第4話 アイドルに何が?
「彼女が、ペットボトルの水を飲んだ後、苦しみ、この有様さ」
「ペットボトルは、被害者の物ですか?」
「そうだうね」
「被害者とは、どのような関係ですか?」
「さっき、知り合ったばかりだ」
「さっき?どのようにして?」
「いつもの散歩コースのあの高架下の空き地で、突然、声をかけられたのさ」
「声を掛けてきた被害者とどうしてご一緒に?」
「私が探偵だと言うと、相談したいことがある、と言うので、事務所まで案内する途中だったのさ」
「それで、その相談内容は?」
「まだ、聞いていない」
「会ったその時に概要なりを、聞かなかったのですか?」
「彼女を見たかい、あの格好だぜ。人目に付くのは何かと良くないと思ってさぁ、また、立ち話では、話し辛いだろうと思って、場所を移動することにしたのさ。事務所も近いしね」
「そうですか、取り敢えず第一発見者として、ご同行戴けますか」
「分かりました」
「では、こちらのパトカーにお乗りください」
任意とは言え、刑事の疑いの眼差しと態度で、キレそうになるのを抑えながら、事情聴取と言う取り調べを長々と受ける羽目になった。参考資料か何か知らないが、指紋も採られた。別段、採られて困る物ではないが、気分は良くない。生計や個人的なことを根掘り葉掘り聞かれ、気分は、もう、うんざりって感じだった。
俺も立場が逆なら、根掘り葉掘り聞くだろうな、と思い、変に納得しつつ、今後は依頼者への注意を払い、詳細を聞くように心掛けようと、自分に言い聞かせていた。
慎司からすれば無毛な質問を受けている間、ペットボトルからは、複数の指紋が検出されたが慎司の物はなく、殺害動機も希薄。また、刑事も現場到着時に慎司が、手袋をしていなかったことや所持品にもなかったことを確認していた。
刑事は、慎司が女をナンパし、いざとなれば断られ、逆上し、たまたまか事前に用意した毒入りの水を飲ませ、絶命させた、と言う全くもって辻褄の合わない結論に導こうと、あれこれ質問し、自分たちの筋書き通りの返答を掘り下げると言う手法を、まぁ、納豆の粘りの如く、食い下がってきた。勿論、違法なのは刑事もよく熟知しているが早期解決が日常の鉄則だから、ついつい近道を歩んでしまうことも慎司は、理解してやっていた、が、このような刑事が冤罪を作り出す危険があることも、熟知し、言動に細心の注意を払っていた。
そんな時ふと、ある光景が頭の中に浮かんだ。そんな自分を窮地に追い込まれている中で、冷静じゃん、と自分を褒めたい気分だった。
警察の調べで思い浮かんだものがある。それは、国会中継だった。
薄っぺらい根拠や推測に基づいた意地の張り合い、不毛な対話を形成する議論の定義を無視されたやりとり。堂々巡りの質疑応答。反論、反論で実りも着地点もない。説明できなくなれば、感情的に暴言を吐き、議会を長引かせる。
取り調べとは、早期解決に自分たちの用意した着地点に追い込もうと、あの手この手と攻めてくる。ふてぶてしい態度に思わず何様気取りか、と苛立ちを隠せなくなる。何を言っても聞く耳を持たない、自分たちに不利益な根拠は信じないで聞き流す。本当に馬鹿を相手にしての質疑応答程、疲れるものはない。まさに、与野党の交戦は、慎司の体験した取り調べの気持ちを代弁しているように思えた。
慎司は、任意であれ、拘束された立場で取り調べを受ける恐ろしさを、まざまざと体験した思いだった。
その日の事情聴取は、物的証拠も動機も見当たらないまま、何とか終えられた。
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