第一話-②



 異世界着弾後、初日の夕暮れ。

 森の途切れと白い砂利。一筋のせせらぎを境界線とし、水色の向こうには土と背の低い草が風に撫でられ揺らめいている。

 森と空の狭間で、レザーマントを敷物代わりにして森で拾った小枝を格子状に積み上げ終えた宗一郎は、火口ほくちとなる枯れ葉やススキに似た植物の穂を格子の内側に置いてから、静かに右手の人差し指と中指を束ね、指先を向け、呟く。


「【着火スパーク】」


 その呟きと同時、指先からパチパチと空気を弾いてかなりの熱を伴う火花が爆ぜる。

 飛び散った火花はススキもどきの穂にすぐさま引火し、あっという間に紅蓮の炎を立ち昇らせる。


「榊くん、もう血抜きはだいたい終わった感じだよ。鞄に入れてきたけど、ここに出しちゃって平気?」

「ああ、ありがとう。もうちょい待って、火ィ安定させときたいから」

「ん、オッケー。……なんか自分で言っておいてなんだけど、鹿が入る鞄ってすごいね」

「ほんとな。ちょろっと調べてみたけど、結構高レベルの【容量拡張】と【重量軽減】、あと【状態維持】の付与魔導がかけられてるっぽい。見た目も大きさも悪くないし、普段使いして良さそうだわ、これ」

「この革鞄も含めての支援物資だったのかもね」


 月夜に同意しつつ火の世話を続ける宗一郎。

 河原であるため、即席のかまどを作るための石に困ることはなかった。火口も鞄に入っていたものではなく、河原に生えていたススキもどきを使っている。薪にできるような枝は道中の森の中で拾っているし、河原には乾燥しきった流木がいくつもあった。

 かまどに枯れ枝をぽいぽい投げ込んで火を安定させていく宗一郎を、かまどを挟んで反対側に陣取った月夜が感心しきりな表情で眺めている。


「河原に着いて半日も経ってないのに、粘土で炉を作ったり器を焼いたりしてるのが、わたしは未だに信じられないよ……」


 月夜の指摘通り、宗一郎の座る場所から少し距離を取ったところには粘土で作られたそれはもう立派な炉がででんと存在感を撒き散らし、現在も煙突からもうもうと煙を上げて粘土製の器を焼成している最中だった。

 しかも、焼成第二陣である。

 第一陣の焼けた器たちはすでに活躍中で、川の水を汲んで煮沸したりしている始末。別の器では、十秒ほどで加工されたすりこ木でゴリゴリすり潰された薬草などがある。

 焚き火を前にした宗一郎の周囲は現在、野外だというのにちょっとした工房じみた光景ができあがっていた。月夜が呆れるのも無理はないだろう。

 ZLOの能力が付与されたとはいえ、ちょっと生産系プレイヤーというものを侮っていたかもしれない。


「あ、もう鹿出して大丈夫だよ。こっちの広い場所のがいいかな」

「う、うん、分かった」


 宗一郎の指示に従い、粘土炉やら成形前の赤茶けた粘土の塊が並んでいる区域の反対側の、少し離れた場所にランドセルよりもずいぶんと小さいレザーザックの口を向ける。その小さな口から割と立派な体格をした牝鹿が姿を見せる。もう生きてはいない。その証拠に、牝鹿の鎖骨の間から放血した形跡がある。


「それじゃあ俺はこっちで鹿の解体してるから、なにかあったら呼んで。あ、これ即席だけどまな板。さっき魚釣ったから、そっちで捌いててくれても大丈夫。あ、こっちのナイフなら研いであるから、これ使ってて」

「は、はい」


 そう言われ手渡されたのは、長方形で厚みもちょうどよく、表面が非常に滑らかという実にいい仕事をしたまな板。と、形状は粗末なままだが、やたらと切れ味が向上した支援物資にもあったナイフ。そしていつの間に用意したのか、蔓草で編まれたザルと魚が数匹入った魚籠びく

 森で採取した山菜やキノコ、今しがた渡された川魚。そして宗一郎が少し離れた場所で現在解体中の鹿から肉が採れれば、あと足りないのは穀類と果物くらいじゃなかろうか、という充実っぷり。

 月夜は内心で訂正する。

 侮っていたどころではない。完全にナメきっていた。


「ね、ねえ榊くん? この魚籠びくとかザルとかは一体いつの間に……?」


 という月夜の震え声に、宗一郎は「ぁえ?」と間抜けな声を出しながら彼女の問いに暢気な口調で答える。


「森ン中通ってる最中にだよ。蔓草が結構いっぱいあったから、それでちょいちょいって」

「ちょいちょいで……。榊くん、薬草? とかも採取してたよね」

「まあ作れる暇は結構あったからさ」


 これはちょっと、本気で互いができることのすり合わせが必要だ。そう確信した月夜は、宗一郎への詰問を一時横に置いて、渡された物資に手を付け始める。

 まずは水洗いでぬめりを取り、川魚の腹を開き内臓を掻き出し、流れるようにエラも千切る。血合いを指でこそいでから、粘土製陶器の水で身をゆすいで終わり。うろこは柔らかく細かいものだったので、そのまま残してある。特性としてはヤマメに近いのかもしれない。

 その後は真っ直ぐな小枝を選び取り、S字になるように波打たせて串刺しにすれば、あとは焚き火に当てるように地面に刺して石で固定するだけだ。

 魚に火を通している間に、汚れてしまった水を川に捨て、ゆすぎ、入れ直す。焚き火に持ち帰って火に当て沸騰させる。


「調味料の偉大さが身に染みるなあ……」


 コンソメの素どころか、塩も胡椒も手元にない状況。土を洗い流し下処理を済ませた山菜やキノコを火にかけた陶器にぽいぽいと放り込みながら、悲しみに溢れたコメントを零す月夜。


「せめて岩塩でもあれば良かったんだけど、そこまで贅沢は言えないか」


 程よい長さの小枝二本を箸代わりにして、器用に陶器の中身を世話しながら調味料については諦める。

 結局、宗一郎に負けじとやたら器用に調理の手を進めながら、月夜は二人分の夕食をこさえていくのだった。



 日が落ち、星が天を満たす頃合い。

 焚き火を挟んで川魚の串焼きと、山菜とキノコのスープのようなものを食べる二人。


「いや美味いっすよこれ」


 宗一郎の掛け値なしの賛辞に、しかし月夜は納得しかねる表情を遠慮なく張り付けている。


「ううん、やっぱり塩くらいは欲しかったなあって思うよ」

「さすがに塩を用意するのは大変だしなあ」


 藻塩焼きや塩田も、山林中に片手間で、とはいかない。岩塩を探すにしても手間が勝る。


「やっぱ、割と急いで人のいる場所に行きたいところだよな」

「だね。そういえば、お金になりそうなものはどうにかなりそう?」

「うん、目処は付けた。明日朝イチから作業始めればそれなりの数を用意できると思う」

「そか、よかった」


 ずずずとスープを啜る。

 淡白ながら味そのものはしっかりしている焼き魚を食べ骨と頭だけにしてから、しっかり煮沸消毒し冷ました水を飲んで、ようやく一息つけた。


「それじゃあ、ちょっと遅くなっちゃったけど、お互いできることのすり合わせ、しよっか」

「そだなあ。とりあえず俺から話そうか」

「うん、お願い」


 ぬるま湯を一口飲んで唇を湿らせてから都会では見たことのない量の星々を眺め、なんとなくあんなところから落ちてきたんだなあ、などと思いながら説明するための言葉をどうにか絞り出す。


「まず前提として、ZLOの生産系スキルって主に三種類に分かれてんのね」

「三種類?」

「あくまでも一番大きく分けた場合はね。フィールドに点在する素材とか魔物を倒して解体して手に入れる採取系。手に入れた素材をスキルや道具を使って形にする加工系。最後に付与魔導を主体にして加工したり魔法陣を打刻する魔導系の三種類」

「なるほど、そういう括り方ね」

「そうそう。有名っていうか、ファンタジーでありがちなやつも普通にあるから、朧さんもさすがに一種類も聞いたことないってことはないだろ」

「うん、鍛冶とか錬金術とかがあるのは知ってるよ。っていうか、刀作れるって言ってたもんね、刀!」

「刀作るって約束したもんなあ。材料とか道具とか設備とか全然足りてないから今すぐには無理だけど、そのうちちゃんと作るよ」


 宗一郎と月夜に付与されたZLOの能力は、自分たちがゲームプレイ時に使用しているアバターのステータスにスキル構成である。

 宗一郎に曰く。

 ZLOの生産系スキルの広義的な括りは今しがた宗一郎が述べた通りで、細かく分けると採取系が五種類、加工系が九種類、魔導系は五種類となる。

 地中の鉱物を掘り、数多の種の金属や宝石、遺跡や化石まで発見する採掘。

 山中や平原から、人間に有用な植物系の資源を得る採取。

 野生鳥獣を狩り、食材から皮素材からと動物性の恩恵を得る狩猟。

 魚介類や水産動植物を取る、もしくは養殖する漁業。

 土地の力を利用して人間に有用な植物を生産栽培する農業。


「生産扱いなのは分かるんだけど、農業と漁業まであるんだねZLOって……」

「まあゲームだから、描写は結構省略されてたりするけどなあ。あと基本的に農業は小さな畑の世話ばっかりだし、漁業にしてもやっぱ釣りがメインだから、プレイヤーが能動的に触れるものって規模は大きくないんだ」

「はえー、なるほどなあ」

「そんで次は加工系ね」


 切り出した木材を使い、あらゆる形状に加工する木工。

 掘り出した鉱石等から有用な金属を精製・加工して、武器や防具、その他あらゆる金属材料や合金に加工する冶金術。

 動植物や昆虫から得られる繊維を糸に加工し、布や服を織り上げる裁縫。

 究極の神薬であるエリクサーの調薬、疑似生命の創造、貴金属への変性ならしめる賢者の石の完成を目指す錬金術。

 陸産や水産、動植物を問わず食用可能な素材を見極め、加工・調味して安全に食べられる状態にする調理。


「言われてみれば確かに、調理も生産スキルだよねえ」

「ああ、リアルでも普段から料理してる人は生産スキルっていう意識は薄くなるよなあ。朧さんもやっぱ普段から料理してた?」

「うん、してたしてた。うちって両親が留守にしがちだし帰りが遅いことも多いから、わたしが作ることも多かったんだ」

「さっきも料理してるときの手際、すっげえ良かったもんなー。朧さんは不満そうだったけど、素材あれだけでこの美味さなら、朧さんの調理スキルって相当高いんじゃない?」

「へへ、調理はちょっと自信あるよ。少し前に高級職人ランクがカンストしたんだ」

「え、すっげえ。高級職人って到達するまでが半端なく大変だっただろ?」

「ううーん、調理に関してはそうでもなかったかも。料理自体は好きなほうだし、味覚再現アプリで色んな味とか組み合わせとか楽しんでたら、いつの間にかって感じで上がってたから」

「おおう、見事に生活系の育ち方だ」


 ZLO内で生活系コンテンツに深く触れる傾向にあるプレイヤーほど、調理スキルも高レベルに育っている傾向にある。料理というものは日常生活に直結しているためか、生産系スキルという認識を持つことなく熟練度を高めるプレイヤーが多い、という結果が公式から出されたこともあった。

 月夜も同様で、やはり日常生活の延長としてゲーム内の料理を作って食べて遊んでいた結果、生産系スキルランク十二段階のうち、上から二番目の高級職人を極めるところまで育っていたのだ。

 さすがにここまで育てるのはかなりの根気が必要なので、生活系コンテンツが好きなプレイヤーでも簡単にここまで進むことはできないし、一般的でもない。

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