第二話-④
「んーっ。それにしても、冒険者、かあ」
座りながら思い切り伸びをして、持ち前の
「やっぱり危ない仕事が多いのかな?」
「まあ、階級制度があるみたいだから、新人にいきなりそこまで危険な仕事はさせないと思いたいけどな。ただ情報蒐集するって意味だと、階級を上げる必要はあると思う」
「結局、危険なことに自分から足を突っ込むしかない、か。少し抵抗あるなあ……」
「食ってくためだし、帰るためだよ」
「そうだね」
市街地図を眺め、冒険者協会の位置をある程度把握した二人は、未来に少々の懸念を抱きつつ立ち上がる。
昨日同様に、人が多い。それによく見れば、結構な道行く人々が結構な割合でなにかを食べ歩きしていた。
「登録したら、昼飯にでもしようぜ」
「うん、そうしよ。食事の平均価格も把握しておきたいしね」
「やることが……やることが多い……!」
「ほんとだよねー」
やるべきことの多さを前に、ネタを交えて怯む宗一郎とケラケラ笑って流す月夜。こんなところでスペックの差を思い知らされつつ、宗一郎は月夜と離れ離れにならないよう、圧倒的な雑踏の中へと足を踏み入れる。
次の目的地は、冒険者協会。
そういえば武器防具の値段ってどうなってんだろう、という思考を巡らせつつ、宗一郎は月夜とはぐれないよう、雑踏相手に苦労しながら、祭りの準備で賑わう東区目抜き通りを進んでいく。
◆
少々道に迷ったり、露店に誘惑されて足止めを食らったりしながらも、宗一郎と月夜はようやく冒険者協会マグナパテル東区支部の門を発見することに成功していた。
「…………」
「…………」
あとは協会内部に入って冒険者に登録したい旨を伝え、必要事項があればそれをこなして最初の目的は達成。それが終わったら一度腹ごしらえなどして、その後に仕事内容の確認だったり、簡単なものであればまずお試しにやってみるのもいいんじゃないか、などと相談し合いつつやってきた矢先。
「これはちょっと、時間変えてからまた来たほうがいいんじゃないっすかね……?」
「そ、そうかもね。――うわっ、また吹き飛んできた」
目的地であった冒険者協会マグナパテル東区支部の門前は現在、出入り口から半円形に距離を取った人混みと、野次馬に囲まれ道路に散乱したなにかの破片やら残骸やらで注目を集めていた。
半歩、月夜の前に身体を押し出してから、もう少し様子を観察する宗一郎。
「……中でケンカか?」
協会支部の中から喚き声が響く。同時に、暴れているような騒音もセットで聞こえてくるが、内部の状態の把握は今いる場所からは角度的に不可能だ。
結局、宗一郎は現状で最も実現が簡単な方法として、ちょうど隣にいた白髪白髭の野次馬紳士に状況を訊ねることにした。
「すいません、今なにが起こってんすか?」
「んん? ああ、なんでも中で冒険者が暴れているらしくてですね。言ってることが無茶苦茶で収拾がつかないんだそうですよ」
「他の冒険者が止めに入ったりは?」
「腕利きは今みんな出かけてしまっているようでしてねえ。星降り祭が近いところまで迫ってるから、護衛なり、街道沿いの魔物の駆除作業だったり。暴れてる人間は黒鉄間近の赤銅という話ですので、素人ではとても止められないですよ」
「つまり、どうしようもない状況?」
「今、誰かが中央樹の本部に応援を頼んでいるそうですよ。中の職員については……この状況では、無事だとは考えにくいですねえ」
瞬間、宗一郎は反射的に顔をしかめてしまう。つまりそれは、この惨状はまだ継続することを意味している。
よほどの力自慢なのか、すでに半壊している出入口から飛んでくる残骸も大きくなっている。
引くか。
宗一郎はその語を頭によぎらせ、月夜の手を引いてこの場からの撤退を選ぼうとした。
が、状況のほうが一歩速い。
出入口の縁を内側から鷲掴みにする巨大な手。振動を錯覚しそうな重い歩行。肉眼でも確認できるほどの灼熱の蒸気が裂けたような口から排気されている。
ガリガリと地面の土を削るように、テーブルだった名残りを残す巨大な木材を右手で引きずりながら、巨大な男がぬうと顔を出した。
「――ォ」
やばい。
ぎょろぎょろと眼球を動かすだけで左右を見渡したその巨躯の男は、限界まで見開き、焦点が定まらない眼球をこちらに向けた。
がぱりと口を開け、腰を捻り、残骸を軽々と持ち上げ、一歩踏み出し……野次馬が気付く。
「ォおァァァがァァばああああああああああぁぁあああああああああああああああ!!」
咆哮の爆撃。単独の人の声で振動を肌に感じ取る。
一歩で野次馬からかき出で、二歩目で宙へ跳び、三歩目で身体に熱を感じ取る。
相手の投擲体勢で弾道を完璧に見切る。視界が極端に狭まり、残骸が射出され――
空中での後ろ回し蹴りを添えて残骸を協会の壁に飛ばし、男を再度正面に捉え、追撃の巨拳の速度に両手を合わせ掬い上げで上空へと流す。
巨拳が打ち上がり、後方宙返りの形になった宗一郎は、そのまま這いつくばるように超低姿勢、四つん這いの状態で着地。
頭上を奔る紫電一閃。
――クラウチングスタート。
蹴足は一度で充分。それだけで、顔を焼かれた男の振り上げた腕を掴むに足る。勢いそのままに人体の棒倒しを成した瞬間、視界が影に眩んだ。
意図を察し前転で射線を開けた直後、空から甘くも爽やかな音色が広がる。
「【
目の覚めるような黄金の翼がたなびく。同時、巨躯の男から光の粒子が爆散する。
朧月夜という少女の形をした黄金の翼は、空中で身体をひねり下りてくる。
「――っとと」
少しだけバランスを崩し着地する月夜。
そんな彼女の背中を宗一郎が支えるような形で受け止めた。
「朧さん、大丈……」
ぶ? とまで聞けなかった。支えられた体勢のまま振り返った月夜の眉が吊り上がっている。
内心で「あれぇ……?」と唸るが、宗一郎に心当たりはない。なぜ月夜の機嫌がいきなり降下してしまったのかを考え、たぶん原因は自分にあるのだろうなと思い至る。
とにかく謝ろう。そんな結論を出した宗一郎が、月夜に向かって謝罪の言葉を投げかけようとする直前。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!? すげえぞ嬢ちゃん!」
「すげえな! かっけえぞねーちゃん!!」
「素敵! まるで騎士様みたい!」
「おねーちゃん、すっごーい!」
その絶叫を呼び水に、耳をつんざくような大歓声が上がった。最初に絶叫を上げたのは、囲んでいた野次馬の中でも、最前列で観戦していたおっさんだった。
結果、なにかを言おうとしてた月夜も、理由も分からずとにかく謝ろうとしていた宗一郎も、その歓声に驚き言葉を失ってしまう。
周囲を囲んでいた野次馬がその距離を狭め、宗一郎と月夜を包囲していく。
じりじり包囲が狭められる中、唐突に、二人の肩を抱く手が背後から現れる。
「いやあすみません! ありがとうございます、見知らぬ若者さんたち! そして周囲の皆様、事態の沈静化に尽力してくれた、この勇気ある若者に対して謝礼をしたいので、ひとまずのご協力をお願いします」
新たに出現したその人物は、明るい色の髪を後ろに束ねた、痩せぎすの男だった。無精ひげを生やしており、目に隈を作っている。
男はそれなりに信用があるのか、それとも騒ぎが収まって周辺の空気が弛緩したからなのか、野次馬は男の言うことを聞いて三々五々に帰っていった。
その様子を見送った男は、改めて宗一郎と月夜に向き直る。
「いやあ、本当に助かったよ。助かったついてですまないんだけど、そこで倒れている男を中に運び込むの、手伝ってもらえない? こっちにも色々事情があってね」
「……はあ、いいですけど」
「あ、いえあの……はい」
男からの気だるげな注文に、とりあえず応じてみせる二人。
「そんじゃあ、俺がこのオッサン中に運んじまうから、朧さんは先に中に入ってて大丈夫」
「……うん、分かった」
月夜の承諾を聞いて、とりあえず唐突にブッ倒すはめになってしまった巨漢を運び入れる手立てを考え始める。
ように見せかけて、実は内心で地味に宗一郎は焦っている。唐突に月夜の機嫌が悪くなった理由の心当たりが一つしかない。
宗一郎は女性の怒りはまったく好きじゃない。機嫌を悪くする理由が唐突過ぎる上に、理由は言わなくても理解しろというエスパーの真似事を強要してくるからだ。少なくとも、宗一郎の中では女性の怒りというものはそういうものだと定義されている。
月夜が不機嫌になった理由がたった一つしか連想できない宗一郎にとっては、それはもう胃が痛くなる案件である。しかし相手は運命共同体で、一緒に日本へ帰ると誓った、そしてこの世界で唯一の同郷の人間だ。面倒な問題はさっさと解決しておきたい。
榊宗一郎という少年から見た朧月夜という少女は少なくとも、理性的な女性、というものに落ち着く。穏やかな気性に柔らかい物腰というイメージは、異世界に来てからでも変わったようには思えない。
そんな彼女が怒ったからには、間違いなくそれなりの理由があるはずなのだ。
「……理由ちゃんと聞いて、しっかり怒られるしかねえか」
気分が落ちるのは間違いはない。ないが、仲直りするための代償だと思うことにして、宗一郎は暢気に伸びている男の手首を掴んで乱雑にずるずると冒険者協会マグナパテル東区支部の中へと引きずり込む。
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