第五話-⑦
◆
翌日。の、太陽が中天に届くよりも少し前の時間帯。百年ぶりに人の気配に溢れるようになった旧居住区の巨木屋敷では、広めの庭全体に鳴り響かせるように、キンコンカンコン、ギコギコギッチョン、などとたまに耳を疑うような効果音も混ぜながら、軽快に工事が進んでいた。
そんな中、有雨は二階にある新生したキッチンを腕を組みながら完成を見届け、次いで情け容赦なく溜息を吐いた。
「まったく呆れる。確かに生産系スキルというものには縁が一切なかったが、いくらなんでもこれはない。おまえ、本当に半日でこれを実行したのか」
有雨の前には現在、レンガを基調にした見事なアイランドキッチンが出現していた。壁面には暖炉型コンロが四口と、端のほうには大き目の冷蔵庫のようなもの。
ちょっとしたお金持ちの家にありそうなキッチンだった。
「そっすよ。あとは水道に水が通ってるかどうかの確認くらいかな」
コンロに指をかざして魔力を飛ばせば、ボッと音を立てて家庭用コンロ程度の火が立ち上がる。ちなみに反対側には同型で予備のコンロがあったりする。
「もう水道まで通したのか」
「もち。じゃないとほら、風呂とかトイレとか結構不便でしょ。それにもう少ししたら朧さんとリサと兄貴が食材買って帰ってくるから、それまでに完成させとかないと」
「……………………」
あーあとでトイレとか仕上げねえとなー、などと暢気にのたまう男子高校生。
昨晩、寝る前の女子会で月夜からある程度の概要は聞き直していたが、よもやこれほどとは。百聞は一見に如かずとは言うが、実際に自分の目で確かめるほど間違いないことはない、と有雨は認識を新たにする。
「それで、遥香はどこにいる?」
新たにしつつ、今回の有雨の本命である遥香の場所を尋ねる。
「一階奥の作業場。一応あっちは掃除するだけで問題なかったんで、絶賛家具作成中。ひょっとしたら作業道具のほう作ってるかもだけど、まあ場所は動いてねえと思います」
「そうか」
一言だけ残して、実に様になるモデル歩きを駆使しながら、クールビューティは颯爽とその場から退散していった。
と思わせて、カツ、と音を立てて立ち止まった有雨は、背中だけを見せながら宗一郎に問う。
「宗一郎。おまえ、月夜についてちゃんと気付いているか?」
「は?」
気付くも何も心当たりが皆無なので、宗一郎の返事はそんな間抜けなものとなった。
「いい、よく分かった。……これは老婆心というか、まあ、先達者としての助言だがね。気遣いよりも、もう少し察してやりなさい。さすがに哀れだから」
「へ?」
宗一郎が頭に疑問符を浮かべても、有雨は意に介さず今度こそその場から立ち去る。
その姿をぼけっと見送りながら、なんとなく頭に巻いていた手拭いを取る。頭髪が外気にさらされて涼しくなったところで、いまの有雨の言葉を考える。
気遣いよりも察しろ。
しかも月夜に関係しているという。
確かに異世界に来てからこっち、ほぼ完全に二人で行動し続けてはいるし、男と女という性別はあるのだから、お互いに気を使う場面はそれなりにあった。できるだけ不快にさせないよう立ち回ってきた自覚はあるが、さて察しろとはなにか。
「……困った。心当たりが一切ねえぞ」
ないのだが、宗一郎にとってこれはさすがに真剣に考えざるを得ない案件だ。なにせ相手は月夜。ここまで運命共同体として一緒に頑張ってきた仲である手前、どうしてもおろそかにしたくない。
とりあえず作業を続行し、通した水道の調子を見ながら思考を回す。
「ただいまーっ」
……前に、件の月夜がリサと縁志を連れて買い物から戻ってきた。
声の調子だけで判断するなら、普段とあまり変わりないように思える。が、察しが足りないというのなら、おそらく月夜はなにか隠しているか、表に出さないようにしているか、このどちらかの行動を取っているのだろう、と宗一郎は推測を重ねる。
残り二人分のただいまの声も響き、下のほうから遥香が出迎える声も聞こえてくる。有雨と合流したのかそうではないかも少々気になるが、それ以上に宗一郎の思考は月夜のこと一辺倒になりつつあった。
「……とりあえず、一度顔見てみないと分かんねえかな」
階段を昇る音を聞いて、まずは出迎えることに頭を切り替える宗一郎。
かなり広めにとったダイニングに向かうように作られたアイランド型のワークトップの内側、シンクに繋がる水道のチェックを続けていると、三人が姿を見せた。
「おお、これはまた……ずいぶんとすごいことになっているなあ」
両手に宗一郎お手製の買い物バッグを両腕に提げた縁志が、ほぼ完成しているキッチンの様子を見て感嘆の声を上げる。彼らが出かけたころは、まだコンロが出来上がったかどうかというところだったのだ。
「おー、おかえり兄貴。荷物はもう上に置いちゃっていいよ」
「お、そうか? それじゃ遠慮なく」
言うが早いか、すぐさまドサドサとトップに置かれる買い物バッグ。
どんだけ買って来たんだ、と興味が湧き立ち上がると、ちょうどそのタイミングで上がってきた月夜と目が合う。
「―――、ぁ」
片腕に買い物バッグを提げて登場した月夜は、宗一郎と目を合わせた瞬間に停止した。
宗一郎から見て大変不思議なことに、空いているほうの手で髪をいじったり、目を逸らしたり、挙動不審だったり、あまつさえ頬が真っ赤に染まったりしている。
「……た、」
なにか妙な勢いがついているのを月夜から感じた宗一郎は、邪魔をしないようにと黙っている。己の表情の七割ほどが驚愕に染まっている自覚はないままに。
そして一秒後。
「たっ、ただいま、宗一郎くん!」
驚愕の色が十割に届く。
思わず縁志と、月夜の背後から顔を出したリサを交互に見る。二人とも、分かりやすいほどにニヤついていた。いや、リサのほうはニコニコしていた。
(……なるほど。理由はまだよく分からんけど、そういうことなのは分かったわ)
そうなった理由、それがまだ分からない。が、とりあえず自分もそれに倣ったほうがいいのだろう、と思い至る。
「えー、あー……お、かえり、月夜、さん」
なんとなく、今まで名字で呼んでいた異性を急に名前呼びするという気恥ずかしさに耐え切れず、呼んでから顔を逸らす。その先で、縁志がそれはもう大変楽しそうなニヤつき顔を披露していた。
そして、その視界の端で。
月夜が、それはもう満面の笑みを浮かべて喜んでいるのが見えてしまったので、縁志への鉄拳制裁は夕飯後にまで取っておくこととした。
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