第五話-④
会話が一段落する。
そのタイミングを見計らっていたかのように、ぱんぱんと両手を叩く乾いた音。発生源は縁志の手からであった。
「少し大仰な話になったが、顔合わせはとりあえず成功だと思う。リサと君たちへの埋め合わせはあとでしっかりやるとして、お互いにできることなんかの情報のすり合わせをする時間が欲しいところだが……その前に一度、休憩にしようか」
縁志が言いながら、やや大袈裟な仕草で視線を横にやる。釣られてそちらを見てみれば、そこにはお茶の準備を終えたリサの姿があった。
「みなさん、ひとまず休憩して、まずはお茶などいかがですか?」
にこやかに、全員分のお茶と茶菓子を配膳し始めるリサ。村娘と自称しているが、その動作はずいぶんと堂に入ったものだった。
最初にテーブル席に着いている有雨と縁志に配り、次にカップと受け皿をセットにして、ベンチに座っている宗一郎たちに配る。
「そういえば、リサはいつの間にかお茶の準備を始めていたが、このティーセットはどこから出したんだ?」
「はい、ソウイチロウ様にお願いしたら、すぐに用意していただけました」
「へえ……」
ティーカップに一口つけつつ、縁志は感心した様子を見せる。ここまでの話の流れを総合してみるに、高校生たちの能力はかなり秀でているように見える。一人だけ、大人しそうな人物の能力はまったくの不明だが、そもそもこの世界に降りてきたタイミングがリサが危険な目に遭ったあの日だったのだから、それは仕方がない。
「あのー、僕からもいいですか?」
そのタイミングで、ちょうど考えを巡らせていた人物から声がかかる。ここまでずっと黙っていたため、隣にいる宗一郎や同じベンチに座る月夜はもちろんのこと、テーブル席で茶を楽しんでいた有雨や縁志、メイドのごとく茶を配っていたリサからも注目を集めた遥香は、途端に委縮してしまう。
が、ここは勇気のふり絞りどころだと考えたのか、危険を感じた亀のように首を引っ込めつつも、遥香は思ったことをどうにか口にする。
「あの、最初からずっと気になってはいたんですけど……。今日って、神官? の人たちも同席することに、なってたんじゃ?」
「あ」
「そういえば確かに、あの手紙にはそう書いてあったね」
遥香の指摘に、宗一郎は間抜け面を晒し、月夜は見せてもらっていた手紙にそう記載されていたことを思い出す。
縁志も当然そうなるはずだったことを知ってはいたが、同時に、どうして今この場にいないのかも知っているので、当人としては苦く笑う他ない。
宗一郎たち三人はそんな縁志の様子を見て、続いてテレビに映ったボールを目で追う猫のように、揃った動作で有雨に視線を向ける。
そして、六個三対の目で見られた有雨はといえば。
「なによ。撒いてきたに決まってるじゃない、そんなの」
当たり前のことのように、そう言った。
◆
優雅なティータイムが終わったころ。体感でギリギリ午前中の時間帯という辺りで、樹木屋敷の庭に新たな客人が姿を見せた。
出で立ちは神道の神職が着ていそうな服装に、なんらかのアレンジが入ったかのようなもの。既視感を覚えつつも見たことがない、という奇妙なものだった。よく海外のメディアが再現した日本という間違った方向性とも違う、なんとも言えない感覚に陥る。
「チ、もう来たか。いいか、あれは小言を口にするだけしか能がない肉の塊だ。一切合切相手にする必要はない」
台所で不快害虫を目撃したかのように眉間にシワを寄せて、嫌悪感を露わにする有雨。
「ようやく見つけましたぞ、ユウ殿。先日のことといい、あなた様はまったく身勝手な行動が過ぎる。我々にも事情というものがあるのですから、まずはせめて、こちらの話を聞いてから……」
案の定始まったガミガミとした説教をしかし、有雨はものの見事に無視しきっている。完全に存在しないものとして扱うその態度と見事なスイッチの切り替えっぷりに、宗一郎たちはいっそ感心さえしていた。
「さて、ここからは最悪、戦闘に発展する可能性もある。準備はできているか?」
「ええまあ、一応。そういうのがいるって事前に聞いてたんで、多少は用意してきましたけど。有雨さんと浅葱さんは、武器とか防具はどうしたんです?」
「配布はされているが、あれはどうにも趣味に合わん。サポート自体は充分にできるから問題もない。それで二人とも、気配は感じるか?」
庭先……というよりは樹木屋敷の玄関前で打ち合わせを始める宗一郎たち。背後では例の神官らしき人物がガミガミと騒いでいるが、とりあえず関係ないものとして宗一郎も相手にしないことにしたらしい。
「薄いですけど、気配自体は確かにありますね。たぶん自我も持ってないかな?」
「だな。古い屋敷の幽霊退治ってのはクエストとしては定番だけど、ここのは言うほど強力なもんでもないと思う」
「うん、そんな感じ。わたしはそこまで詳しく感じ取れないけど、大丈夫そうかなって思う。メインクエにあった嘆き森の幽霊屋敷よりは全然って気がするよ」
「あーあったなあそれ。間違いなくアレよりは弱いけどな」
ZLOのメインクエストの途中にも、幽霊屋敷の除霊クエストなるものは存在していた。二人はそれを思い出し、笑いながら準備を進める。
「急な話だったから大したモンは用意できなかったけど、それは勘弁な」
「ううん、だいじょぶ」
手慣れた様子でテキパキと準備を進めていく宗一郎と月夜。
今回用意したアイテム類は、塩をベースにした粉末系のものだった。粉末自体に魔力を通すと、それだけで思念体系のモンスター相手に準特攻効果を得る。
「ほう。そんなものまで用意していたのか。威力はどの程度ある?」
「威力は正直微妙っすね。速攻で用意したものなんで品質と効果はお察しって感じにはなります。まあ、通りさえすればあとはどうとでもなるんで、接触判定を通すためだけのものって感じ」
思念系モンスターは、特定の条件を満たさないと物理攻撃が通らない。条件は様々あるが、そのほとんどに聖職者系のジョブが絡んでいる。銀製武器、祝福儀礼、退魔儀式等々。
宗一郎が用意したものは、そういった聖職が絡まない錬金術で用意できる代物だ。素材そのものに除霊や退魔効果が存在しているものを使って加工すれば、ある程度代用できるのである。
「それは、私の分もあるのか?」
「ありますよ。てか一応、全員が二回は使える量を準備してきたんで」
「周到で大変結構。ではそうだな……。内部の担当は私、宗一郎、月夜の三名でいいだろう。縁志は遥香とリサの護衛だ。その二人は武装の類は持っていないから、しっかり守ってやれ」
「ああ、任せろ」
宗一郎と月夜は刀以外は普段着のまま、有雨はレディスーツにローヒールパンプスという出で立ちのままナックルグローブを取り出し装着する。
カタチとしては甚だおかしいのに、反射で肌が粟立つほどに似合っていた。
有雨は樹木屋敷を見上げる。
外観の構造はおそらく五階建て、屋上付き。昇降は手間だが、まったく問題はない。
「では始めるか。構造的に地下階もあるだろうが、まあ大した問題ではない。さっさと制圧するぞ」
「ういーっす」
「はーい」
気楽に言い放ち、気楽な返事が飛ぶ。
まったく気負っていない三人は、ちょっとしたお宅訪問のような感覚で百年ものの幽霊が巣食う屋敷の中へと姿を消した。
二十分後。
庭先では、二十分前とまったく変わらない光景が広がっていた。有雨は優雅な姿でリサが淹れた茶を楽しんでいるし、宗一郎と月夜は、遥香やリサと一緒になにか作業を始めている。唯一異なっている点を挙げるとすれば、唖然としている老人がそこに立っている、ということくらいだろうか。
「……ひゃ、百年物の妖異を、これほどあっさりと片付けなさるとは……」
有雨へのお説教をしに……もとい、今回の顔合わせに立ち会う老人神官は、どうにかそんな言葉を絞り出す。
実際のところ、古屋敷を占拠し騒がせていた幽霊さんは、ものの十分であっさりとこの世から退散させられていた。
外野で見学していた縁志、遥香、リサの三名曰く。ドカンだのズドンだの、およそ除霊作業にまったく似つかわしくない戦闘音と振動を撒き散らしていたという。たまにはらはらと落ちてくる葉が哀愁を漂わせる。
神官の、思わず零したらしい台詞に有雨は律義に反応してみせる。
「は。問題は年月よりも質の量だ。どれだけ時間を重ねたところで、その質が足りていないのなら問題はない。スモッグを払うようなものだ。……ああ宗一郎、そこには隠し部屋があった。壁を蹴り抜いたから、あとで丸ごと撤去したほうがいいぞ」
ういーっす、などという声が聞こえる。
神官の顎の骨がそろそろ脱落しそうな勢いだが、遥かなる星界からの旅人どもは知ったこっちゃねえやとばかりに独自に話を進めている。そんな彼らを眺めながら、有雨はじろりと神官に視線を移す。
「最終確認だが、そちらの要望はこれで満たした。よって以降、この建築物は我々のものとして扱う。問題ないな?」
最終確認というよりは最後通牒じみた圧力を込めた有雨の確認に、神官は黙ってガクンガクンと頭を上下に振る。
いっそ哀れなほどに、古屋敷の幽霊騒ぎは特にこれといった描写さえされずに終了したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます