第二話-⑤
「うーわ……」
そして案の定、支部内部はボロボロだった。
木製の椅子やテーブルは粉砕と言っていいレベルで破壊されているし、受付カウンターらしき場所も一部砕けてなくなっている。
思わず引きずっている巨漢を見る。この男、原因は不明だが相当な大立ち回りをしてみせたらしい。とりあえず復帰されたら面倒だと、腹いせも込めてベルトに結んでおいた支援物資の一つである麻紐を使い、うっ血一歩手前くらいまでの強さで両手首を背中側に回して縛っておく。
「やあ、すまないね。その男はそこに転がしておいたままで構わないよ。元々、ずいぶんと手癖の悪い人間でもあったから。どうせあとで錬金術ギルドに引き渡すつもりだから、邪魔にならない場所で放置で問題はないさ」
「そっすか……」
先ほどの痩せぎすの男が、ボロボロになった協会内部で足の踏み場を選びながら、割と人聞き悪そうなことを言う。
協会内部は割と広い。
高い天井と広めエントランスホール、そして正面にはY字階段。左右にそれぞれ受付カウンター(だったもの)と小さな酒場(らしき残骸)がある。
先に入っていたはずの月夜の姿が見えない。
「あれ?」
きょろきょろと探し回ると、いた。
半壊している受付カウンターらしき場所の近くで、ギルド職員らしき女性からホウキを渡されそうになっているところだった。掃除の手伝いを頼まれているらしい。
宗一郎は足早で月夜のもとへと急ぐ。
こういうとき、普段ははっきりと拒否の意を示していたのに、今は困っている様子を見せる月夜の横顔を新鮮に思いながら、頑張って断ろうと前に出している彼女の小さな手を横から取る。
「さ、榊くん?」
「すいません、この人に用事あるんで」
月夜の手を取った宗一郎は、有無を言わさぬ勢いでもってその場から離れる。床に散乱する残骸に足を取られないように注意しつつ、すぐさま協会の玄関横に出る。
外に出てすぐさま手を離し、背後に振り返って月夜を正面に捉えた。
「あー……えー……」
勢いつけ過ぎた!
正面で小さくなっている月夜を視界に収めた瞬間、自分の起こした行動を秒切りで思い出し、唐突に挙動不審の塊と化す宗一郎。
しかしもう後にも引けず。
先ほど決めた覚悟を思い出し、付けた勢いを殺さずに下っ腹に力を込めて反射的に息を大きく吸いながら、話を進めにいく。
「……その、勝手に前に飛び出しちまって、ごめん!」
気を付けの姿勢から、宗一郎は頭を腰ごと九十度に曲げて大声で謝罪した。
武器はなく、防具も装備していない。具体的な戦闘行動はもちろんのこと、対人戦なんてまったく実経験がない二人だ。だというのに宗一郎は、まったく後先考えずに暴漢に向かって飛び出した。おそらく、背後から見ていてた月夜からすれば気が気ではなかっただろう。
もしも立場が逆だったら、いきなりなに危ないことしてんだ、と声を荒げていた自信がある。宗一郎は月夜に向かって、そういうことをしてしまったのだ。
「あと、俺が飛び出した直後に、強化くれたよな。あれほんと助かった、ありがとう」
飛び掛かった瞬間、身体に心地良い熱が追加された感覚があった。直後に身体の操作感覚と応答速度が跳ね上がったのを、宗一郎は強く印象に受けていた。あの強化の恩恵がなければ、あんな曲芸じみた迎撃などできるはずがない。そうだと断言できると思い至ったからこそ、宗一郎は強く感謝もしていた。
「い、一応怒らせちゃった理由を考えてみたんだけど……もし間違ってたら、指摘してくれると助かる、ます。その、ちゃんと反省しますので……」
頭上からなんの反応も返ってこないため、不安度が増していく。しかしそれでも宗一郎は、謝意と誠意を示すために頭を上げることができないでいる。
体感一分後。
やはり反応がなく、宗一郎はついに恐る恐る頭を上げ、月夜の様子を窺うことにした。
果たして、そこに月夜はいなかった。
いや、いない、という表現はまったく正しくない。より正確には、宗一郎の目の前でしゃがみこみ、両手で顔を覆ってぷるぷると震えていた。
珍獣のようだったと、後の宗一郎は語る。
「あの……朧、さん?」
「ちが、違くてね? あの、ごめん、ちょっとだけ待って」
「あっ、はい」
その場にしゃがみ込んだ月夜の顔は、熱を持っていると自覚するほどに真っ赤だった。
◆
今現在、月夜の頭の中は反省の二文字が嵐を起こし吹き荒れている。
実際、宗一郎が自白した反省点は、月夜が怒りを覚えた点そのものであったため、宗一郎はそういう意味ではまったく間違えてはいなかった。
月夜がこうなってしまった原因は、彼女の思考速度と理解力が高いところにある。
確かに月夜はあの瞬間、明確に宗一郎の行動に対して苛立ちを覚えていた。あれだけ危険そうな男に向かって無鉄砲に立ち向かっていった瞬間を見せられ、なにを勝手に危険な真似を、と考えるのはある意味で仕方がないことだろう。
突然そんな無茶をした友達をフォローしようと、反射的に【
実際、宗一郎は見事としか言いようがない動きを披露して暴漢の動きを往なして見せたので、トドメのために【
しかし終わらなかった。
宗一郎はそのまま駆け出してしまうし、暴漢の目からは戦意がまったく消えていない。
止めなきゃ。
その判断が下されてから、月夜の動きは速かった。
モーゼの逸話のように野次馬は綺麗に左右に割れている。ここまで道が整備されているのなら、あとはただ駆けて跳ねるだけでいい。
自身にも即座に【
ちょうど目の前で宗一郎が暴漢を仰向けに倒していたところだ。このまま真上から、暴漢の意識を奪えばそれで済む。
瞬時にそう判断し、月夜は迷うことなく対人用魔導【
ただ、判断が早く肉体の応答速度が高くとも、少々無茶のある攻撃だった。未だ満足に強化された身体能力の検証を済ませられていないツケがきたか、月夜は空中での姿勢制御をおろそかにしてしまう。
身体をひねって着地しようとしたが、バスケットボールのフェイダウェイシュートのように力が後方に流れてしまった。
「――っとと」
反射的に転倒を覚悟した月夜だが、しかし彼女が背中を地面に打ち付ける未来は一向に来ない。
理由はすぐに分かった。先にその場所に到着していた友達がいるからだ。
でも今回はちょっと、怒ったほうがいいと思う。また次も似たようなことをされたらと考えると、いつまでも心配の種が尽きない。
だから振り向きざま、月夜は背中にいる友人を睨みつけようとして。
「朧さん、大丈……」
ぶ? とまで言えずにいる宗一郎を見る。
そこで月夜は、自分を心配する宗一郎を見て気付いたのだ。宗一郎はあの瞬間、暴漢がこちらを標的に定めたのを察知し、〝タンクとして動いた〟ということに。
月夜が背後にいたから。彼は、二人で定めた役割とまっとうしただけなのだ、と。
つまり、月夜が宗一郎に苛立つ理由は、本来はなかったということになる。
戦闘開始から終了までの間に、才媛であることを証明するかのような思考速度を以ってこのような答えに到達したため、月夜は金色の亀と化してしまったのだった。
◆
現在、冒険者協会マグナパテル東区支部前では、二人の若者がお互い向かい合って謝り倒しまくっている。この国の人間からしてみれば稀有な光景なので、足を止めるとまではいかなくとも歩きつつ注目していく、といった流れが形成されている。
そんな流れを作り出している原因はもちろん、宗一郎と月夜の二人であった。
「ほんと、わたしの早とちりで榊くんには不快な思いをさせてしまいまして……」
「いやいやいや、危なかったんだから一緒に逃げればよかったんだよ俺も。だから朧さんは全然悪くなくて本当にごめんなさい」
という、謝罪をし倒し合うこと数分。完全に不毛なやり取りになりつつあることを自覚しながらも、未だにそれを止められないでいた。
結局、五分ほど互いの無様を讃え合った辺りでようやく不毛という言葉を思い出すことができた二人は、謝罪合戦に終止符を打つ。
「……とりあえず、今回はお互いが悪かった、けどもう謝り合ったのでこの話はここでお終いにしよう。じゃないとあと数時間は続けられてる自信あるわ俺……」
「同じく……。うん、これでこの話はもうお終い。次からお互い注意するってことで!」
ようやくかき捨てた恥の名残りでまだ頬を薄赤く染めつつ、話に決着を迎える。
「それで、冒険者登録したいところ、なんだけど……」
「中がアレだもんな……」
二人揃って改めて協会内部を覗いてみれば、すぐそこで転がされている男の活躍の残骸が床を覆っている。足の踏み場もない、という言葉がここに具現している。今も必死で職員が掃き掃除をしているが、うち何名かは半壊した受付カウンターらしき場所に詰め始めていた。
「手伝ったほうがいいんかな?」
「うーん、さっきは手伝わされそうになったけど、言っちゃえばわたしたちは別に関係ないわけだし……。――あ、そうだっ」
なにかを思い付いたらしい月夜が、ぱちんっと軽やかに手を叩く。そのままパッと宗一郎に向かって振り返った月夜は、実に楽しそうに思いついた方法を宗一郎に提案する。
月夜からの説明を聞き終えた宗一郎は、その内容を聞いて心底彼女に感心していた。
「や、確かにできるけど……。すごいな、それなら金銭面もなんとかなるかも?」
「だよね、だよね?」
宗一郎から賞賛と賛成を同時に受け、月夜の笑顔が華やぐ。
「じゃあ、榊くんはかなり忙しくなっちゃうけど……大丈夫?」
「全然問題なし。任しといて」
宗一郎の快い返事に、月夜はより一層、笑顔を輝かせた。
「よしっ、じゃあそれで行こう!」
自信を付けたのか、月夜は宗一郎の手を取って冒険者協会へと踏み込んでいった。
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