第九話-⑥



 本日のお昼ご飯は、宗一郎が製粉し月夜の監修の下に作られた、コンキリエというショートパスタを使ったものだった。貝殻のような形状をしたパスタにミートソースがよく絡んで、大変美味である。

 どのくらい美味かと言えば、


「これを城の料理長が知ったら、悔しさのあまり涙を流しそうね」


 と、アリーヤがニッコニコで絶賛するくらいには美味である。

 同じく現地人のリサはといえば、そもそも宗一郎と月夜が作ってくれるご飯は美味しいが過ぎるので、文句など最初から欠片もない。最近は遥香と一緒になってお料理を教えてもらっていた。

 それはともかく。


「なるほど、概要は理解した。どうにも違和感が付きまとっていたが、これでようやくすっきりしたな」

「違和感?」

「ああ。一番の問題は、我々が違法薬物の案件に注目し過ぎていたことだ」


 むぐむぐとパスタを丁寧に噛み砕き、一切の淀みも見せずに食道経由で胃へと流し込んだ有雨は、次の咀嚼までの間に説明を挟み込む。


「最初から妙だとは思っていた。確かに違法薬物の蔓延は脅威だが、それにしては件数が少なすぎる。二次被害の波及力ばかりに注目しがちだが、それにしては本体の事件が想像以上に少ない。なによりも、事件が私たちの周囲で起きすぎている」


 東区の冒険者協会での冒険者暴走事件。

『根』上層で発生した神薙拉致未遂事件。

 マグナパテル王城内での異形強襲事件。

 三つの事件を指折り数えた有雨はそこで一度切り、木製スプーンでひと匙すくい口に運び、もう一度それを繰り返して咀嚼する。


「その中でもっともおかしいと思ったのは、宗一郎と月夜が関わった協会東区支部で冒険者が暴走した件だ。あまりにタイミングが良すぎる。偶然? は、あり得ないねそんなこと。まるで一連の事件へ巻き込むような偶然性、そうそう簡単に転がっていてたまるか」


 他にも耳に入ってきている奇妙な事件はいくらかあるが、関連性が強いものは先の三つ。その中でも、宗一郎と月夜が関わった暴走する冒険者の事件は、視点を変えてみれば確かにずいぶんと怪しい点が浮かんでくる。


「事前に用意していたのか、それとも即効性の高い薬品を無理やりブチ込んだか。どのような方法かまでは知らんが、直前に用意したんだろうさ。強引に投薬して、暴走する冒険者を」


 自分の見解が気に入らないのか、有雨の声に不機嫌さが混ざっていく。

 だが、恐らくは正しい。

 最初から宗一郎と月夜が遥かなる星界からの旅人だと分かっていたのなら、それを利用してなにかを企むなどいくらでもできる。

 当時、まだ縁志や有雨とは合流しておらず、遥香はまだこの世界にはいなかった。このときの宗一郎と月夜は、事前にそうだと分かっていれば実に接触しやすい旅人だっただろう。

 だが相手も、油断はできなかった。


「おまえたちの戦闘能力を計ろうとしたんだろうな、アレは。大方、予想を大きく超えていたものだから計画の修正を余儀なくされた、といったところだろう」


 その修正案は神薙カギの拉致というものとなった。強化の効能もある例の薬品を使い、手の者を差し向けて戦力を厚くして決行。しかしこれはタイミングの問題か、計画自体は有雨に看破され戦力計測と逃走経路の特定という目的のために利用され、あまつさえ宗一郎と月夜の二人によって横合いから思い切り殴りつけられ、失敗に終わる。


「最後に挙げた王城での強襲事件だが、本気で不本意なことに、私はそれに関われなかったからな。それに関しては少々読み切れん。が、襲って来たのは『根』での拉致未遂に関与しているあの刺青男で、容姿が大きく変質していたのだろう?」

「そっすねえ。元の人格を知らねえんで確定はできないですけど、商会地下で見つけたあの薬物の効果の結果だと思います」


 うむ、と頷く有雨。

 王城で宗一郎と月夜を狙って強襲してきたあの刺青男は、特に左半身を大きく変質させていた。左腕全体が炭化し、本人は無自覚なのだろうが膝や肩までもが炭化していたのだ。そしておそらく、あの刺青男は体温処理が機能していない。体内の熱を放射する機能を喪失してしまったがゆえに人体にありえないレベルの熱を湛え、それをすべて攻撃力へと変換している。薬物による感情制御の喪失と強制強化の効果を考えれば、あの刺青男の戦闘能力の劇的な向上は理解できる範疇だ。


「宗から見て、あの男はどうなんだ? 俺は途中から入ったから、よく分かってないんだが」

「言ったらなんだけど、長くねえと思うわ。身体半分が炭化してて動けてる時点で、本当だったらなに言ってんだおまえって話だしな。自分の性能の上限を無理やり引き上げられたうえで、強引にトップギアに固定されてるようなもんだから、あれ。たぶんだけど、呼吸するだけでも全力なんじゃねえかな。生きて人の形を保ててる時点で間違ってるよ」


 あれはそういう薬なんだと、若くして錬金術を修めた少年は言う。

 症状としては自家発電、自家過熱、自家中毒といったところか。人体運営を可とする代わりに燃料を履き違えた刺青男は、使ってはいけないものを燃焼させながら、濃縮してはいけない物質を化合している。宗一郎と月夜の体内に一瞬だけ注入したあの黒い粒は、いうなれば、そういった暴走の果てに生まれた廃棄物だった。


「万能薬でも効果が薄いって言ってたな。結局、どういうものだったんだあれは?」

「あえて、本当にあえて名前を付けるんだったら、魔炭化ナトリウムみたいな感じ。普通だったら、人体に関わるナトリウムって言ったら食塩を想像すればそれで済むんだけどな。効果は限りなく、素肌に直接触れた水酸化ナトリウムみたいな働きをしてた。人体内部でのみ発火して、タンパク質を溶かしていく感じ。毒性はあっても発火効果が邪魔して、万能薬でも半分くらいしか効果を発揮できなかったんだろうな」


 かしゃ、と少し冷めたパスタをすくって食べる。冷めても充分に旨いので、スプーンはなかなか止まらない。

 本日のミートソースに使われたひき肉は、性質や味としては羊肉と豚肉の合いの子に近いものだった。それを宗一郎が手作業でひき肉にしたものを使っている。

 ちなみにトマトの役割として使われた実は、そのままトマトとして扱われている野菜だった。名前も同じで、割と昔から馴染み深いものとして各ご家庭の台所のお供として活躍しているとのことである。

 パスタに使われた小麦粉にしても、製粉方法と生地を練る際の水の量で性質が変わるというものを使っており、今回は宗一郎が発見したパスタ用配合の黄金比が使われている。

 ソースもさることながら、パスタ自体も濃厚かつ上品な味に仕上がっているため、今回の昼食も満足度は非常に高い。

 宗一郎、縁志、有雨の三名がしっかりお代わりをして、パスタは無事、完食御礼となった。


「問題はその老人と刺青男の両方が生死不明である、というところか。生きてはいるんだろうがな」

「その根拠は?」

「老人のほうは半々だが、刺青男については、話を聞く限りでは生命を燃料に執念という目的だけで動いている。肉体がどれだけ壊死していても、脳がそれを認めていない。そんな状態に陥っているというのに、自身の状況も把握できないままに彷徨う者は人間じゃない、活きた屍体リビングデッドと呼称すべきだ」


 変質後の刺青男を顔を合わせていない有雨は、人間を喪失したモノに用はないと、心底忌々しそうに吐き捨てる。


「どういう精神活動を経てそうなったのかは不明だが、聞く限りでは、その刺青男は宗一郎と月夜のふたりを標的に定め切っているようだ。色々と残り少ないのであれば、近いうちにまた姿を現すだろうさ」


 禍根は要らないから、そのときにさっさと決着しろ、というお達しに宗一郎と月夜は同時に頷いてみせる。


「そういうわけで、私と縁志、そして遥香は必然的にあの老人を相手取ることになる。ああ宗一郎、例のショットガン、完成させられる?」

「一応どうにか目処立ったんで作れますけど、その前にちょっと有雨さんに聞きてーことがあるんですよ」

「ん? なんだ急に改まって」

「いや。商会の地下で有雨さんが相手をしてたあの爺さんを逃がしたって言ってたけど、強さが一章後半程度なら、なんで逃がしちゃったのかなって思って」

「ああ……」


 ついに聞かれてしまったか、と憂鬱そうになる有雨。それだけでも割とレア度が高い表情なのだが、しかし真相はもっと面白くもないものだった。


「……単純にな、最初に二発分の弾薬を装填していたがゆえのミスだ。リロードの隙を突かれて逃げられた。通常戦闘ならともかく、転移で逃走されてはどうにもならん」


 思ったよりも納得のいく理由ではあった。

 しかも有雨本人が一番納得できていない様子である。その老人が逃げおおせたのはごくごく単純に、運が良かったというだけの話だったのだ。

 確かに転移で逃げられてしまっては、誰が相手をしていても同じ結果に終わっただろう。


「あと一歩、というところまで追い詰めはした。そこでリロードを挟んだ瞬間、あの老人は懐からなにかしらの道具を取り出して使用し、直後、魔力の光に包まれて姿を消していた。なのでどこへ転移したのかまでは分からん」


 という有雨の報告を聞いて全員が納得した。


「すみません。あそこで僕が【領域封鎖ロックダウン】を使ってれば……」

「遥香はこちらに来てから本格的な戦闘に臨むのは初めてだっただろう。転移対策を思い付き実行できるかどうかの確認は、先んじてこちらに来ていた我々がしておくべきことだった。おまえの責任じゃない」


 首を振って、遥香の意見を一蹴する有雨。

 その後は反省会のような空気になり、お互いに意見交換を進める時間となっていった。

 昼食後。午前中と違って一同はそれなりに忙しない動きを見せ始める。レイナードからの連絡とその内容次第にはなるが、それなりに準備を整えておいたほうがいい、という判断で一致したためである。


「いつ殿下から連絡が入るか分からん。宗一郎、いまのうちにできるだけ武装の充実化を図っておけ。リサに渡す装備一式については一任するから」

「うす。どうにか予定は組んだんで大丈夫じゃねーかなとは思います。リサにはいまちょっと、月夜さんの指導の下で魔力の扱い方を習って貰ってるんで……ぎりぎりかな」

「対応策があるなら任せる。各人用の武器の調達もあって忙しいだろうが、間に合わせろ。できる限りでいいから」

「了解。なんか用事があったら、一階の作業部屋か外の小屋のどっちかなんで。まあイヤーカフありますけど」

「分かってる。ああそれと。可能であれば回復薬や、未完成でもいいから万能薬もね」


 遥香は変わらず工作室にいるが、家具作成は一度取りやめ、宗一郎の助手として動く予定となった。

 リサは月夜と遥香の二人から、庭で魔力の操作方法を教わっている最中だ。リサの覚悟もそうだが、最低限、身を守る方法くらいは会得させておきたい。今回はほとんど宗一郎の作る装備の性能に任せる形になるが、手は多いほどいいだろうという判断だ。


「んで、有雨さんはどうすんです?」

「アリーヤ姫と、城から派遣されてきた使用人たちを一度城へ戻す。転移があるからその付き添いで一度向こうへ飛ぶけど、すぐさま戻ってくるよ。その後は……どうするかな」


 有雨の専門は、意味を広く取っても戦闘に集約される。そのため、準備段階でなにかを作る、用意するとなると彼女がやれることは途端に少なくなってしまうのだ。

 やれることがまったくなくなる、というわけではないのだが、こうなると手持ち無沙汰になりがちなのが、ある意味で彼女の特徴であった。


「あーそれじゃあ、時間作れるなら武器についての意見ください。意見全部を採用ってわけにゃいかんけど、試してほしいやつとかあるし」

「分かった。ではこちらの用事が終わり次第そちらに顔を出す」


 宗一郎と有雨はその場でそれぞれの持ち場へと移動していく。

 準備は着々と整っていく。

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