第五話-⑥

 その日の夜。

 宗一郎と遥香の両名は、揃ってチクチクと巨大な布切れを使って寝袋を縫っていた。遥香のほうは当然自分のもので、宗一郎が縫っているのはリサのもの。

 現在の場所は屋敷の二階、暫定的なリビングである。部屋割りもまだ決まっていないため、全員が屋内であるにも関わらず野営じみた睡眠手段を取らざるを得ない状況にあった。

 全員が接ぎ家や拠点にしている生活場所へと戻らなかったのはひとえに、顔を合わせたばかりの運命共同体との親睦会を兼ねているためである。


「そんじゃあ一階奥は作業部屋、二階に応接間、三階以降は各自の部屋って感じでいいか」

「うん、それでいいと思うよ。鍛冶と錬金小屋も外にあるしね」


 すでに夜間であり、マグナパテル中央樹内部も全体的に暗い。完全に夜の帳が下りた世界では、庭から虫の鳴き声が聞こえ風情を感じさせる。そんな中で、暫定的なこのダイニングは優しくも充分な量の光に包まれている。

 そんな中、突貫で作られたソファは、有雨が見事に完全占拠を成功させていた。


「うん、いい仕事をしているな、このソファは。突貫で作った割にはいい出来だ」


 占拠の犯人である有雨は、横長作りのソファにだらしなく寝転がっているというのに、それでもどことなく様になっているという詐欺か反則みたいな状態だ。ちなみに服装はとっくに着替えてこちらの世界仕様。

 完全に衣服の方向性が違っているのに、レディスーツ時と同様にこちらも様になっているあたり、そろそろ何かしらの手品を疑い始めている高校生組。


「ところで宗一郎、あの刀を見る限り、君は武器も用意できるんだろう?」

「ええ、できますけど」

「……その口調はいずれ改めさせるとして。質問なんだが、銃の類は作れるか?」

「銃?」


 ZLOには武器種も多様に存在しており、銃というカテゴリも確かに存在している。しかしファンタジーRPGという基本設計のためか、どうにもデザインが古い。特に、銃身にライフリングが刻まれていないことが有雨にとっては大層不満であるらしい。

 さらに言えば、どれもこれもがデカくてゴツい。ファンタジックデザインなのはまだ許せるとしても、銃としての構造が破綻しているとしか思えないようなものは、さすがに使う気になれない。

 そんな不満を訥々と語り始める有雨。


「さすがに自衛隊や米軍の制式拳銃とまでは言わないが、おまえが作れるものでそれに近しいものはないか? できれば回転式リボルバーではなく自動式オートマチックのほうが望ましいんだが。ああ、マガジンは複列弾倉ダブルカラムがいい。弾数は正義だから」

「…………」


 ソファに寝そべりながら物騒な注文を発する女がいる。宗一郎はそろそろ本気で、この火均有雨という人物はどこぞの公安、もしくは自衛隊特殊部隊出身なんじゃねえかと疑い始めているのだが、本人曰くアパレル関係の仕事に就いていたのだという。絶対嘘だ! と宗一郎が心の内で叫んだのも無理はないだろう。

 宗一郎だって男の子である。拳銃を撃ってみることに多少の憧れはあったものの、さすがに複列弾倉なんて言葉は聞いたことない程度の素人でしかない。アパレル業界に勤めている女のほうが拳銃に詳しい現実に、宗一郎はなんとなく遠い目をしてしまう。

 そしてさらにどうでもいいことだが、有雨に拳銃、という羅列がベストマッチ過ぎていっそ笑えてくる。


「うーん、銃ですか。一応確認なんですけど、有雨さんの話を聞く限りだとサイズは小さめというかハンドガンサイズで、それなりの弾数を装填できるような、現代的な拳銃がいいってことっすよね」

「そうだね、概ねその認識で合っている。もう少しわがままを言えば、弾丸そのものの威力もあればなお良い。欲を言えば45口径弾になるが、そこは9mmミリパラでもいい。弾頭は……いや、今はそこまでは言わないほうがいいか。私以外の武器もあるしな」


 要するにこの女は、現代的拳銃をこの異世界で作り上げろとおっしゃっているのだ。別にそれが悪いとは言わないが、この、火力中毒の疑いがある女に火器を与えたら最後、地雷踏んでキレさせたらぱきゅんぱきゅんとそこら中に弾丸が飛んで薬莢がバラ撒かれるのではないか、という懸念がある。

 しかし、現在は拠点施設の充実化を図っているとはいえ、各人の武器防具の製造もそれなりに急ぎたいところではある。まだ全員がどんな武器を得意としているのかも分からないので、場合によっては素材調達まで走る必要があるのだ。具体的な武器を所有しているのは宗一郎と月夜、ナックルグローブまで入れるのなら有雨も含む。遥香とリサは現状ではまだ戦力外だし、縁志に至ってはどんなプレイスタイルだったのかすら分かっていない。

 問題は、ZLOに銃というカテゴリはあっても、現代的な自動式拳銃はないということだった。


「正直言うと難しいっすね。材料さえあればZLOで実装されてた銃なら作れると思いますけど、さすがに自動拳銃はなかったですし。細かいパーツまでは知らんから、そっちから作り出すっていうのも現状では無理があるかなーって」

「むう……」


 非常に残念そうな唸り声。

 どこまで現代的火力に飢えているんだこのOL、などと思わなくもないが、それを口に出さないだけの社会性は持ち合わせていると自負する宗一郎。本人曰く、「こんなことで己の成長を知りとうなかった」である。


「まあいい、分かった。その辺はあとでまたきっちりと話し合うとしよう。ああそうだ、地下にまだ余裕があるならシューティングレンジを作っておいてくれ。どうせいずれ使うことになるからな」


 現時点で自動式拳銃を一応諦めた有雨は、最後にそんな物騒な注文を残した。

 ちなみにシューティングレンジとは、射撃の練習やライフルの調整等を行える施設のことを指す。いくつかブースがあり、それぞれ出現した的を狙って射撃練習をする専用施設である。

 地下に作ってくれと言ったのは、ご近所さんへの騒音問題になりかねないと考えた、有雨なりの最後の良心なのかもしれない。多分に有雨の趣味じゃないか、という疑いはまったく晴れないのだが。


「……まあ今すぐ作るってわけじゃないけど、他の人もなんかこういう武器防具が欲しいってあったら、あとで注文出しといてくれっと助かります。……つっても、あとは浅葱さんくらいなんかな?」

「む。ということは、遥香はもう使う武器が決まってるのか?」

「あ、はい。僕は基本的に槍なんです。一応杖も使えるんですけど、槍に杖の機能を持たせて使うので、メイン武器は槍になります」

「へえ、なるほどな」


 遥香は割と典型的な魔導型だ。武器こそ槍を使ってはいるが、本人が言うように杖の代用品として使用している。基本的に魔導士は前線に出ないし近接戦闘にも縁がないのだが、バックアタックの対応や防衛線が抜かれた際の対策として杖槍を使っている魔導士は、多くはないがそこそこいる。


「浅葱さんはどんな戦い方をするんです?」

「俺が使うのは主にショートソードだよ。たまに二刀流もしながら、速度で対応したり不意打ちしたりといった感じになる。斥候スキルも上げているから、忍者型に近いな」


 縁志の戦闘スタイルを聞きながら、いつの間にか取り出したメモ用紙にそれぞれのリクエストを書いていく宗一郎。なおすでに寝袋は完成させてあり、横に置いてあった。いつの間にか宗一郎の隣には月夜とリサの姿。


「ソウイチロウ様は、色んなものを作ることができるのですね」


 作ってもらった寝袋を撫でながら、食後のお茶と茶菓子を出し終えたリサが感心した様子で呟く。


「家の施設の修理に、家具作り。武器や防具も作れて、しかも戦うこともできるだなんて、すごいなあって思います」


 リサは丁寧な仕草で指を折りながら、宗一郎ができることを数えていく。

 その紅い瞳に憧れを抱くような輝きが重なっていることに気付いたのは、すぐ隣にいる月夜と、ソファで寝転がっている有雨だけだった。

 歌うように呟いたリサの言葉にどれほどの想いが込められているのかは、誰にも分からない。しかし宗一郎は、そんなリサの様子に気付いていないながらに、なんの気負いもなく問う。


「リサはその、神薙カギだっけ。それになる前はどんな生活してたん?」


 何気ない宗一郎からの質問に、リサは律義にこれまでの生活を思い出しながら、その様子を少しずつ綴り始めた。


「実は、これといった特別なことはしてないんです。わたしは一人娘なんですけど、両親はいなくて、親戚のおばさんと一緒に暮らしてました。朝起きたら朝ご飯の準備を手伝って、そのあとは畑仕事」


 リサの出身は、マグナパテル国内ではあるがテーブルマウンテンである東、西、南区のどこでもない。東区のさらに東にある、割と大きな港町に続く街道から少し離れた農村の産まれだという。


「港? 海が近いんだ」

「はい。わたしたちの村ではいい香りのする紫色の花を育てているので、それを売ったり蜂蜜を集めたりして、港町と売り買いしてたんですよ」

「へえ~。花はなんて名前?」

「ラベンダーっていうんです。この花も昔、遥かなる星界からの旅人様がもたらしてくれたっていう伝説があるんですよ」

「おお、確かに俺らの故郷にも同じ名前の花があるよ」

「本当ですか!?」


 リサの表情が一気に華やぐ。

 自分の身近にあったものが、遠くから来た旅人も知っているというのは嬉しいらしい。


「ねえ榊くん、榊くん」

 そこへ、ずっと聞き手に徹していた月夜がおもむろに声をかける。宗一郎から見てリサを挟んで向こう側にいたため、視線をそちらに向けることで返事とした。

「ラベンダー、市場でも見たことあるんだけど、それ使ってなにかできないかな?」

「そう、だなあ」


 花を材料にして作るアイテムはそれなり多い。宗一郎は頭に浮かぶレシピの中から、それなりに良さそうなものを検索していく。

 そのアイテムは割合あっさりと思い浮かんだ。


「ちょうどいいのがあったわ」

「ほんと? なになに?」

「魔除けのサシェっていう、ちょっとしたお守り。花を乾燥させて、通気性のいい小さな袋に入れて作るやつなんだけどさ。誰でも作れるお守りだから、作るのはリサにお願いしようかね」

「い、いいんですか?」


 唐突に話を振られ、予想だにしていなかったリサは少々慌てふためく。

 そんなリサの様子を横目に、笑いながら宗一郎は続ける。


「作るのはそんなに難しくないし、リサならすぐ覚えられるよ。それにお守りにしなくたって、サシェは作ってて楽しいやつだしな。明日からしばらく、ちょうど今みたいな時間になら教えられるけど、どう?」

「わたしで良ければ、ぜひ!」


 宗一郎の提案に、リサは一も二もなく飛びついた。

 明日からはこの拠点の大工事が始まる。

 もちろんリサも手伝いはできる限りするつもりではいる。が、リサの自己認識は、神薙という能力がなければただの村娘でしかない、というものだ。戦闘でもものづくりでも、あまり役に立てることはない。それどころか、畑仕事以外はどれも不慣れであるということまで考えて、リサは自分が彼らの足を引っ張ってしまうと懸念し続けていた。

 当然、宗一郎がリサのそんな思考を読み切れるはずもなく。彼はただなんとなく、こういうのは一緒に作業したほうが楽しいよなーという軽い気持ちで誘ったに過ぎないのだった。

 そして、そんな思考をまだ回し続けていた宗一郎は、次の標的を見定める。


「ついでだし、朧さんも一緒にどうよ。魔除けのサシェは別に生産スキルはほとんど要求されないし、ただのサシェ作りも色んな香りのやつが作れて楽しいと思うけど」


 このとき、月夜は自分にまで話が振られるとは思っていなかったようで、空色の瞳をぱちぱちと音が聞こえてきそうなほど瞬かせた。どうやら彼女としては、少し寂しそうな様子を見せたリサへのフォローだけのつもりであったようだ。


「……じゃ、じゃあ、リサちゃんが良ければ、一緒にやってみよう、かな?」

「はい、一緒にやりましょう、ツクヨ様!」


 役に立てる、という形でやれることができたリサは、テンション高まったまま月夜の手を取って歓迎した。


「じゃ、決まりな」


 そろそろ夜も更け、眠気が少しずつ忍び寄る気配を見せてくる時間帯。早寝早起きのリサにしては珍しく、女性組が揃って同じ部屋で眠ることになったあとも、その日は割と遅くまで起きてお喋りを楽しんだのだった。

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