第五話-⑤



 午後。

 幽霊退治を終えた日本人一行は一度解散し、各自がねぐらにしている場所から私物を持って樹木屋敷の庭に再集合していた。

 学生組はほとんど荷物というほどの荷物は持っていなかったが、社会人である有雨と縁志はさすがにそれなりの量の荷物を持っていた。有雨がスーツケースを引いて登場したシーンはちょっとした騒ぎになった。


「一応は幽霊屋敷扱いだったから、さすがに埃だらけだな」


 などと零しつつ、全員でお掃除を敢行。ついでに未発見の隠し部屋や仕掛けがないかどうかをチェック。


「ちょいガタついてっけど、住むには充分だな。まあ、使いやすいように改造していく必要はあるけど」

「庭にあった小屋、見てきたよ。かなり散らかってたけど、ひとつは鍛冶用でもうひとつは錬金術用みたい。最後のひとつは、たぶん物置小屋だったのかな。いまみんなで片付けてる」

「そか、ありがと。キッチンはもう見た?」

「あ、そうだ見てこなきゃ。ありがと!」


 外見と違って、巨木内部は意外と家屋としての体裁が整っている。ちょっとしたテナントビル並みの広さを持つ内部はそれなりに区分けされており、個人部屋として使うには充分な広さと高さがあった。少なくとも、ここに住んで圧迫感を覚える、ということはないだろう。

 先住していた人間はどのような人物だったのかは定かではないが、二階にある食堂は十人くらいは余裕で使えるほどの広さがある。埃を被ってはいるが、きちんと掃除・整備すればそのまま使えそうな品質である。

 そんな風に内部を点検して回った一同は、再び庭先にあるガーデンテーブルへと集まっていた。

 現在はテーブルの上に宗一郎が速攻で用意した手書きの間取り図を見て、全員でうんうんと唸っている。


「まず大前提として、ずっとここを拠点にするかどうかが問題だと思うんだ」


 散々唸り合った結果、月夜が出した結論はそういうものだった。


「確かに、この国ですべてが解決して日本へ戻れるんだと分かっているなら、この家を拠点にして活動するべきところではあるんだがなあ」


 縁志も腕を組んで同意してみせる。

 この世界にだって国というモノはいくつもある。宗一郎と月夜も、少なくともマグナパテル以外に二つの国の名を聞いているのだ。日本への帰還方法の手がかりを探す以上、一国に留まり続けるわけにはいかない。


「ふむ。確認したいんだが。宗一郎、おまえたちが持っていた例のレザーザック、あれと同じようなものは作れるのか? また作れる場合、大きさと容量の限界は?」


 という有雨からの質問に、宗一郎はまず自分の力量、次いで必要な材料、最後にそれを実現し得るだけの、付与魔導に対する耐久力を持つ素材等を頭の中でまとめ上げ、報告する。


「モノがあればまあ、作れないことはないっす。ただ容量としてはたぶん、ウエストポーチの大きさで輸送タンカーとかでよく見るコンテナくらいの容量が限度ですけど」

「ポーチ一つでそれだけの容量を確保できるなら充分だ。取り出しは? 自由なのか?」

「一応は。てかこっちも聞いておきたいんですけど、浅葱さんも有雨さんも、ゾディアック・ライナー・オンラインってゲームプレイしてました?」

「む、言っていなかったか? 私も縁志も現役プレイヤーだ。といっても、こちらで知り合うまで互いに完全に他人だったんだがな」

「え、そうなんですか? てっきり同じ会社の人同士なのかなって思ってました」


 月夜の意外そうな声に、縁志は笑い声をあげる。そんな縁志を有雨は睨みつけているが、彼は全く気にする様子を見せない。


「まさか。俺はしがない営業マンで、少なくともこっちの世界に来るまで有雨とは面識も何もなかったよ。ひょっとしたらゲーム内ですれ違ってたか、あるいは会話をしたことはあるかもしれないけどな」

「まあ、MMOなんてそんなもんですか」

「そういうことだ」


 完全に別会社勤務であったらしい。つくづく印象から外れる二人組だが、いま重要なのはそこではないため、横へ置いておくことにする。


「まあプレイヤーなら話は早えっす。話戻しますけど、付与魔導駆使すれば作れます。とりあえず出し入れは自由、ソート機能もまあ、なんとか。使い勝手はZLOのアイテムバッグとほぼ同じですね」

「ふむ」


 並べられた情報を整理していく。

 ZLOでプレイヤーに与えられるインベントリは、最大まで拡張すればそのくらいの広さと容量にはなることは間違いない。どのみち各人でポーチを最低二つは装備するともなってくることを考えれば、破格の可搬量と言える。それに現在抱えている問題のことまで考えれば、懸念すべき問題ではあっても、今すぐ解決方法を模索する必要まではない。

 そんな答えを一瞬で弾き出した有雨は、月夜の提示した問題を一蹴した。


「なら問題はないさ。ポーチを一人二つは装備するとして、すべてにその加工を施すのなら20フィートコンテナ相当の可搬量が合計十個だ。詰め込み作業の面倒さを考慮しなければ、少人数の集団で持ち運べる量としては常軌を逸しているからな」


 つまり自由に行動するにも問題はない、ということだ。仮にこの屋敷を引き払うときが来たとしても、中身を綺麗サッパリ撤去して返却すれば問題はない。


「……なら大丈夫そうかな?」


 改めて月夜が面々を見渡してみれば、全員が一様に頷いてみせた。月夜も改めて情報を吟味してみるが、やはり特段、問題になるような部分は見つけられなかった。


「じゃあ、気にしないでこのまま続けちゃおう。……と言っても、基本的に動くのはわたしじゃなくて榊くんになっちゃうんだけど」

「いやいやこんくらい全然平気。むしろ楽しいくらいだしさ」


 という流れで、一同は再び新拠点のレイアウトをわいわいと考え始める。

 構造としては地下一階から地上五階プラス屋上。屋上と言っても樹木の半分は壁面と融合してしまっているため、最上階テラスとしたほうが正しいかもしれない。基本的には半円形の作りで、一部、外側の幹にまで繋がっている通路がある。その先はベランダなどはないが、壁面外部を一望できる長窓となっていた。

 彼らはまず、生活に関するものを充実させることを選んだ。武器防具の用意も優先度はそれなりに高いが、それ以上に、家だけあって中身は空、という状況の新拠点では、寝るための寝袋すらないためだ。


「作業分担すっか。俺が大物担当するから、遥香は練習がてら小物担当で」

「うん、大丈夫です。任せて」

「遥香ちゃんも、ものづくりできるんだ?」


 ちゃん付けなのか、と内心で思わなくもない宗一郎だが、確かに遥香の雰囲気からすればちゃんもありっぽいので、気にしないことにした。


「宗センパイほどじゃないですけど、一応は。木工、錬金、あとは細工がそろそろカンストが見えてきたくらいで、他は全部半分からちょっと進んだくらい」

「へええ~。すごいなあ」

「ハウジングについては俺も何度か触っちゃいるが、家具作りまではしていなかったなあ。いや、実際にできるとなると本当に助かる能力だ」


 本気で感心してみせる月夜と縁志。

 実際問題、宗一郎と助手の遥香がいれば、あとは材料と道具さえどうにか出来れば、装備品から日用品まで、ほぼ彼らが用意できるというのはかなりの強みになる。

 そういうところを最初からずっと隣で見てきた月夜からすれば、そろそろ宗一郎が作れないもの、というものを想像できなくなってきている。


「調理担当はたぶん朧さんがメインになると思うんだけど、どういう造りのキッチンがいいとかある?」

「んー」


 現状では、自分を含め毎食六人分を用意しなければならない。となると、相応の食糧庫が必要となるし、それを調理することも考慮すると最低でもシステムキッチンくらいは欲しいかもしれない。


「俺も遥香も調理はまだ上げてる最中だし、いっそアイランドキッチンくらいにしちまおうか」

「……え。できるの?」

「余裕余裕。てか最大で三人同時に調理するとなると、それくらいの広さとか必要にならない?」


 なる。断言してもいいが、一日三回、六人分の食事を作るとなると、少しでも効率的な作りをしているキッチンが望ましい。こちらの世界では調理にゲーム的省略というものはないのだ。明らかに面積を求められる。


「うん、なるね。悪いけどそれでお願い」

「だよな、了解。んーじゃあ台所も弄るわけだし、水回りに手ェ出すんならついでに風呂の、ほう、を……」


 突如、空気に粘つきのようなものを感じる。重量を伴って宗一郎にのしかかるそれは、絶対に逃がさんぞ、と言わんばかりの重圧だ。

 上から押さえつけられるような重さに負けず、どうにか顔を上げて見渡す。と、月夜と有雨とリサ、なぜか遥香までもが顔に影を落とし、暗闇の向こうから目をビガァンと光らせて宗一郎を見ていた。怖かった。


「わ、分かっ……りました。えーじゃあ、せっかくだし幹側に作るか。なんなら露天風呂にでもしちまう?」

「露天風呂! できるの!?」

「なんとかできると思う。あ、覗き対策も組む必要あるか。あとはサウナとかもかな」


 次々と夢のような設備名をなんでもないことのように挙げていく宗一郎に、ビガァンと光っていた女性陣のお目目の輝きはふた昔は前のお星さま表現のように、五芒星とか十字星みたいな形へと変貌していく。

 色々と聞き捨てならない情報も混じってはいるが、入浴施設の充実化は歓迎すべき案件であるため、結局どこからも苦情や文句は出てこなかった。

 しゃしゃしゃーっと引かれる図面は、きちんと男女別に分かれているし、少しだけ距離も空けられていた。


「さって。本格的に作業をするのは明日からにするとして、とりあえず必要最低限のものだけ買いに回らないと」

「だね。とりあえずわたしと遥香ちゃんで食材買いに行ってくるよ。といっても今日はまだキッチン使えないんだよね?」

「うん。物自体が古いし、色々足りてないからなあ」

「オッケー。じゃあ今日は出来合いのものにして、明日は東区の接ぎ家のキッチン使うしかないか」

「悪いけど、そうなっちゃうかな。なるべく早く完成させっから、それまで待っててくれっと助かる」

「うん、大丈夫。榊くんはこっちのこと気にしないで集中してて」

「おう。任しといて」


 いつものように息の合ったやり取りを交わして、宗一郎は引き続き図面を引き、月夜は遥香と、荷物持ち役に縁志を誘って今夜の夕食の買い出しに出かけていった。

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