まだ怖い風間は、必死に姫野に助言した。


「……先輩は、寄り道せず帰って下さい。そのカメラは車に入れて、先輩の家に入れないでくださいね

「写真を確認しようと思ったが。まあ、そこまではいいか」


そして風間は店の奥から何やらお札を持って来た。


「うちに沢山あるから。これ持って帰って下さい」

「ここまでするのか?分かったよ……じゃあな」



そういって姫野は、自宅へ帰った。カメラは忘れると面倒なので車の中に入れたままにしておいた。



翌朝。会社で風間は真顔で新聞を広げていた。


「……先輩。この記事見てください」


風間はソウルバイブルである北海道新聞、通称『道新』を広げていた。


「『大学生、集団パニック』。昨夜の11時。滝野公園で花火をしていた大学生達が、何者かに襲われ川に落下。命に別条は無し、だって」


「酒でも飲んでいたんじゃないのか」


「先輩は幸せ者ですよ」


「おはようございます。清掃です」


そこへ小花が、ぞうきんとバケツを持って現れた。




「お前……それ。どおした?」


きょとんとした彼女の口元には絆創膏が貼られていた。

しかも、七分丈の作業着の袖から見えた細い腕には、青あざが見えた。


「どうしたの、そのあざ?」


「ちょっと。のっぴきならない事情が」


「なんでこんな事に……」


その痛々しい彼女を見た姫野の方が痛そうな顔をした。




「明後日、私の住む町内会でバレーボール大会があるのです。今回はメンバーが足りないので、私が出ることになりまして。夕べは練習をしたのです」


「この口を切ったのは?」


「ボールが当たりまして」


「腕は?」


「レシーブを受けたら、今朝こうなっていました」


「そんなに本気でやらなくても……」



すると彼女はスマホを取り出した。


「これは練習のお誘いのメールです。この方はいつもお世話になっている民生委員の猪熊いのくまさんで、監督兼キャプテンなんです」


そこには、バレーのユニフォーム姿の恰幅の良い中年の女性が写っていた。


「この写真が練習の合図なの?」


風間の問いに小花はうんとうなずいた。


「昨夜はさすがにきつかったです。全員が猪熊さんの強烈アタックを近距離でレシーブできないと、練習が終わらないので私も必死でしたわ」


「怖!」


猪熊の写真を見た風間は口を押さえた。


「優しい方ですが、実物はもっと威圧感がありまして。私、というか、うちの町会で健康な女性には拒否権はないのです」


「確かに……これは断れないよ」


うんと風間が頷いた。



「しかし。お前がそこまでやらなくても……」


彼女の痛々しい絆創膏を見た姫野は、肩を落とした。


「でも大丈夫です。本番の作戦も打ち合わせしましたし。明後日はナンバーワンを目指します!……ところで、夕べは怖いお写真撮れたんですか?お化けがでるスポットにいらしたんですよね」


小花はにっこりと笑うとバケツに入れたぞうきんをぎゅうと絞った。


「風間はドリフトで気絶したがな」

「ああ。あれは怖いですものね」


なんか知ってる風の彼女に風間は目を上げた。


「もしかして。小花ちゃんもドリフトされた事あるの?」


「姫野さん。私のはスピンターンですよね?」


「ああ」


「……スピンターンって。怖くなかったの」


「一瞬ですもの」



「怖い」


「そんなに震えてらして。風間さん。よほどお化けの写真が怖かったんですね」


「俺が怖いのはお化けじゃないです……」


「ん?なんか言ったか、風間」


「風間さん?」


あきれた様子で姫野と小花を見ていた風間は、すっと立ち上がった。



「先輩!いいからさっさとそのカメラを返しに行きますよ」


そういって営業所を飛び出した風間を姫野はやれやれと追った。


真夏の太陽はじりじりと照り、街を熱くしていた。


札幌の夏はこれからだった。



つづく

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