第一話-③
「あ、ごめんね、話の腰折っちゃって」
「いやいや、平気平気。生産系の話ってどうしても長くなりがちだからさ。適度に相槌とか話題振ってくれてこっちが助かっております」
「あはは、どういたしまして」
さらに続く生産系スキルの説明。
木工、彫金、皮革などを複合し細かい図柄や小物・装飾品を作ったり、品物に隠し仕掛けを施したりする細工。
木材・石材・鉄材等を使い道路整備やトンネル工事、さらには家屋や建築物、果ては築城まで可能とする土木建築。
丸木舟からイカダ、巨大帆船、魔導艇に航空艇まで建造可能な造船。
「んで最後に、
「それってつまり、魔力は電力みたいなものってこと?」
「あくまでZLOの設定上ではだけど。魔法にも使えるけど、電力の代替物扱いにもなってる感じ」
「どんなことに使うの?」
「蓄魔装置だの魔導エンジンだの、そういう感じのやつ。付与魔導もこの分野だし、あとは魔法陣を作成打刻できるのもここ。作った武器の攻撃力を上げたり、防具の防御力を上げたりとかな」
「あ、魔道具とかそういうのも?」
「当たり。まあクエストで作らされたやつは変なのばっかりだったけどさ。使った食器を宙に浮かせて回転させるやつとか」
「なにそれ、どういう使い道なの?」
「考案者のNPC曰く、こうすれば水と液体洗剤をぶっかければ手軽に綺麗になる! っていう理論らしいよ」
「あはは、なにそれー、全然意味分かんないよ」
トンデモ道具の説明を聞いて、笑いながら突っ込みを入れる月夜。他にもマネキンを中心に観客が周囲を回転する装置だとか、ロウソク台がひたすら回転し続けるだけの装置だとかばかり考案開発するので、そのNPCは回転フェチと呼ばれているだとか、そんな話をしては笑い合う。
「でまあ、学校でも言ったけど俺は生産メインでZLOをプレイしてたから、この辺のスキルは大抵触ってるわけでさ。採取系が採掘と狩猟がカンスト、加工系は細工の彫金と調理と土木の築城以外カンスト、魔導系は全部親方ランクまで極めてる」
「……ん? んん?」
「そんでまあ、実は十二宮のうち一つを持ってんだ、俺。いや、まさか生産系スキルの中に十二宮の取得条件が混ざってるとは夢にも思わ」
「……―――はあ!? え、待って、じゃあ、榊くんって十二宮取得者だったの!?」
月夜の絶叫が夜の河原に反響する。
生活系コンテンツに偏重気味なプレイスタイルであり戦闘最前線には行ったこともない月夜だが、それでも、彼女の記憶にも十二宮取得者は存在しない。というか、公式から定期的にアナウンスされている十二宮取得者は現在、全プレイヤー中たったの四人。
ZLOの現在のアクティブユーザー数は全世界で三千五百万人強。
パーセンテージなど計算したくもない。
十二宮というものは、存在は確定していても超希少なものなのだ。
しかも、ZLO運営は十二宮は実在すると明言しているが、イラストもアイコンもスクリーンショットも上げておらず、所持しているユーザーの人数のみを公表しているだけ。
十二宮のうちどれが取得されたのかも秘密で、誰が取得したのかも不明。公式が存在を保証してもなお大半のユーザーが半信半疑になっているか、もしくは自分には関係のないものとして扱っている。それがZLOにおける十二宮というものだ。
「…………え、ほんとに? 榊くん、本当に十二宮を持ってるの? 嘘じゃない?」
絶叫からの鬼気迫る月夜の態度に慄いていた宗一郎は、無言のまま何度も頷くことで返答とする。
月夜のリアクションは正しい。それは宗一郎も理解するところである。こうなるからこそ、宗一郎も今この瞬間まで十二宮取得者であることを隠していたのだ。
「てことはつまり、生産魔導系のスキルの親方ランクを極め切ったから、その十二宮が手に入ったってことかな?」
「あーいや、入手条件は違うと思う。俺が魔導系の親方ランク中盤くらいで、いつの間にかスキル欄に取得済みの状態で追加されてたからさ。自分でも知らない間になんか条件を満たしたとは思うんだけど、正直言って全然身に覚えがないんだ、これが」
そのころは戦闘系のスキルは全然育ててなかったしな、と宗一郎は呟くように付け足した。
「……スキルなの?」
「え、そこ?」
「だって気になるよ! 十二宮って今までアイテムなのかスキルなのか装備なのかそれともシステムなのか、全ッ然情報が出てこなかったんだよ!?」
「あ、ああ、そうか、そうだよな。はい、ごめんなさい」
宗一郎的には、月夜が眉間にしわを寄せてぐわーっと人に迫っているところなど初めて見る。朧月夜という少女は基本的に穏やかな性格で、常にのんびりほんわかとした気性の女性だったのだ。そんな彼女がここまで感情を燃やすあたり、やっぱ十二宮やべーよ、と内心で愚痴る。
「追加されてたのは確かにスキル欄なんだけど、なんていうか……ああ、実際に見せたほうが早いか」
「見れるの? てか、見てもいいの?」
「い、いいよいいよ、こんくらい。ちょっと表現しにくいからさ」
右手の手のひらを上に向けると、その直上の空間が突如光り始める。数秒後、宗一郎の手の中には十字架と矢印を融合させたかのようなシンボルを刻印した、朱色に透き通る高級そうなクリスタルトロフィーが出現していた。シンボルの直下には【Sagittarius】と刻印されている。
宗一郎はそのトロフィーを、あっさりとした動作で月夜に手渡した。
「……あれ? スキルなんだよね?」
直前に宗一郎は確かに、十二宮はスキルだと言っていた。しかし月夜の手の中には朱色のクリスタルトロフィーが存在している。
「確かにスキルなんだけど、そんな感じで物体化できるんだよ。ちなみに、十二宮取得で使えるようになる新スキルは一個だけ」
「へええ~……」
トロフィーを手に取った月夜は、あらゆる角度に持ち替えて眺めている。朱色に輝いているのは焚き火の光に当てられてのものかと思っていたが、どうやらクリスタルそのものが朱に染まっているらしい。
「これ、取得者の特典ってこのトロフィーとその新スキルだけなの?」
「いや、対応する十二宮に関連するステ補正があるよ。
「やっぱりそういう特典はあるんだ」
さすがは十二宮の一つ、と感心してみせる月夜。おそらく他にも何かしらの性能はあるのだろうが、あえてこれ以上の追及はしなかった。情報の量と質に圧迫される予感を覚えたためである。
「とりあえず、ものづくり関係なら大抵のことはできるって感じかな。逆にできないこともあるけど」
「例えば?」
「調理が終わってないから、例えば真竜種の食材はまだ触れないな。それに建築とかも終わってないから、最後に何を作れるようになるのか分かってない」
「……うん、真竜種ね。あのあれだよね、ネームドとかトゥルーとかカラーとか。素材になるんだね……」
一種諦めのような声音になる月夜。
極々少数のフレンドに十二宮の話をしたときも同じような反応してたなあ、と当時を思い出す宗一郎。真面目な話、自分も立場が逆だったらほぼ同じリアクションを取っていただろうと容易に想像できる。
「なんか、榊くんが河原に移動しただけで色々できるって言ってた理由が、ようやく分かった感じだよ……」
宗一郎は月夜の調理の熟練度と料理の腕を褒めていたが、その料理に使った道具さえ宗一郎が片手間にこさえたものだ。ザルだの魚籠だのを森林行動の最中に作っているし、河原の砂利の中から砥石にできる石を見つけて紙がスパスパ切れそうなほどナイフの切れ味を戻してもいる。ちょっとした土手から粘土を大量に採取して炉だの器だのを作っているところなんて、見ていたはずなのにいまだに信じがたい。
割と誇張抜きで、宗一郎は河原に来ただけでそれなりに充実した環境を揃えてしまった。生産系プレイヤーも極まると、最前線で戦う戦闘系プレイヤーとはまったく違うベクトルでやばいのだと思い知る。
「大雑把だけど、俺からはこんなもんかな。何度か言ったけど、素材の関係で上級ダンジョンにも潜ることがあるから、戦闘のほうもそこそこはできるよ」
「魔導のほうは?」
「付与魔導を戦闘に応用するくらいだから、戦闘関係のやつは全然。基本的には生活系と生産系ばっかり。付与にしたってできるのはせいぜいが補助くらいだな」
ZLOにはジョブという概念がある。
戦闘職で防御力が高く敵を引きつけ囮となることを得意とする盾役、攻撃を得意とする火力役、味方の強化や敵の弱体化を専門とする戦闘補助役、味方の体力や状態異常を回復する回復役と、MMORPGにある役割は綺麗に網羅している。
ジョブは多数種類があるが、武器自体に装備制限というものはない。極端なことを言えば、回復役が巨大な剣を振り回す、ということも普通にありえる。逆に盾役が魔法使いの杖を使用することもできる。
しかしジョブごとに得意とする武器種というものがあるため、大抵のプレイヤーはその得意武器に合わせた装備を用意する。
ジョブには特殊なものを除き上位互換のものがあるため、よほど強固なこだわりがない場合、条件を満たせばすぐさまそちらに移行するのが通例だ。
「メインは
「そっか、ありがと。榊くんがタンクしてくれるなら、わたしも戦いやすいかな」
「確かになんか、朧さんはオールラウンダーな戦い方してそうなイメージあるわ」
「そ、そうかな?」
「うん。ひょっとしてあれか? 『アンタはそういう戦い方のほうが絶対に似合うからそれ系のジョブ選びなさい!』みたいなこと言われたとか?」
「なんで分かるの!?」
「や、単純にイメージっていうか」
「い、イメージ……」
付け足すのなら、これまでの会話から月夜の友人が関わっていそうだったし、そんなことを言いそうな印象が根付いていたからである。
「やっぱりそんな感じの構成になったん?」
宗一郎が少し笑いながら問うと、月夜はやや頬を染めて頷いてみせた。図星だったらしい。
よほど気安い友人なのか、月夜はその人物の言うことを割と参考にして行動しているようだ。
「な、なんか今の流れで言うのは恥ずかしい気がするよ?」
「はは、まあまあ」
恥ずかしがる月夜をなだめつつ、必要なことだからさ、と説得する。今はまだ穏やかな時間を過ごすことが出来ているが、この先はそうもいかなくなってくるだろう。ゲームのステータス……つまり戦闘能力をたかが高校生に付与したことが、それを物語っている。
だから、まだこうして平和にしていられるうちに、互いのことはきちんと把握しておいたほうがいい。
しばしの間もじもじしていた月夜は、意を決するように口を開いた。
「わたし、サブは付けてないんだ。というか付けられないジョブなんだけどね」
「サブが付けられない? ……え、もしかしてザ・タイトルシリーズ?」
「うんうん、それ。わたしが使ってるジョブは【
「や、タイトルジョブを取ってる時点で朧さんも大概だと思うんですよ、俺は」
「そーかなあ?」
「そーですー」
ザ・タイトルシリーズとは、取得難易度が非常に高いジョブ群のことで、通称の通りジョブネームが称号となっている。いわゆるエクストラジョブで、特化型や汎用型に関わらず強力なものであることが多く、タイトルジョブ取得者はかなり少ない。
「本職には敵わないっていうけど、実際どんくらい差があんの?」
「んー、だいたい本職の七割くらいが限界かな。装備とかバフとか食事効果とか盛りに盛れば最大で九割くらいまで迫れるんだけど」
「なにそれすごすぎだろ。そういう汎用性高いやつって、一番難しくて一番カッコいいやつじゃん」
「へへ。色んな武器が使えるし手段も幅広いから、使ってて楽しいからお気に入りなんだ。衣装も綺麗で可愛いし」
月夜が使っている【
装備や選択するスキル、アビリティ等で大きく変化するが、多くの場面で実用レベルでの『代役』を務められるだけのポテンシャルを秘めている。
それだけに、宗一郎が口にした通り育成難易度もずば抜けて高いジョブでもある。
服装もかなりの人気があり、【
「【
「なるほど。それなら確かに、俺がタンクやって朧さんが遊撃っていうのはいいかもな。色んな武器が使えるっていうのも……」
そこで口を止める宗一郎と、それに気付いて身体を揺らす月夜。宗一郎が何かを察し、月夜は宗一郎が何を察したのかを察したらしい。
ちろり、と正面にいる月夜を見上げるように視線を投げてみれば、彼女はギシギシと古びた木人形のように軋んだ音を立てて、露骨に目を逸らす。
「色んな武器が使える」
ぼそりと呟けば、いちいち律義に面白反応を見せる月夜。今度は器用にも正座したまま三センチメートルほど地から離れた。
そして想いは炸裂する。
「か、刀使いたかったんだもん!」
「うおっ、先に開き直ったわねこの子! てかまさか、その情熱でタイトルジョブ取ったのかひょっとして!」
「そーだよ! わたしの刀への情熱はちょっとやそっとじゃ止まらないんだよ!」
「マジかよすげえな情熱! よーし材料と道具が揃ったら頑張って名刀作るからな!」
「わーいやったー!」
謎のハイテンションに突入した二人はその後、三分くらいで鎮火してから交代で眠りに就いた。
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