序章-②

「榊くんって、どんな感じのプレイしてるの?」


 会話を続けるのが上手いなー、などと、どこかどうでもいい感想を抱きつつ、少しだけ自分のプレイスタイルを思い出す。

 一段だけ月夜よりも先に下りる。


「んー、職人っていうか、基本的にはものづくり、かな。色々とあれこれ作るのが楽しくってさ。家具とか庭具とか、あとは消耗品とかが多いけどな。金策目的じゃないし、素材も上級ダンジョンの奥のほうに行かないと取れないってやつ以外は、基本的に自分で採取しに行ってる感じ」

「スローライフみたいな?」

「あ、そうそう、ほんとにそんな感じ。まあなんだかんだでダンジョンに潜ることも結構多いから、レベルもそれなりには高くなってるんだけど。朧さんは? 普段どんな感じでやってるん?」

「んーとねえ。ほら、ZLOってやれることいっぱいあるでしょ? だから普段は、ショッピングとか演劇を見に行ったりとか、そういう感じでまったりしてるよ。あと、そうそう。すっごい綺麗な景色とか見つけに行ったり、ネットで見かけたそういう場所を見に行ってスクリーンショット撮影とかもしてるんだ」

「ああー。スクショ機能がなんかすっげえ充実してるもんな。俺はその辺あんま触ってないけど、加工とかすごいって聞くよ」

「うんうん! 視界内にワイプ画面が出て、それで視界を切り替えながら撮影もできるんだ。そういうので自撮りとかしてる子も結構いるよ。あと、みんなで記念撮影とかしたいときには、カメラが手元に出現したりね」


 トン、トン、トンと三段ほど下りながら、月夜は最近よく楽しんでいる機能を解説する。

 金色の長髪が靡く。

 そんな後ろ姿を見て、宗一郎は内心で驚いていた。今まで、朧月夜のそんな姿と仕草と笑顔を見たことなどなかったからだ。

 確かに彼女は見目麗しい。けれど、視界の端に映る日常的な彼女は、こんな朗らかに、快活に笑む少女ではなかったように宗一郎は思う。上品、華やか、雅やか。どこか貴族的な空気さえ感じさせる彼女が無邪気に笑っているところなどクラスで見せれば、それだけで騒ぎになりそうだ。

 そんな姿を、授業中の階段で、しかも接点が皆無であった自分にだけ見せている。

 その事実を宗一郎は、優越ではなく、少しだけ不憫に思っていた。

 なので殊更、下りる足をもう少し緩める。

 少しでも長く続けばいいなと。


「ああー、レシピにカメラがあるのってそういう意味だったんかな」

「レシピにも?」

「うん。ゲームオリジナルだったり、どっかのメーカーとの協賛? とかで、結構色んなカメラが作れるんだ。蛇腹からデジカメ、なんかすげえ本格的な一眼レフカメラとかさ」

「ほんと!?」


 ゲームとしてはかなり巨大で、サービスも始まってからすでに五年。相応の実績を生んでいるZLOはそれなりに自社や他社作品とのコラボレーション企画も実現しており、関連作品や商品等がゲーム内で実装されているということもしばしばある。

 なお宗一郎は、蛇腹カメラだけは制作してある。某ホラーゲームで活躍しているのを見たことがあるし、中二病としてちょいちょい刺さったりストーリーを見て涙腺をぶち抜かれてからというもの、思入れ深い一品らしい。実際、特定地域にだけ出没するとあるゴースト系にだけは、ちょっとだけ効果があるという代物だ。

 どこかのクラスで体育の授業でもあるのか、外からは男子生徒の張った声が聞こえてくる。別の方角からは、チョークが黒板をこする音。そんな中で、授業も受けずに二人で階段を下りているというのは、どこか不思議な気分にさせられる。

 足音を立てて、月夜の一段下に下りる。


「ほんとほんと。まあ、妙に色んなクラフトスキルとか素材を要求してくるんだけどさ。そのかし、クエスト報酬で貰えるものよりも性能はいいみたいなんだけど」

「え? 性能違うの?」

「うん。報酬のほうは見た目が合わせてあるだけのアプリチックなやつだけど、製作品のほうはデジタル一眼レフで出来る機能は全部盛ってある、みたいな感じ」

「へええ~……」


 宗一郎の説明を聞いて、月夜は心底感心したような声を漏らす。

 先ほどから、彼女の見せる反応はどれもこれも、宗一郎が見たことのないものばかりだ。


「ほら、装備にしてもポーションにしても調理品にしても、NPCが店で売ってるやつと自分で作ったやつとじゃ、性能がそこそこ違うだろ?」

「……あっ、ほんとだ確かに」


 手間暇をかける分の差か、もしくはクラフトスキルの補正もあるためか、プレイヤーが生産・製造するアイテムは基本的にNPCから報酬や購入という形で手に入れるものよりも性能がいいという特徴がある。


「あ、じゃあさ、じゃあさ。榊くん、ものづくりしてるってことは、生産系プレイヤー、なんだよね?」

「お、おう。そうだけど」


 一段上にいる月夜が、身を乗り出すように宗一郎のプレイスタイルを確認する。美人に上から迫られると、妙な圧力と迫力があることを、宗一郎はこのとき初めて知った。


「じゃあ、刀とか……作れたり、する?」

「へ?」


 過去イチ間抜けな声を出した、と反射的に自覚するほど、宗一郎の応答は変なものだった。

 目の前にいる金髪美少女が、目を逸らし照れを隠すように髪をいじりながら飛ばしてきた質問は、刀を作れるかどうか、というものだった。


「刀ってあれ? 日本刀? 侍が持つ?」

「う、うん、それ。どうかなあ?」

「まあ作れるよ、そりゃ。打刀も太刀も」


 説明を重ねるごとに、月夜の空色の目がキラキラな輝きを増していく。どうやら彼女は、日本刀に対して並々ならぬなにかを持っているらしい。


「榊くん」

「は、はい」


 圧が強い。


「今度、ゲームで待ち合わせしよう」


 もしもこんな状況を誰かに見られていたら、自分の明日はもう来なくなってしまうんじゃないか、と心配になる宗一郎。

 いつの間にか一段下りて隣にやってきていた月夜は、相変わらず瞳をキラキラさせながら笑顔でそんな約束を交わそうとする。


「朧さん、日本刀が好きなん?」

「うん!」


 とてつもない朗らかな笑顔で、日本刀好きを肯定する月夜。こんな話、知ってる人はどれくらいいるのだろうか。


「……あえて聞くけど、それは観賞用とかそういう意味ではなくて……」

「もちろん、振り回すほうだよ!」


 器用にも、まだ途中の階段の上で月夜は、てりゃー! とエア日本刀を振り回す。しかも授業中なので大きな声は出していないという配慮っぷり。

 意外性の豊富さに驚かされるが、よく考えてみれば、別にそれも悪くはない。なので宗一郎は、意外、とは口に出さずに月夜からの約束に応じることにした。


「とりあえず分かった。まああっちじゃいま手元に素材がないから、採りに行くのを手伝ってもらうことになると思うけど、それでもいい?」

「うんうん! 全然だいじょうぶ!」

「わ、分かった。んじゃどこで集合……の前に、連絡先交換しとく?」

「あ、そうだね」


 あっさりと連絡先を交換する二人。

 宗一郎はこの手の通話アプリはプリインストールされたまま放置して使ったことがなかったため、少しだけ月夜からご教授してもらった。

 月夜は画面に表示されている宗一郎の連絡先ををじーっと見つめてからアプリを閉じると、満足そうに微笑んでみせた。


「えっへへ。連絡先が増えたの、久しぶりだよ」

「俺なんて初めてだよ、この手のアプリ使うの。まあ、初めて登録した友達が朧さんでよかったってのはあるけどさ」


 そのため、通話アプリに登録されている連絡先は月夜一人だけとなっている。そのうち親でも登録して練習台にでもしてやろうか、などと画策する。


「へへへ……」

 宗一郎がアプリを閉じてスマホをポケットに仕舞うと同時に、隣から脱力気味な笑い声。発信者は当然、月夜だ。


「ど、どうかした?」


 なんというか、とろけたというか、あまりにも液体系な笑い方だったので、宗一郎も思わず心配になって声をかける。


「あ、ううん。なんでも……ない、こともない、よね。へへ……」


 トントン、と階段を下り、下の階へ。そのままさらに階段を下り、次の踊り場を目指しながら、手すり側によりかかる月夜。そして小さな声で理由を口にし始める。


「わたしってどうしても注目を集めがちらしいから、友達って言ってくれる人、増えにくいんだ。だから、榊くんが友達ってすぐに言ってくれたのが結構嬉しくって、声に出ちゃった」


 なるほどなあ、と納得する。

 実際、月夜は注目を集めやすい。容姿にしてもそうだし、性格も明るく接しやすいものであるためか、彼女の周囲は男女関係なく割と人が多い。

 そして、クラスカーストの上位勢となってしまう。本人の意思に関係なく高嶺の花となる。

 宗一郎から見て、おそらく月夜は、現状に不満はまったくない。むしろ交流関係やら何やらに対し、恵まれていると考えているほうだろう。性格も特に八方美人ではなく、きちんと良し悪し好き嫌いを口に出すほうだ。

 ただ、理想像としての朧月夜を無意識に求められ、彼女自身も無意識にそれに応じ演じている。それが、宗一郎から見た朧月夜という女の子への印象だ。

 そりゃ気疲れもするよな、と宗一郎は思う。

 実際、先ほどまで月夜に対してオンラインゲームをするような印象はなかったし、日本刀を振り回してみたいだなんて情報は、ひょっとしたらどこにも出ていないかもしれない。彼女を囲む周囲の人間が知らないのだとしたら、自分を出すにも苦労するだろう。


「はは、すげえジャンル違いだけどな」


 なので、努めて軽く振る舞う。

 なにがあっても友人止まりなのだから、変に気を使う理由もない。なにより、付き合いもゲームが前提なのだから、そこを気にしても仕方がない、という理由もあるのだが。


「かもね」


 月夜も努めるように笑む。


「でも、今日は嬉しいことがいっぱいあったよ。たまには授業もサボってみるもんだね」

「……そういえば、俺ってば体調不良だったんだよな。すっかり忘れてたわ」

「あはは」


 ゲームの話に夢中になって、体調……というよりも寝不足を忘れていた。


「こんな会話も新鮮だったから、もっと階段が続けばいいのにって思っちゃったよ」

「はは、確かになー」


 二人同時に踊り場に下りる。


「教室で話すのは……やっぱり難しいよね?」

「朧さんとか俺が良くても、周りがなあ。どうしたって俺のほうが異物になっちゃうからさ」


 ジャンル違いの重さを痛感する。

 しかし、例えばの話ではあるが、宗一郎が平然とした顔で月夜を昼食に誘ってみた場合、奇異なものを見る視線か、警戒、場合によっては敵視さえ飛んでくる可能性がある。月夜もそれを理解しているから、声が沈んでしまったのだろう。

 視線も落としてしまった月夜に、どう声をかければいいのか悩む宗一郎。

 直後、月夜がなにかに気付いた様子を見せた。

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