第三話

第三話-①

 宗一郎と月夜が冒険者に登録し、見習いの階級である青錫級冒険者となってから一週間ほどが経過した。

 その間にも二人は精力的に依頼をこなし、そして冒険者協会も順調に修理・改装が進んでいる。

 本日も西区や近場の木工所で加工された木材が協会東区支部の裏庭に運ばれ、山のように積まれていく。積まれた木材の中には、ただ伐ってそのまま持ってきましたと言わんばかりの無加工な丸太さえ転がっていた。

 そんな大量の木材を相手に、カンカンギコギコとノコギリや木槌、ノミやカンナなどを駆使して加工している人物がいる。その人物は職人然とした動きで、恐ろしいほどの速さでモノを加工していた。

 その人物は名を榊宗一郎と言い、鮮やかな職人芸を駆使してはいるが、その性根は至って庶民的な男子高校生である。


「さって、酒場側のカウンターはこんなもんでいいか……」


 だいたいの加工を終えた木製カウンターの出来を眺め、ある程度区切りをつける。協会内部の雰囲気に合わせて、今回は無垢材加工ではなく無加工の丸太を削ってそれらしい形に仕上げたらしい。綺麗な長方形ではなく、板状に削りだしたものをそのまま使用している。


「そろそろ朧さんのご飯できてるころかな」


 ツールベルトにノミや木工用小刀を収納し、その流れで作り終えたばかりの木板を置いて協会据え置きの加工場を離れ、スタスタと協会内へ足を向ける宗一郎。

 裏庭にまで香り始めていた料理の匂いにつられてみれば、酒場の調理場で辣腕を振るう月夜の姿。すでに酒場側では、新調されたばかりのテーブルや椅子が利用され満席状態にある。客はほぼ全員が冒険者で、その全員が月夜の作る食事を注文したり待っていたり、もしくは楽しんでいた。


「うっは、今日も盛況だな……」


 裏口から酒場側に入ると、厨房はとっくに戦場と化していた。

 半壊していた元カウンターを荒加工し暫定的に作り直した急場しのぎの食事受取口に次々と料理が運ばれていき、本日のホールスタッフたちが各テーブルへと運んでいく。


「あ、榊くんごめん! あっちにお昼作っておいたから、好きなタイミングで食べちゃって!」

「あっ、はい」


 宗一郎お手製の三角巾で髪をまとめた月夜が、割と鬼気迫る様子で宗一郎にそう言い渡し、再び調理場という戦場へ意識を戻す。

 その様子に当てられてやや引き気味な宗一郎は、厨房の端に置いてあった自分用の昼食を手に取り、すでに流れができている調理場から離れ、裏手に回り職員用休憩室へと向かう。


「やっぱ朧さん、すげえわ……」


 ここまで明確にもたらされた現状の変化に心底感心した呟きを漏らす。

 彼女がもたらした変化は、一週間前、宗一郎と月夜が暴れ回る冒険者を制圧し、その日のうちに冒険者として登録した日から始まった。



「登録ですか? 今、この場で?」

「はい、わたしと彼、二人分お願いします」


 凄まじく爽やかな笑顔で、月夜は自分と、背後にいる宗一郎の分の冒険者登録を希望した。忙しなさそうに場の片づけをしていた協会職員は、協会内部の現状を見たうえでそんなことを突然のたまいだす月夜を見て、実に怪訝そうな顔を遠慮なく向けている。

 しかし月夜はまったく怯む様子を見せず、ニコニコと微笑みながら職員の反応を待っている。

 いますごく忙しいんだけど? という態度を隠しもしない受付嬢らしき職員。月夜の背後では実際、似たような服装を身にまとっている男女の協会職員らしき人間たちが、忙しなく動き回っている。月夜に対応している職員もその一人で、途中で呼び止められ用件を伝えられた結果が、先の反応だった。

 むしろ背後にいる宗一郎のほうが怯んでいるくらいなのだが、月夜はかなり場慣れしていた。

 用件を伝えて以降、月夜はただ微笑みながら職員と対峙しているだけ。しかし逃がさないという意思を身体中から発散している。

 互いに視線を交差させること数十秒。根負けしたのは受付嬢のほうだった。


「…………分かりました。ではこちらの書類に必要事項を記入してください。代筆が必要である場合は別途料金がかかりますが、ご利用の際はお申し付けください」


 渡されたのは二枚の羊皮紙。それと羽根ペンとインク壺。

 さすがにその場で書くことは難しいため、月夜と宗一郎は一度その場から離れ、書くことに適した場所を探し始める。その間、月夜は床に散乱しているいくつかの依頼書を手に取って眺めていた。


「あの辺りなら書けるんじゃね?」

「あ、ほんとだ」


 無事だった隅っこのほうに、椅子も添えられていないやや背の高い丸テーブルを見つけた二人は、そこで書類に記入を始める。


「言葉はどうにかなってたけど、文字のほうも大丈夫なんだなこれ」

「日本語で書いてるつもりだけど、なんか勝手に違う文字になってるし、よくできてるよね」

「至れり尽くせりでありがたいこって」

「よく考えたら、普通に文字読めてたしね。まあせっかくの恩恵なんだし、ありがたく使い倒させてもらおうよ」

「それもそだな」


 受けた恩恵の適用範囲が不明ながら、それでも便利は便利なので、と一瞬で順応してみせる二人。だんだんとたくましくなっていく。

 書けましたー、と揃って記入を終えた羊皮紙を片手に先ほどの場所へと戻る。受付カウンターの裏側で作業をしていたらしい先ほどの受付嬢が、律義に二人の書類を受け取った。


「……確かに、書類に不備はないようです、ね……。では受理いたしますので、あとは冒険者登録料金として、それぞれ一ルクスずつお支払いいただければ」

「あ、それについてなんですけど」


 受付嬢の説明に割り込む月夜。本人もこれがマナー違反であることくらい重々承知の上だが、今回はやむにやまれぬ事情を抱えているため、無礼を承知の上で割り込んだのだ。


「その登録料金なんですけど、依頼の成功報酬から差し引くってことはできませんか?」

「……はあ? 可能ではありますが……」


 青錫級……見習い扱いとなる最下級のこの階級では、街の外に出ることになる依頼を受けることはできない。そして青錫級が受けられる依頼といえば、街中での雑用が主になる。教会付き孤児院から来る子どもたちは、概ねこの手段で登録し労働に従事している。

 よって受付嬢が可能と答えた通り、月夜が質問した方法は問題なく通る。


「手数料が上乗せされてしまいますが、構いませんか?」

「はい、大丈夫です」


 訝しげな表情を隠さないままの受付嬢は、とりあえず月夜の言う通りに事務処理を進めていく。


「それで、質問……というか、お願いがあるんですけど」


 さらに問い重ねる月夜に、今度はなんだと事務処理を続けながら視線だけで問う受付嬢。

 畳み掛けで相手が辟易し始めているところを目ざとく見計らった月夜は、笑顔で一気呵成に話を進めた。


「協会の修理と、酒場の営業再開補助、わたしたちへの依頼にしてくれませんか?」



 職員用休憩室で一人寂しく昼食を食べながら、宗一郎は改めて現状に驚く。

 紆余曲折こそあったものの、月夜はそのときの勢いを一切緩めず、最終的にはこうして自分たちへの依頼として成立させ、すでに収入が発生しているのだから驚くほかはない。

 しかも依頼内容は自分たちの得意分野なので、特に苦も無く依頼を遂行できている。いやさすがに、あの調理場の地獄を知っている側からしてみれば、月夜にかかる負担は相当なものだとは理解できるのだが。


「調理の腕があっても、あの流れに乗るのがなあ……」


 もぐもぐと食事を続けながら、先ほどの光景を思い出して戦慄する。あそこまで殺気立ったおばさまたちの中に入って戦場を駆けるのは、今の自分では不可能だ。心ではなく魂から理解させられてしまった宗一郎は、一人身震いしながら月夜の健闘を祈っている。

 たった一週間で酒場をあそこまで賑わせ、かつ自分たちの収入を引き上げている月夜のあの腕は掛け値なしに称賛モノだ。だが、少々月夜の過労っぷりが気になる。

 そろそろ付与魔導用の触媒調合も視野に入れるかなあ、などと考えつつ、レザーザックの中身を漁って何かいいものはないかと漁り回る。

 ついでにちょうどいいものを発見したため、湯呑みと、部屋の隅で蒸気を噴いているケトルから湯を少々失敬する。

 食事を終え、自分の分の茶を飲みながら脳内に浮かぶレシピと目的のモノ、手持ちの素材と別途入手が必要な素材などをすり合わせているうちに休憩室の扉が開く。


「お、お疲れさん」

「あ、榊くん。お疲れさま~」


 首を軽くを回しながら、表情にまで疲労が浮かび始めている月夜が休憩にやってきた。

 自分用の昼食を載せたトレーをテーブルに置いて、ふひぃとひとつため息をついてからようやく彼女も食事にありつき始める。


「あの混雑っぷりだと、捌くの本当に大変そうだよな……。はいこれ」

「わ、ありがとう。うん、でもこれくらいは覚悟の上だったし、仕事量で言えば榊くんのほうが多いくらいなんだよ?」

「一度の仕事の密度が違うって」


 苦笑しつつ、特製ハーブティを月夜に手渡す宗一郎。調合したのは当然宗一郎なので、彼が作っている以上、きちんとした薬効も存在する。今回淹れたハーブティは疲労回復とリラックス効果が期待できるものだ。


「あー、すごくいい香りがするよ……」

「気に入った?」

「うんっ。こういう香り好きなんだ」

「そか、そりゃよかった」


 昼食を食べる合間にハーブティを口に含んでは表情をとろけさせる月夜。

 この休憩時間を、宗一郎はあえて会話には使わなかった。ともに行動するようになってまだ二週間程度だが、意外にも沈黙を苦にするようなことはなかった。

 月夜側もそれは同様で、むしろともにいてくれながらそっとしておいてくれる宗一郎には感謝しきりであった。

 たった一週間でも、星降り祭の気配は濃厚になっていく。休憩室にある窓は閉まっているが、それでも曇りガラスの向こう側から聞こえてくる街の喧騒は一週間前よりも活気に溢れている。

 その騒がしさを無地の音楽にして、二人は休憩室で静かな時間を過ごす。

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