第二話-③
翌日から、宗一郎と月夜の日常はずいぶんと忙しいものとなった。
二人に宛がわれた部屋は最上階の屋根裏。長年倉庫代わりに使っていたということで、それはもう埃と蜘蛛の巣とガラクタまみれな空間だった。やんちゃでわんぱくなミュルンをして、秘密基地にはしたくないと宣言したいわく付きの場所である。
かくして異世界断捨離が敢行される。
完全に無用の長物と化しているガラクタ、実用面で無価値な物体、芸術面でも理解しがたいナニカ、怪しい魔力が内部からゆっくり漏れ出しているツボなど、とにかく要らないものをすべて裏庭に運び出す。
手拭いを頭に巻いてマスク代わりに濡らした布で口を覆って、必死になって舞い上がる埃や塵を追っ払う作業。
それだけでちょっとした大騒ぎになった。
「ぷはーっ」
全開にした窓から顔を出して、思い切り深呼吸。いくら涼しい環境といえど、お尻の上半分くらいまで伸びた髪をアップにまとめているのだ。重いし暑いしで、疲れてしまう。
「ぅわっはーっ、ほんと、改めて見るとすっごい景色だよ」
窓の向きは南西。窓を開きやや右手方向を見てみれば、視線の先には、宗一郎と月夜が最初に目的地と定めた、あの超巨大な柱がすぐ目の前にあった。
「宝王大樹マグナパテル、かあ。早く行ってみたいもんだね」
大樹王国マグナパテルは、中心にそびえ立つ超巨大樹の名をそのまま戴いている。つまりあの柱は、この国の根幹でもあるのだ。
せめて、あの場所に日本へ帰るための何かしらの手がかりがあればいいなと、月夜は改めて青く霞むあの柱に祈ってしまう。
窓の縁の汚れを濡れ布巾で拭き取りながら柱を眺めていると、背後からトントントンと階段を上がる足音が聞こえてくる。
月夜と似たような埃対策を施した宗一郎が忙しそうにやってきた。
「よっす、こっちはどう?」
「もうそろそろ一段落かな。換気したし、埃も立たなくなってきたし、色々あった変なものも全部表に追い出せたしね」
「最初見たときは割と絶望したけど、片付くもんだなあ。あのツボはやばかったけどさ」
「ねー! あれはびっくりしたよ」
怪し過ぎて逆に芸術的ですらあったツボは、中にとても弱い魔物が入り込んでいたのだ。ミュルンが持ち上げた瞬間に中から真っ黒な魔物が飛び出してきたのを、宗一郎が反射的に弾き飛ばし、月夜が攻撃魔導をぶつけて一瞬で倒したというのが、一連の流れだった。
現在、家主は裏庭で妻からお叱りを受けている最中である。雷神のような名前をした家主は、打ち出の小槌で殴られたかのように大変小さくなっていたりした。
「それで榊くん、なにか用事だった?」
「あっと、そうだった。作ったやつの売り先、やっぱ冒険者協会が一番だろうってさ」
「そっか。ポーション類とか薬草束を売る先って錬金術関連の場所ってイメージがあったんだけど。あとは鹿の皮だっけ」
「そこは一応聞いてきた。なんの実績もない素人が作ったポーションの買い取りはやっぱ厳しいんだと。鹿の皮は商工ギルドに持ってけば一応査定はしてくれるらしいから、これはそっちに回そうかなって思ってる。冒険者協会は買取価格が安めにはなるけど、必要以上に買い叩くこともない、とさ」
「そうなの?」
「らしいよ。まあ、協会側も新人を使い潰して自分たちが苦労する目に遭うのは嫌なんじゃない?」
「なるほどね」
ちなみに宗一郎がこさえたポーション類や薬草類だが、これはトール側も似たような理由で買い取りはできなかった。薬品類は人体や生命に関わるだけに、売買に関しては厳しい取り決めがあるのだという。
「てわけで、やっぱ冒険者に登録しといて損はないと思うわ。少なくとも食いっぱぐれることはないだろうしさ」
「うん、やっぱりそれが良さそうだよね」
当面の方針が決まったからか、それとも安心できそうな場所を一時的にでも得られたからなのか。それからの二人は、とんとん拍子にこれからの予定を組んでいた。
借り受けた屋根裏部屋はそこそこの広さを持っていたため、現在は二人で生活できるように絶賛清掃中である。
屋根裏部屋は、天井の低い小型ワンルームのような構造をしている。さすがにそのまま使うと、文字通り男女が一つ屋根の下状態になってしまうため、後ほど、取り外し可能な間仕切り壁を設置してプライベート空間を確保する予定だ。
「榊くん、それなに?」
唐突に、ギリギリ確保できそうな狭い共同空間の一角に、宗一郎が謎の物体を設置し始めたのだ。
「ん、【
「あ、ほんと? ありがとう、助かるよ」
この後は外出の予定を立てているのだが、トール一家は帰還直後であるため店のほうが忙しいらしく、ミュルンは年齢と活動範囲から案内役は難しい。どうせこれからは色々と出歩く必要が出てくるのだからと、宗一郎と月夜は二人で街中を巡るつもりでいる。曰く、これは迷子対策であるとのこと。
「おし、設置完了。そいじゃ下りよっか」
「はーい。あ、ありがと」
最後に出てきた少し大き目な荷物を宗一郎が持ち上げ、それを合図に月夜も一緒に階下へと下りていく。ほんの少しだけ階段に対して警戒度を引き上げつつ、無事に裏庭に到着。謎の木像を乱雑気味に置く。
裏庭はちょっとしたバザーのような様相を呈していた。もう間もなく、古物商がやってきて査定が始まる予定である。
「目印の設置は大丈夫?」
「オッケー、使ってみて」
「はーい。【
月夜が【
問題ないことを確認して、月夜は魔導を切った。
「んじゃ、出かけるとしますか」
「だね。それじゃあ、ちょっと出かけてきます」
「はい、気を付けていってらっしゃい」
トールの妻に見送られ、二人は揃って街へと繰り出した。
異世界の国、大樹国家マグナパテル。
宗一郎と月夜が辿り着いた街は東区と呼ばれる地域だ。中央樹を中心にして、似たような形状の台地が東西南北にひとつずつ。北を除くすべての台地には人の住む街が存在しており、それぞれによって特色が大きく異なる。
東区は最も庶民的で、人の出入りも最大を誇る、マグナパテルの民間の象徴とも言える街だった。
「やっぱりこの街、テーブルマウンテンの上にあるんだ……」
「さっき路地裏に雲が流れてたからな……。さすが異世界ファンタジー、規模が違い過ぎる」
「切り株っていうのも、ある意味納得だよ」
「それに、あの柱もかなりすげえよな。あれもマグナパテルだっけ。あのデカさでこんだけ近くにあるのに、普通に陽の光が届いてるもんなあ。やっぱ光貫通してる気がする」
「だよね。それに遠くからだと柱にしか見えなかったのに、この街に来てから枝葉が見えるようにもなってるし」
二人は改めて、この超巨大樹の異質さを目の当たりにしていた。
二人が受けた説明によれば、マグナパテルを囲む四つのテーブルマウンテンも、元は同じ宝王大樹であったのだという。それが伐り倒された結果、表面に人が住めるほどの広大な面積を持つ切り株になったのだということらしい。神話も残っているらしく、気になるなら図書館に行ってみると良いと勧められたため、二人は時間ができ次第、その図書館で調べものに勤しむ予定をすでに組んである。
そしてその四方のテーブルマウンテンには、それぞれ役割を持たされている。
東区……つまりこの街は住宅街や市場、宿屋に武具屋、道具屋、装飾品店、雑貨店、魔法屋、酒場、商人街に風俗街等々と、文字通りになんでもござれの玄関口である。
中央樹と呼ばれる区画を挟んで反対側にある西区は、生産業を一手に担っている地区だ。あらゆる業種の工房は大抵この西区にあり、マグナパテル商工ギルドもこの地区に本部を設置している。危険度、稀少度の高い魔物の素材はここにしか解体できる職人がいない。マグナパテル全体の技術産業を抱える心臓部とも言える、重要な区画である。
すでに商工ギルド東区支部で鹿の皮やその他細々としたものを無事に買い取ってもらった二人は、次の目的地である冒険者協会へ向かう足でしばし街の様子を観光していた。
「えーっと、一ルクルムが百枚で一ルクス。一般的な宿で一泊二食付きの平均価格がだいたい五ルクス。トールさん家の家賃がわたしと榊くん合わせてひと月十ルクス、と。……うん、なんとかなりそうかな」
覚えたての通貨単位を計算し、ある程度理解を深める月夜。変に円換算はしようとせず、まずはマグナパテルで流通している通貨を基軸に据えることにしたらしい。
「金には早く慣れないとな。しばらくの間は、住む場所と着替えと、あとは装備をどうにかするために動かなきゃだしさ」
「ずっとトールさん家の屋根裏部屋に住み着くわけにもいかないもんね」
なにより、着替えという重大な問題がある。宗一郎と月夜の衣服は現在、転移前から着用していた高校のブレザー制服、そしてトールから契約金代わりに贈られた麻製の服装上下一式、のみ。正直言って、心許ないどころの騒ぎではなかった。
女としては喫緊の課題であるので、月夜は個人的には、できれば今日中にはなんとか解決の目処を立てたいという本音がある。
「入浴施設が結構充実してるのが、わたしとしては救われるよ……」
「燃料問題は魔道具で割となんとかできてるみたいだもんな」
この世界に落ちてからマグナパテルに来るまでの間、清拭しかできていない。月夜は、湯につかる形の入浴というものに飢え始めていた。
大樹国家マグナパテルは、東西南北のテーブルマウンテンと中央樹、これら全域でかなりの量の湧水量を誇るらしく、飲料水、生活用水がともに豊富である。そのためなのか、マグナパテルでは入浴文化が進んでいる傾向にあり、宿屋の料金にも、別途ではあるが入浴料金が記載されているところは多くある。
「まあとにかく、お風呂と着替え問題含めて、まずは住むところをどうにかしなきゃ、だよ」
そんな雑談を交わしながら安全対策が万全の展望台へとやってきた二人は、設置されていたベンチに腰掛けて、渡された市街地図とにらめっこを始める。
「んーとりあえず、北区はしばらく関係ないし、南区はなるべく近づかないようにするとして。問題は住む場所と、あとはどのくらい住むか、かね?」
「候補は東と西、あとは中央樹かな。でも、商工ギルドの話だと中央樹は賃貸料が高いらしいし、ここは除外でいいんじゃない?」
「確かにそうだな。あとは生産業が集中してる西区だけど……」
「うーん。この国に定住するってんなら選択肢としてはアリだと思うけど、これからどうなっていくかさっぱり見当もつかない状態だから、どうも決めにくいんだよね……」
「やっぱりそこが問題だよなあ……」
高校生の男女には悩みが多い。
しかも、現状はある種の緊急事態であるからそう問題視もされないが、話している内容は同棲前提である。
ただでさえ思春期の男子女子が同じ屋根の下、しかも隔てる予定の物は薄壁一枚だけという話なのに、宗一郎も月夜もまったく浮ついた様子がないあたり、どこまで行っても両者の思考は友人同士のそれでしかない。
だからこそ、話し合いがスムーズに進んでいるという面もあったりする。
それから二時間ほど。
二人してあーでもない、こーでもないと話し合うが、一向に納得できる結論が生まれない時間が続く。
「うーん、やっぱりこんなところで突発的にこれからどうするか話し合っても、それっぽい答えは出ないね」
「だなあ。まあとにかく、今はやれることをコツコツと少しずつ片付けていくしかない段階なんだろなと思うわ。トールさん家の部屋も、最大一ヶ月は借りられるわけだしさ」
「ん。急いては事を仕損じるって言うしね。確かに切羽詰まってるけど、急ぎ過ぎるのも良くないか」
「だと思う。慌ててもいいことないしな」
「うんうん。できる範囲で少しずついこう」
答えの出ない思考に不毛さを感じ始めた二人は、問題を棚上げすることで話題を次のものへと強引に移す。
やるべきことは山積みだが、それを一挙に解決することは難しい。二人は、こんなところでToDoおよびタスク管理の重要性をより強く知り、実感していくのだった。
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